第11話
「ぎゃあああああああああ!!!!」
私は何かに噛みつかれ思わず絶叫した。
その何かは私の首許に噛みつこうとしたが、私がとっさに身を捩ったため肩の辺りを噛まれた。
リーレイとハンナが私を振り向いた。
必死で振り払ったそれは人型をしていた。人型をしているが……肌が青い。ゆらりと芯のない動き。顔を上げてこちらを見たポッカリと虚な瞳。
--ゾンビだ。
私は思った。噛まれたところがジンジンと疼くように痛い。ゾンビに噛まれた、ということは……。嫌な想像が広がった。
だってそうじゃん。どんな小説でも、どんな漫画でもゾンビに噛まれたらゾンビの仲間入りじゃん!
私は愕然としてガックリと膝をつく。
嘘でしょ……。確かにずっと死にたいとは思ってたけど、人間辞めたいなんて思っていなかったのに……。
「大丈夫か?!」
ハンナが私に近寄る。ハンナが私の肩に手をかけようとして、私はハンナの手を払った。ハンナが少しだけ傷ついたような顔をしたが、でももし私がこのままぞんびになってしまったら--。私の血液に触れたら、ハンナまでゾンビになってしまう。
私を噛んだゾンビが再び私に向かってきた。
すかさずリーレイが間に入る。一刀両断。ゾンビは悲鳴も上げずにその場に崩れ去った。しかし、それでは終わらなかった。
リーレイには一刀両断にされたゾンビの後ろから、似たような青い肌のゾンビたちがワラワラと出てきたのだ。全員、目的のないぼんやりとした顔でこちらへとユラユラ揺れながら私へむかってやってくる。
「死霊がこんなに……」
ハンナが言った。
「いつもこんなか?」
リーレイがハンナに訊く。
「そんなわけないだろ。ここは子供たちの遊び場だったんだ!」
「そりゃそうか。--ってことは……」
リーレイは少し考えた風だったが、そんな暇はなく目の前に迫っていたゾンビ--死霊を両断した。ハンナも立ち上がり、私を守るようにして腿に隠してあった短剣を抜いた。
「リーレイ、どうする?」
「どうするも何も、こいつらを倒さない限りは前にも後ろにも進めないだろ」
「そりゃそうだ」
ハンナが不敵に笑う。
そして、私に向かって「隠れてて」と言ってリーレイの元へと向かって行った。
隠れろって言われても、このだだっ広い広場のどこに隠れればいいんだよ!と思いながら広場をぐるりと見回す。見廻したらちょうど広場の端の方に、爆発で崩れたのだろう瓦礫の山があった。あそこだったら隠れられそう。私は走った。本当は走りたくなかったんだけど、こうなっては仕方がない。リーレイだってこんな状況で私の走り方を笑うようなことはしないだろう。ゾンビたちは私が走ると、私の方に向きを変える。リーレイとハンナが必死でそれを止めていた。
私はなんとか瓦礫まで走って、陰に隠れた。隠れた後に気づいたんだけど、ここ、たぶん逃げ場がないな。でも、ここ以外に隠れられる場所なんてないし、私はただひたすらリーレイとハンナが善戦してくれることを祈るしかない。聖女だなんてもてはやされてるけど、結局私は見た目も中見も冴えない虐められっ子の澤村茉莉花以外の何者ではないのだ。
たぶん私がここに着いてきたのは間違いだった。案の定足手まといにしかなっていない。それに、たぶん私はこのままゾンビになってしまうんだ。
私は瓦礫の隙間から闘っているリーレイとハンナを眺めた。
※※※
「キリがないな」
リーレイが死霊を切り裂きながら言った。
「ああ、殺しても殺しても湧いてくる。このままじゃ、私の体力が先に限界になっちまう」
ハンナはそう言いながら後ろから襲ってきた死霊をナイフで一突きにした。血液なのかわからない、汚らしいドロドロとさた茶色い液体がハンナにかかった。
「うへえ……腐ってやがる」
「それ、こっちにつけるなよ」
「んだよ、リーレイ様は清潔好きってか?」
ハンナがハンッと鼻で笑った。
お互い息は軽く上がってはいたが、まだ動ける。少なくとも少しでも前に進める隙間を作らなければいけない。それにしてもどこからともなく湧いてくる。
二人はひたすら目の前の敵を斬りつけた。
※※※
私は二人の戦いをただ眺めることしか出来なかった。
でも、どうしよう。あいつらどんどん湧いてくる。ここから見ていても、リーレイとハンナが肩で息をしているのがわかる。私がもっと--。
その時、私の視界が遮られた。ギョロリとした目玉と目が合う。
「ぎょええええええええええ!!!!」
しゃがんでいた私は思わず叫び立ち上がった。そして、横にあった瓦礫で目があった死霊の脳天を一打ち。死霊は「げえっ」という声を出して、目の前に倒れて行った。
あれ?私これやれば結構できるんじゃね?
そう思っていると、ハンナが「大丈夫か?!マリカ?!」と遠くから叫ぶ。大丈夫。たぶん自分の身くらいは自分で守れる。
と思ってた矢先、信じられないことが起こった。
なんと目の前で倒れた死霊が傷口からパックリ割れて、二つになって、見る見るうちに形が作られていきあっという間に二人の死霊に変化をしたのだ。
そういうこと?倒すとプラナリアみたくどんどん増えていく仕組み?!
私はそれを二人に伝えなきゃと思ったが、二匹の相手はなかなか辛い。それにさっき殴ってわかったのだが、こいつら予想以上に弱い。殺さない方が難しいレベルだ。だから簡単に死んで、無限に増殖してしまう。今だって、ちょっと腕が当たっただけで簡単に死んで--気がついたら二人だった死霊は私の周りで10人ほどまでに増えていた。
「おい!マリカが危ない!」
「わかってる!でもこっちも手が離せない!」
そんな会話が聞こえてくる。
正直助けてもらいたいが、そんなことができる状況ではなさそうだった。そんなことを言っているうちにも私の目の前の死霊はどんどんと増えて行っていた。
おそらく強い二人だ。向こうは私のところよりももっと酷いことになっているのだろう。
大量の死霊に囲まれて、私は死を覚悟した。いくら弱いったって、数の暴力には敵わないもの。
ふと、力が抜けた。もう諦めるしかない。ここで死んでも、家で死んでも変わりないのだ。というか死んでもいいという気持ちでここに着いてきたではないか。短い人生だったなあ。
死霊の振りかぶった腕が私に届きそうになったその時だった。
『この、馬鹿!!!!!』
同時に時が止まる。ふと顔を上げると目の前にこの世界にやってきた時に夢に出てきた女神(?)が立っていた。
『あんた、何簡単に死のうとしてるのよ!少しくらい抗いなさいよ!』
「いや、でも私にはなんの力もないから……」
『なんの力もないなんて、誰が決めたのよ!私ちゃあんと低級魔族に対する魔法くらいあなたに授けてるんだから!』
「??」
『最初に言ったはずよ。あなたに死なれると私が処分されるって。100年間も鳥に啄まれ続けるのなんてごめんなんだから、あなたには絶対にこの世界を救ってもらわなきゃいけないの!』
「でも……ど、どうやって……」
女神は大袈裟にため息をつく。
『大丈夫よ。自分を信じなさい』
そう言って私の頭に手を置いた。
『強く念じるのです。あなたが生きたいと思った心がそのままパワーとなります。強く、強く念じるのです……』
気がついたら、時が再び動き始めていた。
死霊の振りかぶった腕が私へ振り下ろされる。
『生きたいと願うのです』
頭の中で女神の言葉がこだました。
そうだ。本当は私は死にたくなんかない。いや、死にたいけどこんなところで、こんな奴に殺されたかなんかない!!
パチパチパチ……
微かに電気が流れるような音がした。何かに触れて死霊が一瞬ビクリと怯んだ。
『もっと強く』
頭の中で女神が喋っている。もっと強くってどうしたらいいの?わからない。とりあえず叫べばいいの?
私は思いっきり息を吸い込む。そして大声で叫んだ。
「わ、私は、生きたい!!!!!!!!」
その瞬間、カッと辺りが光に包まれた。
眩しくて何も見えなかったが、死霊たちの苦しそうなうめき声が聞こえる。五秒ほど明るい状態が続いて、また元の明るさに戻った。
元に戻るとさっきまでワラワラと無数に存在していた死霊が全て地面に倒れていた。どうやら死んではいないようだったが、動けないようで苦しそうに呻いている。
一瞬ぼうっとしていたリーレイだったが、すぐにハッと我に返って私を見た。そしてものすごい剣幕で私に向かって走ってくる。
ひええ、何か怒られるようなことした?むしろ褒められてしかるべきでは?
そんなことを思って引き攣った顔をしていると、リーレイは私をひょいと肩に抱きかかえる。
あれ?思っていたのと違う。
「おい!今のうちに逃げるぞ!」
そう言ってリーレイは私を抱えて走り出した。
「OK!」
ハンナがそれに続く。
こうして私たちはなんとか来た方向とは反対方向の出口にたどり着くことができたのである。
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