第10話
遺跡の中に足を踏み入れる。中は真っ暗かと思いきや、どこかに採光窓があるらしく、あたりをはっきりと視認できるくらいに薄暗い。
おそらくレンガで作られているだろう壁面にはびっしりと何やら壁画が書き込まれていた。
「すごいな。状態がいい」
とリーレイが呟く。
ところどころ剥げかけたそれは、それでも確かに何が書かれているのかはしっかりと把握はできて、ボロボロだけどこれでも「状態がいい」のだろうと私は思った。そりゃあ、五千年も前のものが残っていることがすごい。だって確か世界史の授業で習ったメソポタミア文明や中国の殷だってたったの二千〜三千年前のことなのだ。私の世界の人間はそのころはきっと半裸でマンモスを狩るようなそんな生活をしていたに違いない。
「それにしてもこんなところにこんな規模のものがあるなんて知らなかったな。結界で外界から見えなくなってたのか?おそらく、国も把握していないだろう」
「この壁画、な、何が描いてあるの……」
「わからない」
「へ?」
「これはただの壁画じゃなくて、暗号だと言うことが研究でわかってる。だが暗号の解読はさっぱりらしい。本当だったら魔王復活までには解読したかったんだろうが、間に合わなかったな」
魔王……なんだ、それは。初めて聞いたぞ。
私が聞こうとしたとき、正面の崩れた瓦礫の辺りから何やら物音が聞こえた。リーレイと私が顔を見合わせる。そらからよーく耳を澄ませた。
「おーい!誰かいるのか?ここだここ!!」
聞こえてきたのはハンナの声だった。
「おーい!ここだここだ」
良く見てみると瓦礫の隙間から手が出ていて、ひょこひょこと動いていた。
「頼む!早く出してくれ!空気が薄いんだ!」
私とリーレイは慌てて向かって、瓦礫を掘り起こした。瓦礫は結構な量が積み上がっていて、ハンナがしっかりと外にでれたとき、私の鼻の頭には汗の粒が沢山浮いてしまっていた。その様子を見て、リーレイが何も言わないで私から少しだけ距離を取る。
何か言われるのも腹が立つけど、この対応は--いやこっちの方がめちゃくちゃ腹が立つな。
瓦礫から出てきたハンナはパンパンと身体の埃を払って、首をコキリと鳴らした。手首やら足首やらを回して、身体に不調がないかを確認している。
「いやあ、焦った焦った。なんか悲鳴みたいなのが聞こえてさ、聞こえた方に向かおうとしたらドカーンだもんよ。まあ、落ちてきた瓦礫に直撃しなくてよかったわ。ガハハ」
相変わらずの調子だった。
「怪我はないです?」
リーレイが訊く。
「ああ、運良く隙間に入ったみたいだ。ちょーっと肩が痛いが、まあそこまで問題もないかな。エリアスは?」
「エリアスがここまで連れてきてくれたんです。しっかり躾けられてる。心配していたので、戻ったら優しくしてあげてください」
「躾なんてとんでもない!ただ友達なだけだよ。そうか、心配してくれてたか。へへっ、帰ったら最上級の肉をプレゼントしなきゃな」
「ところで、さっき叫び声が聞こえたって言っていましたが?」
リーレイが訊く。
「ああ、そうだった。向こうのほう--遺跡の奥からだと思う。男の声だった。小さい頃はこの遺跡を探索して回っていて、たぶん内部の地図は完全に頭に入ってるんだけど、この遺跡、とくに危険なトラップみたいなものはないはずなんだ」
「--となると、何者かが誰かを襲ったと?」
「そう言うことになるな。まあここら辺にいる人間はドワーフたちか、お前らを襲った賊か……ってことになるが……」
「秩序の
「さあ……悲鳴の主がどうなったかは別に知らないけど、もし死んだとあっては遺体の回収は必要だな。さっきも言ったようにここは子供たちの遊び場にもなってるんだ--まあ、爆発があったってことでしばらくは立ち入り禁止になるとは思うけど」
「私たちも同行したほうが良いですかね?」
「まあ、人手が多い方が嬉しいねえ。また爆発が起こらないとも限らないし。人間一人を運ぶのは女一人には骨が折れる」
「そうですか」
ハンナが一度大きく伸びをする。
「付き合わせて悪いが、さっさと終わらせて帰ろう。あとリーレイ様はその口調、無理しなくてもいいですからね。本当はもっと口が悪いんだろ?」
そう言って悪い笑顔でリーレイを見た。リーレイが狐につままれた顔で私を見る。たぶんそのとき私はとんでもなく厭らしい顔をしていただろうな、と思う。内心、「やーい、ばれてやんの」って思ってたもん。
「……じゃあ、ハンナもリーレイ“様”ってのやめてくれないかな」
リーレイがいつものあの鼻持ちならない表情を浮かべた。こいつ、被ってた猫を脱ぎ捨てやがった。
「お安いご用さ!」とハンナは笑った。
※※※
暫く真っ直ぐな廊下が続いていた。煉瓦造りでひたすらに壁画が並ぶ。先ほどの爆発のせいか入り口付近よりもいくらか損傷がひどいように思う。ところどころ壁崩れて、道を塞ぎかけている。幾つか部屋へのドアがあったが、そういうドアの前には瓦礫が積み上がり中へ入らないようになっている。
私たちは何かに誘導されるように真っ直ぐに廊下を進んでいく。
暫く歩くと、広い広場に出た。
不思議な場所で、大きなドーム状になった天井からは空が見えている。しかしその空はおそらくイミテーション。なぜなら、今は昼間だというのに、天井から見えている空は暗い夜のキラキラとした星空だったからだ。さっきまで床が敷かれていたのに、剥き出しの地面が足許に広がっている。広場の真ん中の泉から絶え間なく水が流れ出ていた。
「綺麗……」
私は思わず呟いた。
「面白いだろ。古代の魔法がかかってるみたいなんだ。小さいころは良くこの広場で鬼ごっこなんかしたんだよ」
「へえ」
「お前ら、喉乾いてるだろ。ここの水、綺麗なんだ。飲めよ」
そう言ってハンナは泉の水を口に含む。
私たちはハンナに続く。確かに喉はカラカラでひんやりと冷たい水が身に沁みた。
「それにしてもここら辺から声がしたと思ったんだけどな」とハンナが言った。
「誰もいねえし、なんもねえな」とリーレイが言う。
「やっぱりあいつらの内輪揉めだったのかもしれない。あいつら馬鹿だけど、よっぽどのことがない限り仲間殺しはしないんだよ。まあ、お仕置き程度になんかがあったと考えるのが自然だが……」
「どうした?」
「いや、なーんとなく嫌な予感がして、だな」
「……引き返すか?嫌な予感は往々にして当たるもんだ」
リーレイの言葉にハンナは首を横に振った。それから「馬鹿言ってんじゃねえよ」と、一喝する。
「私は秩序の
ハンナの瞳は真っ直ぐだった。
私はそんなハンナをすごいと思う。だって、ハンナは私よりも歳上だろうけど、たぶん二、三個しか違わない。それなのにこの覚悟。自分が何をすべきかわかっていて、それに向かって邁進している。それに比べて私はどうだ?ただいじめられて、泣いて、夢も目標もなくて、人生に絶望して死のうとして失敗して--……。なんていうか、自分で言うけどめちゃくちゃ惨めだな。
ただでさえ嫌いな自分をさらにもっと嫌いになっていく。
私はハンナとリーレイにバレないように下唇を噛み締めた。
その時、私の後ろで何かカサカサと音がした。
--なんだ?動物?まあ、普通に開かれた遺跡だし、動物の一匹や二匹、いてもおかしくはないのだけど……。
私は振り向く。なんとなくこの世界にはどんな動物がいるのかが気になった。音の大きさからして、そこまで大きな獣ではないだろう。
振り向いて、私は何かに噛みつかれた。
--絶叫。
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