第9話
ドカーンと言う爆発音に私は思わず窓際へと駆け寄った。リーレイも慌てたように、窓の外を見る。
窓の外は静かだったが、しかし異様な空気が漂っている。肌をピリピリと灼くようなこの空気も私が勝手に感じ取ってるだけなのだろうか。
目線の先、森の奥の方から一筋煙が立ち上っていた。きっとあそこが爆心地なのだろう。
「ど……どうするの……?」
私はリーレイに訊く。
リーレイは無言だった。
その時、外から『キュイー』と言う鳴き声が聞こえた。この鳴き声はエリアス。無事だったんだ!と慌てて私は外に出る。だが、地上に降り立ったエリアスの背中にはハンナは乗っていなかった。
エリアスがキュイキュイと仕切りにこちらに何かを訴えかけている。
「おそらく爆発に巻き込まれたんだろう」
とリーレイが冷静に言った。
「え、え、どうしよう……!」
「どうするもなにも、このまま放っておくつもりか?聖女の割に冷たいなお前」
リーレイが眉間に皺を寄せた。
そんなつもりじゃないやい!とは言えず、私はただ俯いた。
エリアスがキュイキュイと鳴きながら、私の袖を引っ張る。リーレイがエリアスの頭を優しく撫でた。
「大丈夫。お前の主人は無事だろうよ。お前はあいつをどこに運んでいった?」
エリアスがキュイッと鳴いて、リーレイに背中に乗るように促す。それから、私の袖をまたぐいぐいと引っ張った。
「お前も来いって言ってるな」
「ええ……」
そ、そんな……。いや、たしかにハンナは心配だし、助けなきゃだけど、私がついて行ったらむしろ足手纏いではないだろうか。
「行かないのか?まあ、俺はそっちの方が嬉しいが……」
どう言う感情なのか、リーレイの口許にニヤリとした笑みが浮かんだ。
カチンときた。
おう、そうか。お前はそーんなに私と行動するのが嫌か。だったらついて行ってやろうじゃないか。どうせ死ぬつもりだったんだし、自殺しようがなんかわけのわからないものに引き裂かれようが変わらないしね。死ぬ間際までお前に嫌がらせをしてやるよ。
私も無様な格好でエリアスによじ登った。リーレイがチッと舌打ちをするのが聞こえる。
ごめんなさいね。私はひたすらにあんたに嫌がらせをしたいんだよ。
それにしてもリーレイもハンナもどうしてあんなにかっこよくエリアスに乗れるんだ?バランスを崩して落ちそうになった(毎回毎回私はどんくさすぎる……)私の腕をリーレイが掴まえる。男の人に掴まれたことなんか今まで一度もなくて、男らしい力強さに不覚にもドキリとしてしまった。
リーレイは私がうまくエリアスに乗れたのを確認した後、自分の掌をじっと見つめ、それから無言で服で拭った。
やっぱりすこぶる嫌なやつ!少しでもドキッとした自分が恥ずかしい!
しかし、この態勢はどうだ。私の身長が小さいのもあって、リーレイの前に座って、彼の胸の中にすっぽりと収まる態勢。リーレイの温もりが直に伝わってくる。私の鼓動は相変わらずドキドキと速い。
だって、仕方ないでしょ。こんなの初めてなんだから。そんな場合じゃないのは知ってるけど、だからと言ってこのドキドキを止めることなんてできっこない。相手がこいつだってことだけが少し不服だが。
「いくぞ!エアリス!」
リーレイがそう言って手綱を引いた。
ブォンと風が正面から吹いて、エリアスが宙に浮く。それから猛スピードで前進した。
風がモロに顔に当たる。私の貧相な身体は風を受けて今にも飛ばされそうになるが、後ろのリーレイに支えられる。
だんだん風に慣れてきて、私はギュッと瞑った瞳をゆっくりと開いた。
圧巻だった。
飛行機には何度か乗ったことがある。しかし、これは飛行機なんかじゃない。そんな無機質なものじゃなくて、もっと近くて、まるで世界が私を祝福しているかのようなそんな感覚。
私の下には広く雄大な森が広がり、山が連なる。森の中に時折ひらけた場所があるが、おそらくあそこが人の住む街なのだろう。雲一つない空が地平の果てに飲み込まれていく。風が私を撫ぜる。
--気持ちいい。
私がふぅとため息を付くと、リーレイが嫌味ったらしく
「なんだ、リザードにすら乗ったことがないのか?」
と言った。
「……まあ」
私はボソリと答える。
「ふむ。よほど貧乏な育ち見える。まあ、その容姿だ。貴族の生まれでないことは明らかではあるけど」
本当に失礼な奴だな。
「お、お金持ちではなかった、け、けど……べ、別に貧乏なんかじゃ……」
私の言葉を遮るようにリーレイが
「口を閉じろ。降りるぞ」
と言った。
「へ?」
一瞬、ふわりと身体が浮いた。脳みそが上に引っ張られる感覚。
そして、急降下。
「???!!!!!????」
突然のことに私は叫び声を上げることすら忘れてしまった。先ほどよりも激しく風が体を打つ。ただでさえブサイクな顔が風に煽られ、あまった皮膚がブルブルと醜く揺れた。
なんとなくチラリとリーレイを振り返ると、こいつ風の影響をほとんど受けてない。涼しい顔で綺麗な金髪が風に靡いて……むしろ殆ど顔が露わになっているせいでイケメン度が増しているようにすら思う。
なんで神様は人間の容姿にこんな格差を付けたのだろう。
そんなことを考えていると、程なくしてエリアスは地上に降り立った。
そこにあったのは森に侵食された遺跡。岩でできた神殿のような建物。中心にある建物はそのままの姿だったが、周りに建っている柱や石造には樹木がからみついている。
「エル・モリアスか……」
リーレイが呟いた。
「エル・モリアス?」
リーレイが『そんなことも知らんのか』とでも言いたげな目でこちらを見た。
だって仕方ないじゃん。こっちの世界のことは何もわからないんだもん。
「古代の遺跡だよ。おそらく五千年ほど前のものだと思われているが、詳細はまだ何もわかってない。今では失われてしまった高度な魔法が使われてることが多いんだ」
「へえ……」
「この遺跡も結界が張ってあった形跡があるな……。しかも、最近破られてる」
何もない地面をリーレイがなぞった。
「わ、わかるものなんですか?」
「俺にはな」
そんなものなのか、と私は思う。私には結界やらなんやらなんのことだかさーっぱりわからなかったけど、この世界の人たちにはなんらかの不思議な力があるのかもしれない。
「ハンナの気配は中からだな」
そう言ってリーレイはエリアスを見上げた。
「お前も来るか?」エリアスの胸の辺りを撫でる。エリアスはキュイっと鳴いて、首をフルフルと横に振った。
「な、なんて言って……」
「一緒には来ないってよ。どういうわけかドラゴンはこの遺跡に入るのを躊躇うんだ。ここまで入ってきただけでも、かなり頑張ってくれてる」
ふーん。
「とりあえず、いくぞ。ここで待っていてハンナが外に出てくるわけでもない。--それに……」
それに?
「--少し遺跡にも興味があるしな」
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