第7話

 ハンナの家は、長老の家から歩いて10分程度行った村の外れの森の中にあった。

 森の中というか、森に入って少し行ったところに広く開かれた場所があって、そこに小さなの小屋が建っているっていう寸法。小屋自体は小さかったが、その小さな小屋の隣に巨大なドラゴンが丸まっていた。--さっきのドラゴンだ。

 真っ赤な鱗に金色の瞳のドラゴンは私たちに気がついて、大きな雄叫びをあげる。

 私が驚いて耳を塞ぐと、ハンナが「おかえりって言ってる」と笑った。ハンナがドラゴン--エリアスに近寄ると、エリアスは嬉しそうにハンナに顔を擦り付ける。擦り付けながら甘えたようにキュイーと鳴いた。

 私たちの荷物は家の前にぞんざいに投げられていたが、まあドラゴンに綺麗に並べるなんて細かいことが出来るかと言われるとわからないので、仕方がないだろう。別にぞんざいに扱われて壊れてしまうようなものも入っていない。

 ハンナに誘われて、私たちは小屋の中へと入った。

 部屋の中には殆ど物がなかった。ベッドとテーブルと--それだけ。洋服はどうやらクローゼットの中にあるだけで全部らしい。

「私たちドラゴンライダーは戦争になったら真っ先に国から招集を受けるんだ。しかも今は戦争一歩手前の状態だからね。だから聖女様が現れたんだろう」

 そう言いながら、奥へと誘導する。

「私の弟の部屋だ」

 と言って、ドアを開けた。

 さっきとは変わって、ごちゃごちゃとした部屋だった。散らかっているわけではないが、沢山のポスター、--女性のグラビアだったり、ドラゴンだったり、様々--が壁に貼られて、棚の上には幾つか武器のような物が並んでいる。それからラックにかかった洋服。どれもこれも塵ひとつ積もらないで綺麗に掃除をされている。

 --なのに、なんだろう。この生活感のなさは。

「弟さんは?」

 リーレイが訊く。

 ハンナは軽く上を仰いで笑った。

「もう、二、三年にもなるかな。帰ってきてないんだ。森の遺跡に行くって言ったきり。帰ってこない可能性のが高いけど、それでも帰ってきたときに自分の部屋がなくなってるのは悲しいだろ。まあ、主のいない部屋だからさ。気楽に使ってくれたら嬉しいよ」

 はっはっはという豪快な笑いはいつもの通りだったが、どこかもの寂しい印象を受ける。

「あとは私の部屋--この部屋の向いの部屋なんだけど、を使ってくれたら」

「は、ハンナさんはどこで寝るんですか?

「私か?私はリビングで寝るよ。聖女様と聖騎士様を差し置いて私がベッドで寝るのもおかしいだろ」

「で、でも……」

「はっはっは、気にすんなって。どうせあんたら明日には立つんだろう。今日一日くらいどってことないさ。ああ、そうだ。明日は私のドラゴンを貸してやるよ。今日は用事があっていないんだが、エリアスのほかにニューラって言うのがいるんだ」

 私はどうしていいか分からず、リーレイに目で助けを求めた。リーレイと目があって、リーレイは相変わらず私にだけわかるようにしかめ面をした。

 本当に嫌な男。

 まあ、でもなんだかんだで助けてはくれるんだよね。リーレイが口を開く。

「そうですね……本当に大丈夫ですか?そうならば我々も遠慮せずに泊まろうかと思うのですが……」

 遠慮しないんかい。

「構わないよ。ゆっくりしていきな。あと一時間くらいで長老の夕餉の時間だから、それまでゆっくりしてな。私はリビングにいるけど、部屋にいてもいいし、リビングに来てもいいし」

「ありがとうございます」

 リーレイは微笑む。ハンナはニッコリとして、その場を去っていってしまった。

 リーレイと二人残され、少し気まずい。

 馬車の中でも全く同じ雰囲気ではあったが、第三者が間に入って一瞬緩和されたあとだと、余計に辛くなる。でも、私は勇気を振り絞って訊いた。

「な、なんで……ハンナさんがベッドで寝るべきでは……。私たち、お客様…なわけだし……」

 リーレイが虫を見る目で私を見た。

『お前の声なんか聞きたくない』と顔に書いてある。あー、はいはい、すみませんね、余計な口をきいて。でも、どうしても気になったんだ。

 二人で行動してまだ日は浅いが、それでも少なくとも礼節は弁えている人だと印象はある。それなのに、なんでわざわざ家の主人を冷たい床の上で寝させるのか。

「我々は謂わば特別な存在だ」

「は?」

 この男、傲りがすごいな。それに特別な存在だからと言ってなんだというんだ。

「まあ、実際問題そんなわけはないんだが、だが彼らにとってはそうだ。俺は国を背負う騎士であり、お前は--俺は認めてないが、一応聖女。そんな『特別な存在』を床で寝させるとあったら末代までの恥になる」

「……」

 ふーん、そんなもんかね。

 私は府に落ちない顔をしてリーレイを見た。リーレイは相変わらず嫌そうな顔をして私から顔を背ける。

「俺は隣の部屋を使う。あと、すぐにハンナさんのところに行って話を聞くつもりだが、お前は部屋に篭ってろよ。目障りだからな」

 バタンと扉を閉めて行ってしまった。

 はー?はーーーっ?

 なんなの、あいつ!!!!!!

 たしかに私は今までいじめられて来たよ。容姿が極端に悪いせいで、ブスだの化け物だの陰口を叩かれ放題だったし、みんなに無視されて、直接的な虐めも普通に受けて来たよ。

 でも、なんなの?

 ちょっとビックリするくらい失礼すぎませんか?

 今まで虐められてクヨクヨしていた自分が恥ずかしくなるくらいに直接的で失礼なんですけど。人の心がないんですかね????

 私はいらっとして持っていた荷物をベッドの上に放り投げた。

 怒りをどこにぶつけたらいいのか全くわからない。というか、ここまで怒ったのが初めてだ。

 私は深呼吸をして、放り投げた荷物を手に取る。

 さっき、ニャンコフが出てきた大きめの鞄。ニャンコフが中から飛び出してきたせいでだいぶ軽くはなったものの、それでも中には結構な荷物が詰まっていた。

 ひとつずつ取り出していくと、大半は洋服だった。他にはどうやらあの街の特産品らしい豆のお菓子と、食料がちょっとずつ。あれだけしか顔を合わせていないのに、なんというかお母さんみたいだなと私は思う。

 それから、ふと母親の姿を思い浮かべる。

 いや、お母さんという例えは失礼だったな。おばさんは何かにつけて自分の思い通りにさせようとする私の母親よりも、全然優しい。--おばさんのようなお母さんが欲しかったな。

 一通り荷物を確認し終わって、私はやることがなくなってしまった。

 さて、どうしようか。

 リーレイはたぶんリビングにいるはずだ。さっきそう言っていたし、もちろんハンナもリビングにいる。

 --もしかしたら、リーレイはハンナを口説く気では?

 そうだよな。あれだけハンナの乳をガン見してたもんな。

 閃いた。

 リビングに行って邪魔をしてやろう。

 そもそもリーレイは私の顔を見るのを心底嫌がってるのだ。まああそこまで嫌われるのは正直傷つくが、ここはわざわざ顔を見せて嫌がらせをしてやろう。

 私は自分の顔に意地悪ないやらしい笑みが浮かんでいる自覚があった。


 ※※※


 リビングではリーレイとハンナが椅子に座っていた。どうやら口説いているわけではなくてドラゴンについての話をしているようだったが、なぜかリーレイはハンナの横に座っている。正面に座れよ、と思う。

 私の姿を見て、リーレイが嫌な顔をした。

 はんっ、私の顔なんか見たくないだろう。いいざまだ。

 ハンナも私に気付いて笑いかけた。

「聖女様も来たか。まあ、部屋にいたって暇なだけだろうしな。そうだ、エリアスのことちゃんと紹介してなかったよな。ついておいでよ」

 そう言って席を立った。横に座っていた(しかも結構な近い距離)ハンナが立ち上がったことで、リーレイは眉を顰めた。私をジロリと睨む。

 思い通りになんてさせてやるかよ、と私は小さく舌を出した。

 ハンナは私たちを外に連れて行って、ピュイと指笛を吹いた。少しの静かさのあと、突風が巻き起こる。そして、咆哮の後先ほどの赤いドラゴンが現れた。

 ドラゴンはハンナに一度頬ずりをして、私たちを見た。

 間近で見るととても大きい。鋭い瞳で鷹揚にこちらを見下ろしている。

「さっきも何回か顔を合わせたと思うけど、エリアスだ。私のパートナー。私が使役できるのは他にエリアスの妻のニューラと、あとはここのボスドラゴンのサイラスがいるんだけど、サイラスはもう結構な歳で滅多に顔を出さない。呼んでも3回に2回は来ないからなはっはっは」

 リーレイがエリアスに対して膝をつく。頭を垂れると、その上にエリアスが軽く顎を乗せた。どうやらドラゴン流の挨拶らしい。

 私も真似をして膝をつく。

 しかしエリアスの反応はリーレイに対するものとは大きく違った。

 エリアスは私の頭に顎を乗せずに、私の目の前で地面に平伏した。どうしていいのか戸惑っていると、ハンナが

「エリアスの頭に手を乗せてあげて。この子、聖女様を敬ってる」

 私がおそるおそるエリアスの頭を触ると、エリアスはキューイと懐っこい鳴き声を出した。当たり前だが、ドラゴンなんて初めて触った。ゴツゴツとした鱗がほのかに温かい。

 そのまま私はエリアスの頭を撫でた。エリアスは気持ちよさそうに目を細めている。

 突然、ピリッとした感触があった。私は驚いて手を離す。同時にエリアスが何かを察したように、辺りをキョロキョロと伺った。

「どうしたんだ?」ハンナが訊く。

 その時、凄まじい爆発音があった。

「な、なに?!」

 遅れて爆風がやってくる。

「危ない!」とギュッと目を瞑った私に何かが覆いかぶさった。

 爆風は一瞬で過ぎ去った。私は恐る恐る目を開く。

 目を開いた先にリーレイの顔があった。

 美っっっっっ!!!!!

 目を丸くして、思わず固まった。鼻から生温かい血液が流れてくるのを感じる。気持ち悪いのは承知だが、自分でコントロールできるものではない。

 リーレイは今回は嫌な顔をしなかった。

「一体なんだ?」と真剣な顔をしている。

 ハンナも同じだった。エリアスがハンナにキューと鳴く。ハンナはうなづいて、エリアスに飛び乗った。

「たぶん遺跡の爆発だ。ちょっと見てくる!」

 そう言ってハンナはエリアスに乗って飛び立って行った。

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