第6話

「おお、戻ったかハンナよ」

 建物の中に入ると、しわくちゃの梅干しみたいな顔をしたドワーフの長が出迎えてくれた。カンサイというらしいその長は、床に座って穏やかな笑みを浮かべている。ハンナが私に耳打ちをした。

「おじいちゃん、もう200歳近いからだいぶ耳が遠いんだ。おっきい声で話してあげて」

 リーレイが自ら床に膝をつく。私も慌ててそれに倣った。

「お初にお目にかかります。私はリーレイと申すもの。この度賊に襲われ、困っていたところをこちらのハンナさんに助けられました故、一晩の宿をお借りできないかと思い……」

「まあ、まあ。そんなに畏まらないで。お顔をあげてください」

 顔のままの優しく穏やかな嗄れた声だった。

「すまんのう。ワシはもう歳で、耳も聞こえんし、目も殆ど見えとらん。お主らは二人じゃな?一人は……ああ、都の騎士殿か。もう一人は……」

 カンサイが私に向き直ろうとしたとき、リーレイの胸の部分が大きく膨らんだ。リーレイがにわかに焦ったような表情を見せる。

 胸元が大きくもぞもぞと動いて、それからひょっこりとニャンコフが顔を出した。

「にゃ、にゃああああああ!また知らない場所だにゃああああ!!も、もしかしてここが王都かにゃ???」

 ピョーンとリーレイの胸元から飛び出した。リーレイが慌てて捕まえようとするものの、するするとその手をすり抜けて、カンサイの元へ近づいていく。

 リーレイがため息と共に額を抑えた。

「にゃああ、ってことは貴方が王様かなあ?」

 ふんふんと鼻を動かしながら、カンサイの匂いを嗅ぐ。

「そうだにゃあ、とっても柔らかくて暖かい匂いがするにゃあ!きっと貴方は王様だにゃあ!」

「ほっほ」とカンサイが笑った。

「ネコヴェルクとはまた珍しいものを連れてなさる。残念ながのう、ワシは王様ではないよ。まあ、この村ではちっとばかしえらいがのう」

 そう言ってニャンコフの頭を撫でた。

「そうにゃのか?だったらお膝に乗ってもいーい?」

「ほっほ、構わんよ」

 言われて、ニャンコフはカンサイの膝によじ登ろうとする。見かねたリーレイが「おい、ニャンコフ、こっちに戻れ」と言ったが、お構いなしだった。ニャンコフはカンサイの膝の上でくるんと丸まり、喉元を撫でられてグルグルと気持ち良さそうな声を出した。

「あのネコ、なんだい?」とハンナが私にこっそりときいた。

 私もこっそりとハンナに教える。

「わ、私を助けて、く、くれたおばさんのペットなんです。間違えて付いてきちゃって……」

「へえー」

 自分で聞いておいて、ハンナは気のない返事をした。

 しばらくニャンコフの喉をゴロゴロ言わせていたカンサイだったが、ふと思い出したようにこちらを見た。

「そうじゃった。そちらの女性は--……」

 カンサイの皺の中に埋もれている目と私と目があった瞬間、カンサイがカッと目を見開いた。ニャンコフが私の膝を嗅いだときと全く同じ反応である。

 それからカンサイは膝のニャンコフを優しく床の上に置くと、よろよろと立ち上がった。

「おい、長老、無理するんじゃねえよ」

 どうやら足も良くないようで、こちらへ歩む足取りが危うい。止めるハンナを無視して、長老は私の前へとやってきた。

 そして私の頬を一回撫でて、私の手を取った。

「おお、おお、貴方様は……」

 歓喜に震えた声で言った。

「なんと光合しい光を放っておられる……今までに見たことのない光……女神の加護を受けた光……貴方様は聖女様じゃな?」

「え、あの……」

 聖女と言われても自信がなかった。

 そもそも目が覚めたときからみんなして私を「聖女」と呼ぶが、聖女とは一体なにをする女なのだろうか。

 モゴモゴとする私の手を、カンサイは自分の頬に引き寄せる。

「おお……おお。200年、いつになったら死ねるのかと思っておったが最後になんと幸福な」

 カンサイの瞳から涙がこぼれ出る。

 なに?これ、私が泣かせたの?

 私の目の前でうっうっと声を上げて泣いたあと、カンサイは穏やかな瞳で私を見据えた。

「歓迎しよう。本日はご馳走を用意しなければですのう。貧しい村故、ご馳走といってもたいしたものは出せませんが……」

「あ、いえ、あの、その、お気になさらず……」

 私が言うと、リーレイが横から口を出した。

「いえ、このことはご内密にして頂きたいです。聖女がこの村にいると知れたら、何者かの襲撃も考えられますので。そうなったとき、私にはこの村の全てわ守るだけの力はない」

「まあ、そうだな」とハンナが言う。

「聖女様が王都に着く前に殺されたとあっちゃ、この村が取り潰しに会いかねないしな」

「そうですか。確かにそれはそうですな」とカンサイは少し残念そうな顔をした。

「ですが、やはりささやかながらご馳走だけはさせてください。私のささやかな気持ちです故。……しかし、宿はどうしますかの。我らの家は人間には少しばかり小さい……」

「ああ、だったらうちに来ればいいさ」

 ハンナが言う。

「しかし、ハンナ、お前のところは……」

「だーいじょうぶだって。エリアスもさっきこいつらと会ってるんだ。たぶん、荷物も今うちにあるはずだしな」

 エリアス、とちうのはさっきのドラゴンのことだろうか。

 リーレイがハンナを見て「ありがとうございます」ニッコリと笑顔を作った。

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