第5話
女はハンナという名前らしかった。
どうやらこの世界にはドラゴンが普通に存在しているらしい。よく漫画にあるようにドラゴンは希少種で滅多に人前に姿を現すことはないらしいけれども、そのドラゴンと契約を交わして乗り回すことができるのがドラゴンライダーであるとのこと。ドラゴンが人間なんていう下等生物を認めることなんてそうそうなく、ドラゴンライダーは選ばれしものとして崇められているそうだった。この国のドラゴンライダーはたったの7人だそうだ。
ハンナ曰く「ドラゴンが何を基準を私たちを選んでるのかは知らないけど、ライダーのやつら、みんな性格は最悪なんだよな」とのことだったけれども。
鬱蒼と茂る森の道なのか獣道なのかわからないような場所を私たちは進んだ。ドラゴンが先に荷物だけ運んでくれているので身軽ではあるのだが、あまりにも道にならない道すぎて私は少しだけ騙されているのではないかという気持ちになってくる。
ニャンコフは早々に疲れてしまったらしく、リーレイの腕の中ですやすやと寝てしまっている。
私は不安になりリーレイの顔を見たが、リーレイは妙に上機嫌だった。
ドラゴンライダーというものを私はよくわかっていないのだが、そんなに信用がおけるものなのだろうか。
進んでいく森はどんどんと深くなり、日の光が遠ざかって暗くなっていく。このまま人の目の届かぬところで私たちは殺されてしまうのではないか--。
「悪いな。こっち側から村に行くのは中々難しいんだ。反対側だったらもっとちゃんとした道があるんだけど……」
ハンナの瞳に悪意のような色は見えなかったし、どう見てもリーレイの方が邪悪(猫を被ってるけど、私は騙されないぞ)なんだけど、どうしても疑ってしまう。
でも、だからと言って私がここで逃げたところで、一人森を彷徨い野生動物に食い殺されるだけの運命だ。食い殺されるだけだったらマシで、もしかしたらさっきの追い剥ぎのやつらに見つかって、売り飛ばされどこかの見世物小屋で『怪奇!ガマガエル女!』みたいに見世物にされる可能性もある。そうなったときはきっと人間としては絶対に扱ってもらえない--家畜と同然だろうし、おそらく死よりも辛いことになるだろうというのは目に見えている。
リーレイが大人しくハンナについていっている以上、私もついていくしかないのだ。それにニャンコフもリーレイの腕の中だ。
それからまたしばらく歩くと突然森が開けた。
ハンナは嘘なんてついていなかった。疑ってごめん。
小さな集落といった村には小さな藁葺きの建物がたくさん立っている。どうやら農業が盛んらしく、藁葺きの建物の間には広く畑が置かれていた。畑ではもう日も高いというのに住民がせっせと働いている。
その住民を見て私は「ん?」と思った。何かがおかしい。何か、こう縮尺が違うような--……。
ハンナに連れられて村の中に入っていく。
ハンナが通ると畑仕事をしていた住人は必ず顔を上げて笑顔で挨拶をした。ハンナも笑顔で答える。きっと、かなりの人望なのだろう。
畑仕事をしていた住人の縮尺はやはりおかしかった。近づいてみると、みんな私のお腹くらいまでの身長までしかない。耳が尖っていて、鼻が赤かった。
「ドワーフさ。見たことないかい?」
とハンナが不思議そうに眺める私に言った。
ドワーフ?ドワーフと言えば白雪姫なんかに出てくる小人のことだろうか。確かに帽子を被せてツルハシを持たせれば、ディズニーのあの小人そっくりだと思う。確かに建物のサイズも小人サイズの建物だった。
村の中心部にある少し大きな建物にハンナは私たちを連れて行った。
「ここが村長の家ですか?」
とリーレイが訊いた。
「そうそう、一応よそ者だからな。挨拶はしとかなきゃだめだろ?」
「それはそうですね」
相変わらず笑顔の張り付いているリーレイに私は小さく舌打ちをした。
ふとハンナが何かを思い出した顔をした。
「そういえばリーレイ様よお、この女性は誰なんだい?別にお忍びでデートってわけでもないだろ?」
『デート』と言われてリーレイの顔が一瞬醜く歪んだ。それからやばいというような目をして、またすぐにあの胡散臭い笑顔を浮かべる。
演技を崩さずにはいられないくらい私とデートするのが嫌なんですね。わかってますよ。
「ええ、こちらは聖女様です」
さらりと言ったリーレイにハンナが目を丸くする。
「聖女様って、あの伝説のか?!確かに伝説の通り魔王は現れたが……聖女様も現れたんだな!こりゃすげえや!」
伝説?魔王?
そういえば私は何故自分が聖女と呼ばれているのか全くわかっていない。
「それにしたって、なんでずっと顔なんて隠してるんだ?」
とハンナが布をかぶった私を覗き込もうとした。
私は条件反射で自分の顔を隠した。隠されると見たくなるのが人の性。ハンナはニヤニヤした顔で
「そんなに隠されるときになっちゃうじゃんよー。やっぱり聖女様っていうんだから、とびっきりの美女なのか?美女すぎて、周りが失神してしまうからとか言う理由で布を被ってるんだろう。大丈夫、大丈夫。私はそれくらいじゃ気を失ったり鼻血を出したりなんかしないから、見せてごらんよ〜」
と私の布をえいっと剥ぎ取った。
間。
知ってる。その反応。もう、飽きた。
ハンナは私の顔を見て悩んで、リーレイの顔を見て、それから再び悩んで、それから何故か私に「ごめん」と謝った。なんの謝罪かわからないが、なんとなく傷つくのでやめてほしい。
「見てお分かりでしょうが、この方は今暫定聖女なだけであって、まだ聖女様だと決まっているわけではありません。もしかしたら偽物の可能性もありますので、これから王都へ行って司祭と引き合わせようとしていたところです」
ニッコリ笑うリーレイを見て、ハンナは眉を顰めた。
「おい、リーレイさんよ。それってこいつがブ……ゴホン、こいつの見目が麗しくないから聖女じゃないかもしれないって思ってるんだろ」
リーレイは否定をしなかった。
「そんなひでえ事があるかってんだ。きっと聖女って言われるくらいだ。何か奇跡があったんだろう?それなのに顔面にちょっと不備があるくらいで、その態度、私ゃ気に食わないなあ」
所々本音が漏れ出ているが、それにしたってとてつもなく優しい。今までこんなに私を気にかけてくれた人がいただろうか。
リーレイは一瞬狐につままれたような顔をした。
「いえいえ、ハンナさんは勘違いをしていらっしゃいますよ。顔面が美しかろうがこちらの女性のように醜かろうが、聖女であるかどうかは司祭でないと判断ができないのです。どのみち王都へ赴くのは同じです」
よく言うよ!という言葉を私はゴクンと飲み込んだ。
「ま、まあ、別に……私も気にしては…いないです」
半分強がりではあったがそう言った。
ハンナはそう言った私を見て右眉を上げる。
「本当かい?まあそうだったらいいんだけど……まあ、私も街に出るとブスブス言われてきたからさ。なんとなく他人ごととは思えなくてさ」
ハンナが私の背中をポンポンと叩く。
心にほわっとなにか温かいものが灯ったが、それと同時に私の性格のひんまがった部分が「その男好きする乳があるだろ。顔だって私みたいなクリーチャーレベルじゃないじゃん」と囁いて、私は慌ててその考えを頭の中からかき消した。
「いえいえ、ハンナさんは美しいですよ」
リーレイが言う。
そこで私はきづいてしまったのだが、この男、さっきくらハンナの乳をずっと見ている。
なんだ、こいつ。そういえばさっきからちゃっかりハンナの腰を抱いている。こいつ、今まで二人きりでまったく気付かなかったが、相当な女好きっぽいな。きっとこの顔だ。相当の女を食っているに違いない。
気づいて、そんなリーレイに嫌悪感しか示されない自分の容姿が少し悲しくなったのだった。
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