第4話

 ヒヒーーンッ


 馬が嘶いた。車が大きく揺れる。

 私はまた体勢を崩して、前につんのめる形になった。そして、前にはリーレイ。

 リーレイの膝の上に覆いかぶさるようにした私をリーレイが嫌悪感たっぷりな顔で見下ろしていた。

「し……仕方ない……じゃないですか」

 私がボソリと言う。

 確かに仕方のないことだったし、今回はリーレイもそう思ったようで嫌な顔をしただけで何も言っては来なかった。

 ニャンコフは驚いて、リーレイの背中の後ろの座席との隙間にピッタリと挟まっている。

 車は一度大きく揺れて、ピタリと止まってしまった。

「何が起こったんだ?」

 様子を見ようとリーレイがドアを開けようとする。しかし、ドアは反対側から強く開けられた。

「命が惜しくば金を出せ!」

 そこにいたのは髭でもじゃもじゃの顔をした大男。質素な身なりだが、身体中に無数の武器をつけている。

「な、な……」

 口をパクパクさせている私に、リーレイが落ち着いた様子で言った。

「落ち着け。ただの追い剥ぎだ」

『ただの追い剥ぎ』ってなんだよ。当たり前だが追い剥ぎなんて日本で出会ったことがない。私お金なんて持ってないし、ていうか本当に追い剥ぎって何?落ち着いていられるか、ばかっ!

 ワタワタとしている私の頭にリーレイは再び布を被せた。

 はいはい、聖女がこんなブスだなんて思わせたくないのね。

 全部で十数人はいるだろう。たちがズカズカと車の中へと入ってくる。私たちは車の外に出されて、後ろ手に縛られてしまった。

 どうしよう、このまま殺されるのかもしれないとリーレイの顔を見る。リーレイはただ無言で車の中を漁る追い剥ぎを見つめている。

 追い剥ぎが場所の中にあったものを全て外へと出した。

「ふん、こんなに立派な馬車だったらもっと金目のものが入ってると思ったんだがな。まあ、ネコヴェルクとこいつ……まあ男なのは惜しいが、それなりに値段はつきそうだ」

 そう、ニャンコフの首根っこを掴んで言う。ニャンコフは恐怖に満ちた顔で、俯いて黙っている。

 ああ、こいつら、私たちを売り飛ばす気だ。

「ああ、すまなかったな。荷物は最小限にしてるんだ。それに俺を売ったら『それなり』ではなくて、かなりの金額になるぞ?」

 リーレイが笑った。

「なーにを笑ってるんだあ?お前自分の状況が分かってるのか?」

 がリーレイの下から煽るように言った。

「わかってるさ」

 再びリーレイがニッコリと笑う。

 刹那。

 私は一瞬何が起こったのかわからなかった。ただ、目の前にいたの男の首が突然落ちた。

 私は唖然としてリーレイを眺める。

 気がついたらリーレイを縛っていた縄は完全に解かれていた。もしかしたら最初から縛られてなかったのかもしれない。

 どういうマジックを使ったんだ。そりゃ余裕綽々なわけだよ。

「さて、俺を襲ったと言うことはどう言うことかわかってるよな」

 そう言って笑った。なんと邪悪な笑みだろう。自分にタテをついたものは皆殺しにしてやると言ったような表情。なまじ顔が良いだけに、変な凄みがある。

 その顔を見て、首根っこを掴まれて項垂れていたニャンコフが全身の毛を逆立てた。

 たちの表情も一瞬凍りついたのが見えた。

 怖いよな。私も怖い。

 しかし、たちはどうやら頭が良くないようである。「よくも棟梁を!!」と言いながら、一斉にリーレイに襲い掛かった。

 リーレイが余裕の表情(とても邪悪な顔)で剣を構える。


 ピーヒョロ〜


 突然あたりにトンビの鳴くような声が響いた。

 たちがハッとした顔で動きを止めた。


 ピーヒョロ〜


 音はどんどんとこちらに近づいてくる。

 どこから聞こえてくるのか。突然、私たちを影が覆った。私は上を見る。

 私の頭上に見たことのない巨大なトカゲが空を飛んでいた。

「逃げろ!ドラゴンライダーだ!」

 の一人がそう叫んだ。ざわめきがたちに伝播していった。

「逃げろ!敵いっこねえ!」

 そう誰かが叫んだと同時に、たちは雲の子を散らすように逃げ去っていった。

「全く、命拾いをしたな」とリーレイが剣をしまう。そして、私の縄を解いてくれた。

同時に空から巨大なトカゲが私たちの目の前に着地した。--ドラゴン、と言っていた。確かに漫画なんかに出てくるドラゴンと同じ見た目をしている。ただなんだ?背中に鞍がついている。

「おーいしょ!」

とドラゴンの背中から女が一人飛び降りた。

赤毛で化粧っけのないソバカスだらけの顔。腕は折れそうなほどに細い。けして美人とは言えなかったが--乳がでかい。華奢な身体に纏ったぴったりとしたライダースーツの胸元だけが空いていて、今にも乳がこぼれ落ちそうになっている。

「お、なんだ?誰かが盗賊にあってるって思ったらリーレイ様じゃねえか」

女は言って、ズズいとリーレイに近づいて顔をマジマジと見つめた。

「あの時もビックリするくらい綺麗だと思ったけど、間近で見るともっと綺麗だな」

イシシと笑う。

「私を知っているのですか?」

とリーレイが微笑んだ。

出たよ、必殺猫被り。

「おう、前に都にドラゴンライダーが集められたことがあったろ。その時に私もいたんだ」

「そうですか、助けていただき助かりました」

嘘をつくな、嘘を。お前はきっと『人殺しが出来なくて残念』くらいに思ってるだろ。いや、知り合って間もない人間にこんなことを言うのは失礼だけど、正直さっきの顔はそう言う顔としか思えない。

「ところで」とリーレイが言った。

「私たちは王都に戻る途中なのですが、馬がやられてしまって……とりあえず、今夜泊まる場所などありますか?」

「あいつら……馬だってそれなりの金額で売れるってのに。無茶苦茶しやがる。とりあえず、私の村へ来ればいいさ。歓迎するぜ」

とそう言って私たちを見た。それからドラゴンを見る。

「本当だったらこいつに乗ってけって言いたかったが、さすがに二人と一匹じゃあ、重量オーバーだな。歩くと一時間くらいかかるけど大丈夫かい?」

女は私ちちにそう訊いた。

「仕方ないでしょう」とリーレイが微笑んだ。

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