第3話
ガタンゴトンと馬車が揺れている。私たちはさっきから膝を突き合わせて無言だ。
このリーレイとか言うはちゃめちゃに顔だけがいい男は、割と身分の高い騎士様らしかった。なんでも王様のお気に入りらしく、かなり立派なお屋敷でいい暮らしをしているらしい。確かによく見てみると身につけているものも高価そうなものばかりだ。
それにしてもさっきはすごかったなと私は思い出す。
おばさんの店を出た瞬間に、黄色い歓声が辺りに響いたのだ。確かにしこたま顔のいいこの男がモテるのはわかるが、予想外すぎるほどのモテモテ具合。
そうか、きっとみんなこの男の柔和で優しい外面に騙されてるのかと思った。
それだったらこいつが私にわざわざ布を被せたのにも納得だ。この男と一緒にいるのが『聖女』と言うのはみんな知っているだろうが、確かにそれがとんでもないブスだと知られたらもしかしたら石すら飛んで来かねない。
なんとなく『聖女』って美人なイメージがあるじゃない。自分より遥かに美人な女がイケメンと一緒にいるのは、なんか敵わない気がして許せるけど自分よりブスが一緒にいるのは許せないってのが女心だと思う。私だってそうだもの。まあ、今まで自分よりブスな女をテレビの中ですら見たことがないわけだけど。
馬車の中はその時に貰ったプレゼントでいっぱいだった。それをほとんど私側に寄せているので、私の座るスペースがまあ狭い。
それにしてもこの男、なぜ従者がいないのだろう。普通それなりの身分だったら、従者の一人や二人くらい連れていてもいいと思うのだが……。
見つめる私の視線に気づいて、リーレイが眉を釣り上げた。
「何、見てんだよ」
相変わらずこの男、私に対してすこぶる口が悪い。
「べ、別に……見てなんかないです」
私はボソボソと反論した。
「ああ?何言ってるか全く聞こえねえんだけど。チッ、なんでこんなブスと二人きりになんねえといけないんだよ。全く、ジョーイでもいいから連れてくるんだったぜ」
「お、お言葉ですが……私を、か、勝手に……聖女とか言って、つ、連れてきたのは、あ、あなたですから」
私は相変わらずボソボソと言った。しばらく母親とすら話していなかったので、人との話し方をすっかり忘れてしまっていて吃ってしまう。
リーレイはそんな私の様子にさらに腹を立てたようだった。
「だから何言ってるかぜんっぜんわかんねえんだけど?何か言いてえんだったら、もっとハッキリしゃべれよ。つーか、お前口を開くな。お前の口から出てくるしょんべん垂れてるみたいな汚い音を聴いてるのは正直言ってめちゃくちゃに不快なんだよ」
あまりの罵倒に私の声はヒュッと喉の奥に引っ込んでいってしまった。
なんでこんなひどいことを言うのだろう。少なくとも私はこの男とは初対面だったはずだ。容姿のせいでひどく言われるのは慣れっこではあったが、流石にこれは度を越してはいないだろうか。
その時だった。私の横にある荷物がもぞもぞと動いた。馬車に乗る時におばさんが私に預けてくれた荷物だ。
「にゃああああああ〜!よく寝たにゃあ!」
ゴソゴソと中から出てきたのは、さっき--私が目覚めた時とても失礼な感じで逃げていったあの猫だった。
猫は一回大きく伸びをして、ふと周りを見た。
そして一瞬状況を飲み込めないような真丸な瞳で私を見る。一瞬の間が開いた。
「にゃ、にゃあああああああ?!ここはどこにゃあああああ?!」
猫の叫び声が響いた。
「うるせえな」とリーレイが耳を塞ぎながら言う。
それから、その猫を見て
「ネコヴェルクか?珍しいな」
と言った。
ネコヴェルクと呼ばれたそれは、リーレイの言葉に耳をピクピクと動かした。それから長い尻尾を誇らしげにピンと立てて、私の膝の上に立ち上がった。
少し重たいけれども、とても可愛い。
「我こそは、誇らしきネコヴェルクの勇者、ニャンコフなるぞ!」
ニャンコフと名乗ったそれは私の膝の上でポーズを決める。フンフンと鼻がヒクヒク動いている。
リーレイもそんなニャンコフの様子になんとなく笑顔になっているようだった。
「なんで、お前はそこから出てきたんだ?」とリーレイがニャンコフの頭を撫でながら覗き込んだ。
リーレイの顔が私の膝にめちゃくちゃ近い--っ!
いや、こんな性格の悪い男こちらから願い下げなわけだけど、それはそうとこの綺麗な顔にはどうしてもドキドキしてしまう。綺麗なものに慣れていないのだ。私は今にも鼻血を吹き出しそうなのを、目をそらしながら耐えた。
ニャンコフはリーレイの手に顔を擦り付ける様にすると(可愛い)、それからガックリと肩を落とした。
「僕、リビングに行ったらいい袋があるって思って、中に入って寝てたんだ。気がついたら、今だよ。一体ここはどこなんだい?僕は一体どこに向かってるんだい?」
項垂れるニャンコフの両脇を持って、リーレイはニャンコフを自分の膝の上へと持っていった。
「そうだな、ここは王都へ向かう馬車だな」
ニャンコフの腹をわきわきと触りながら、優しく言った。どうやら結構な動物好きらしい。
「にゃあああああ!王都?!王都?!なんで?!なんで?!」
腹を触られて気持ちよさそうにしていたニャンコフが急にビクンと目を丸くした。ニャンコフの尻尾がボフッと一瞬大きくなって、またしおしおと萎れる。
「王都……なんで僕を連れて行くの……?僕、何か悪いことした?」
「お前はあの店のペットか?」
「違うにゃ!僕はあのお店--おばさんの用心棒にゃ!!」
この可愛らしい愛玩動物が一体何からおばさんを守ることができるのだろう。リーレイはクスリと笑う。
こいつ、こういう顔もできるんだなと私は思う。さっきからニャンコフに向けられている笑顔は、おばさんや町の人間に向けられた胡散臭い笑顔じゃなくて、自然で穏やかだった。もちろん私には不機嫌な顔しか見せてなんかくれない。
「そうか。お前がここにいるのはな、このブスが間違って連れてきてしまったからだよ」
ニャンコフが私を見る。また目をまんまるにして、今度は後ろに飛び退った。ドンとリーレイの胸にあたる。
「にゃああああああ!聖女さまにゃあ!」
いちいちうるさい猫だな、と私は思う。
ニャンコフは私の膝を恐る恐るクンクンと嗅いだ。そしてカッと目を開いてフレーメン現象を起こす。フレーメン現象の起こる理由は別に臭いからというわけではないとは知っているけど、体臭があると言われたようであまりいい気分はしない。
「にゃ、にゃんで聖女さまがここに……??もしやお前は聖女様を拐う悪者?!」
自身に向かって身構えるニャンコフにリーレイが吹き出した。
「違うよ。おれはお城にこのブスを連れて行く最中なんだ」
「お城?この馬車はお城に行くにゃんか?」
「ああ。着いたらあの店の店主にお前は無事だと言う手紙を出そう。今日の夜には到着する予定だからな。まあ、そこまで遠いわけではないし、すぐに迎えにきてくれるさ」
「本当にゃ?お前、悪者でないにゃ?」
「俺が悪者に見えるか?」
リーレイが訊く。ニャンコフはリーレイの瞳をじっと見つめた。少しの間見つめていて、それから言う。
「確かにこんな綺麗な人が悪者なわけがないにゃ!」
なんと言う単純な理由か。まあ、でも確かにこの絶世の美男子は、私でも同じ感想を抱いていたと思う。中身を知ってみると魔王の手先でもおかしくないと思ってしまうくらいに性格が良くないが。
その時だった。
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