第2話

 お風呂から出ると、ちょうどおばさんが大量のドレスを持って階段を駆け上がってくるところだった。私が下着をつけて、服を着ようともたもたしていると、もともと着ていた私の服を取り上げる。

「これからお城の騎士さまがいらっしゃるんだからね。そんなボロじゃなくってちゃんとした格好をしなきゃ。ああ、でも着替える前に髪の毛を乾かさなきゃね」

 そう言って、私の手を引っ張って椅子に座らせた。

 なすがままの私の頭におばさんは何か丸い、まるでオウムガイの殻のようなものをかざす。かざした瞬間、オウムガイの殻から熱風が吹いた。ドライヤーのようだった。

 私はおばさんのされるがままになっている。

 髪を乾かして、おばさんは私の顔に何か液体を塗りたくるとそれからパウダーのようなものをぱふぱふと置いた。脂性の私の肌は一瞬サラッとしたが、おそらくあと五分もたたないうちに分泌される脂で頬も鼻もテカリだすだろう。

 おばさんは私の顔を隠すように垂れ下がった前髪を大きなピンで頭の上へ止めた。

 見たくもないブサイクな顔が顕となって、私は思わず目をそらす。

 おばさんはそんな私の気持ちを知ってから知らずか鼻歌まじりに私の髪を編みはじめた。だんだんとアップにされていく髪を私はただ黙って見ている。

 編み込みをしながらおばさんが私に話しかけた。

「マリカちゃんは今幾つなの?」

「あ……えっと、その……じゅ、十七です」

「あら!私の娘と同い年だわ!」

 私は少し驚いた。おばさんとは言っても、私の母よりも随分と若いように見える。どう見ても30代半ばくはいにしか見えない。

「うちの娘、一年前に冒険者になるって言って家を飛び出して行ったきり、一度も帰ってきていないのよ。たまに手紙は寄越すから元気でやってるのはわかるんだけど……そうだ!アルバム、見る?」

 おばさんは早々に私の髪の毛を完成させて、「そうだ、私が戻るまでそこに置いてある服、着ていてね」と言い残しパタパタと階段を降りていった。

 私はベッドに置かれたワンピースを手に取る。白いシンプルなデザインで裾に細かな刺繍が施されている。こんな可愛らしいデザイン、私には絶対に似合わないし普段だったら絶対選ばないのだけど。そう思いながら、腕を通す。

 着てみてベッドの横の全身鏡に姿を映すと、やはり胸とお腹がぶかぶかでとても貧相だった。髪をアップにされて全部が露わになってる顔面は、さっきの予想の通りにすでに脂が浮き出ている。とても可愛らしいワンピースのはずなのに、どうにもパッとしないのは私のこのブサイクな顔面とスタイルの悪さのせいなのだろう。これがクラスで一番可愛い川口さんだったら、とても素敵に着こなすのだろうなと思う。

 ブサイクな顔面にブサイクなスタイル。

 それでもやはり私も女の子だったらしい。普段着ないようなワンピースに心が躍って、鏡の前でひらりと回ったりなどしてみる。ポーズなんか決めていると、おばさんがバタバタと血相を変えて戻ってきた。

「ちょっと!あんた!はやく降りていらっしゃい!!」

 私の頭の上にクエスチョンマークが浮かんだ。

「もうお城の騎士様がいらっしゃったんだよ!時間よりもだいぶ早いけど、ほら!はやく!待たせちゃ悪いよ!」

 そう言って私の腕を引っ張った。私はつんのめりそうになりながら、おばさんについていく。階段を降りて一階--どうやら何かの商店のようだ--へ行くと、そこには一人の男性が立っていた。

 金髪の長髪に美麗な顔。耳が尖っている。漫画によく出てくる『エルフ』と言ったような容貌だ。

「リーレイ様、そんなお座りになっていればよかったのに……」

 おばさんが申し訳なさそうにその男性に言った。

 男性は少しも遠慮した風な口調ではなく、横柄な態度で「気にしないでください」と言った。美しい顔には笑顔が張り付いている。

「それよりも、その『女』はどこだ?」

「そうでしたわ!こちらです。この子が--」

 おばさんが私を指した。

 ニコニコ男の左眉がピクリと動いた。視線が一瞬だけ私を捉えて、それから何かを探すようにフラフラと辺りを彷徨う。それから怪訝な顔をして

「どこにいらっしゃるのです?」

 と再び訊いた。

「どこってここですが……」

 再びおばさんが私を指した。

 男は私を見て、そしてまるで朝の道端にぶちまけられた吐瀉物でも見るかのように顔を歪めた。美しい顔が台無しである。

「このブサ……この女が聖女……?」

 この男、ブサイクって言いかけやがった。

 まあ別にいつものことで慣れっこではあるけど、そんな顔しなくてもいいじゃん、と少し思う。

「いえ、リーレイ様。たしかに容姿こそ、少し人よりも劣りますが、この子がこの前聖者の泉に突如現れた聖女さまです」

 おばさんも、たぶん本音だとは思うけど酷い。

 男はまた私を見た。

 そして、毛虫でも見るかのように顔を歪めたまま言った。

「ふむ。まあ、いい。あなたが聖女かどうかは城についてから司祭が判断するでしょう」

 男--リーレイは踵を返す。

 なんとも失礼な奴である。たしかに私は自他共に認めるとんでもないブサイクではあるものの、初対面で挨拶すらしていない人間(人間なのかどうかわからないけど)に突然そんなことを言われる謂れはない。そもそも聖女って何?突然意味が全くわからないのだけど。

「ついてくるのだったら、早くついてきなさい」

 リーレイが後ろでもたもたしている私に言った。静かだが威圧的な声。おそらく私を豚がなんかの家畜だと思っている、そんな話し方だった。私はその声に思わず大袈裟にビクリとする。

 おばさんが私の耳元で囁く。

「マリカちゃん、ついて行きなさい」

「で、でも、私聖女なんて……」

「いいから!貴女今目覚めたばかりで混乱してるの。たしかに貴女は聖女よ!」

 おばさんが私の背中をドンと押した。

 私はきゃあっとらしくない悲鳴を上げて、盛大に前につんのめる。そのままうまくバランスがとれなくて、そのまま身体を両手で支えることもできずにすっ転んだ。

「うわっ、なんだ?!」

 転んだのに何故かどこも痛くなくて、私は恐る恐る目を開けた。目の前に美しい男性の顔があった。一体何が起こったのが一瞬理解できなかった。頭をフル回転させた結果、導き出した結論が……

 --転んだ私をリーレイが助けてくれた!!

 しかし、その幻想とすぐに打ち砕かれることになる。上に覆いかぶさる私の顔を心底嫌悪するような顔でリーレイは言った。

「さっさとどけよ、ブス」

 今度はオブラートに包まかった。私にだけ聞こえるような小声。

 ドストレートな悪口を言われて、私は思わず固まる。言われ慣れてはいるけれども、みんな陰でヒソヒソと言ってくるだけなので、ここまでのストレートを決められたのは初めてかもしれない。すっとんできた右ストレートは私の心のど真ん中に命中したようで、昔の古傷というか虐められてきた記憶というかが胸の中でチクチクと痛かった。

「さっさとどけっつってんだろ?重たいんだよ、クソデブ」

 リーレイは私の顔を見て、また小声で続けた。

 デブとはなんと失礼な。しかもただのデブではない。『クソ』デブだ。たしかに私は顔こそ人の倍大きいが、身体は肋骨が出るほどガリガリだぞ。このやろうと私は無言でリーレイを睨みつける。

 リーレイは眉を顰めてチッと舌打ちをすると、私を手で払いのけた。

 私はバランスを崩して、どさりと尻餅をつく。

 立ち上がりパンパンと埃を払うリーレイにおばさんが慌てて駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか……?」

「ええ、大丈夫ですよ。そちらのお嬢さんに怪我はないですか?今、手をかそうとしていたところです」

 嘘をつくな。嘘を。

 自分で払い除けておいて、なんて都合の良い。

 おばさんは私に向き直って私の手を引っ張った。立ち上がった私のワンピースのお尻をパンパンと叩いて「全く、せっかくのお洋服が台無しじゃない」と笑う。この男の腹黒さに触れるとおばさんの優しさのなんと心に染みるものか。

 私はリーレイをまたジロリと睨みつけた。リーレイもこちらを見ていて、目が合うとまたあからさまに嫌な顔を作る。

 しかも私は気づいてしまった。

 この男、おばさんに気づかれないようにこの嫌な顔をしている。性格が最悪だ。

 リーレイは私が立ち上がったのを見ると、ふと思い出したように手に持っていた布を私の頭に被せた。

「街の人間が聖女の顔を気にするといけないので」

 とリーレイはニッコリとおばさんに向かって笑う。

『聖女がこんなブスだなんて、街の人間に知られたら大変だ』と言うようなリーレイの心の声が聞こえた気がしたが、あながち間違いではないだろう。

 私は内心ムッとしながらも、ただ黙ってリーレイについていくしかなかった。

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