File.03 鬼事(後編)

~~~

 どうしようどうしようどうしよう


 私のなっちゃんが死んじゃうよ

 大丈夫なんて言ってたけど大丈夫なわけない。

 あんな大きなロボット、絶対殺されちゃうよ

 しかもさっきから痛がる、なっちゃんの声が聞こえる。


 私、草薙くさなぎ叶は今、千夏に連れられて走っている。


「大丈夫って言ってただろ?なずなの奴がウソついたことが一回でもあったか?なかっただろ。あいつの言うことを信じるだけだ。だから振り向かないで走るんだ」


 千夏も私を元気づけようと空元気で励ましているのがありありと見える。千夏の目じりには涙が浮かび、声も震えているからだ。これ以上、千夏まで失う訳にはいかない。


「うん。分かった。心配かけたね。速く逃げて、通報してからなっちゃんを助けに行っても遅くないよね。」


 そう言い、勢いよく駆け出す。そしてあと少しで駄菓子屋に着く、というその時。

 さっきまでとは根本が違う叫び声がしてきた。


 いや、これはもはや叫び声にもなれていない。喘ぎ声だ。

 耐えきれずに後ろを振り向いてしまう。すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。


「なっ‥‥ちゃん‥‥」


 そこには血にまみれた友人が力なくロボットのされるがままになっている姿があった。

 そしてよく見ようと悪い目を精一杯凝らすと、彼女の足を見た時に私は頭が真っ白になった。


 足が、無い。


 思わず、千夏の手を振りほどき走り出そうとするも千夏は手を放してくれない。


 一瞬の後に覚悟を固めた。


「お前まで殺されに行ってどうする!通報するんだろ!」

「千夏さん、ごめんなさい」


 その日、私は人生で初めて人の顔面を精一杯殴った。

 ゴッ

 という鈍い音と共に彼女は倒れる。


 その隙に私は駆け出し、大好きな友人の下へ駆け出した。

 あの子なっちゃんが生きていなかったら、私も死ぬつもりだった。

 ~~~



 わたし、藤宮なずなは根性だけでまだ生きている。


 このまま意識を手放した方が簡単なのだろうが、それではこのロボットに負けた感じがして嫌だという、ものすごく幼稚な考えの下。

 地面に転がされてからも、飽き足らないのか、ロボットは非情なまでに遊んでくる。


 今出ているアドレナリンの効果が尽きたらどんな激痛だろうと思うも、もう一生そんなことは無いから大丈夫だ、と思う。


 何回もお腹の柔らかいところをめがけてその錆びた爪を振り下ろすと、わたしの中から胃液だかなんだか分からないものが溢れ出す。潰されたお腹からはみ出ているのは腸だろうか。


 膀胱も一緒に潰されて出てきたのか、はたまた自分で出してしまったのか確認しようがないが、下腹部もほかほかに濡れているらしい。


 お腹の辺りは背骨まで粉々になってまったく本来の役目を果たしてないのだろう。

 ロボットが振り下ろしてきた爪を持ち上げてももう、ねちょっ、又はぐちゃっというわたしに残っている僅かな肉と血が織りなす音しか出ない。


 わたしのしぶとさを楽しんでいるのかのように、決してロボットは頭を潰して一息に殺そうとはしない。わたしが反応できないとしても、かろうじて生きているとだけは気付いているらしい。


 何度でも、何度でも無慈悲に振り下ろす。


 もし今の自分を天の神様なんてものがいて見てたとしたら、哀れみだけで天国に逝かせてくれるに違いない。

 だって、今のわたしの状況としては両脚千切れて、腕もボロボロ、胸からは肋骨が飛び出していてお腹の中にはもう内臓なんてないかもしれない。


 もう生きているのが奇跡なぐらいだと思える。


 しかしそのような状況が長続きする筈は勿論ない。


 少しずつ意識が遠くなってゆく。


 あぁわたし、本当に死ぬんだな


 そう思っていると、霞んだ視界の中でわたしの一番の友人かなちゃんが向こうから一直線に駆けてくるのが見えた。


「大丈夫。私は大丈夫だから」


 思わずそんな言葉が口をついて出てくる。


 よく、映画とかで死にそうなキャラが、俺は大丈夫だ、とかキザな台詞を言うのを見かけるが、あれは本当に大丈夫とかそうじゃないとか、相手を心配させないようにとか思っているんじゃなくて、極限状態になるともう自分のことを完全に忘れて人の事だけを思って言っているセリフだったんだなぁと思う。


 そんなわたしの言葉もむなしく、彼女はこちらに走って来る。


 ダメ‥‥と言おうとしたところで、本当にわたしの意識は完全にブラックアウトしてしまった。

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