File.10 説明
会津先生と共にコンクリートの廊下を歩く。部屋の中はギリギリビジネスホテルと言っても通じるが一歩出るとやはり無骨な雰囲気が否めない。
会津先生は再会した時こそ元気そうな言葉を吐いていたが、顔にはいつもみたいな元気がひとかけらもなく、やつれている。疲れているらしい。それでいながら全身から話しかけるなオーラがほとばしっているので何も声をかけられない。
隣の
(会津先生、大丈夫かなぁ。すっごく疲れてそう)
(きっとなっちゃん達が倒したロボットの事でいっぱいいっぱいだったんだよ)
(それだけなら良いんだけど‥‥)
「よし、おまえら、ここだ。」
そういう言葉と共に彼女はこちらを振り返りわたし達をある部屋の中へと案内した。
(目の下に隈もある‥‥)
中は、小教室くらいの会議室となっていた。長テーブルが一つあり、その正面にホワイトボードが設置されている。
わたし達四人はその長テーブル直接金属のアームでつけられている椅子を引いて座ったのだが、後ろに別の人の気配を感じ振り返ると、そこには二人の女性の影が見えた。一人はもう何回も会っているから分かる。要さんだ。もう一人は‥‥あいにく分からない。彼女も例にたがわず美人さん。わたし達よりもひとつかふたつ年上だろう。
2人はにこりともせずにわたし達の後ろを通るとそのままホワイトボードに向かっていき、その端に立つと名前が分からない方の人がボードの裏の方に手を伸ばし、ごそごそと触る。カチッと言う音と共に、この間聞いたような重厚なモーター音が聞こえてきた。
「うおーっ!すっげーっ!カッコいいぞーっ!」
千夏が思わず目を光らせる。
モーター音が大きくなるのと共に、部屋の様子がどんどん変わっていったのだった。足元の床が割れ、深い蒼の床が現れる。ホワイトボードも4分割されそれが回転しながら壁に吸い込まれていくのと共にどこからともなくモニターが現われる。
「子供じゃあるまいしこんなのではしゃぐのやめなさい」
「これがはしゃがずにいられるかっ」
「そうだよそうだよ。千夏は子供なんだから」
「ムキーッ!子供じゃない!いっぱんてきな、いけんだっ」
「そもそもなっちゃんも負けず劣らず目を光らせてたじゃない。フフッ」
「あっ‥‥」
「ハハ。なずな、人の事言えてなーい。今回に限ってはお前の負けだな。逆転勝利!」
「うっ‥‥」
そうこうしているうちに部屋の中が一変した。戦略会議室的な感じになったのだ。足元の青い床は淡く光っていて、壁も深い青を基調とした暗い感じの部屋。手元の長テーブルにも気が付いたら小型モニターと地図がある。いや、地図と言うか座標が振られただけの方眼か。
そして仕上げに、上についているライトが一旦電源を落としもう一回ついた時にはこの部屋に合った少し暗めの照明となった。
流石にここまで来ると冷静な顔をしていた涼華、叶も驚きで頭が追い付かなくてぽかんと口を開いている。4人揃っての間抜け面。
何事もなかったかのように要さんともう一人は話し始めた。
「みなさん、おはようございます。」
「「おはようございます」」
頭を下げる。
要さんが話し始めたのを確認すると、一人ドア付近にいた会津先生が音もなくいなくなっていたのに気が付いた。
彼女が話を続ける。
「今日集まってもらったのは何となくわかっているでしょうが、あなたたちの置かれている状況に対する詳しい説明と、これからバニルパイロットになるうえでの説明です。
よく聞いてください。聞かなかったら、次はいつかは分かりませんが、デタックスの襲撃があり出撃した時に死ぬ確率が高くなります。」
いきなりしょっぱなからビビる事を言ってきた。
その言葉を言ってから彼女は言葉を区切ると、横にいた名前を知らない女の人が前にすっと出てきた。そして口を開く。
「こんにちは。わたしは
そう言うと、ニカッと歯を見せて笑う。良かった。なんか表情が読めないと思ってたらただ緊張していただけらしい。
彼女が簡潔な自己紹介を終わると、直ぐに要さんが話し始めた。
「じゃあ松本さんの紹介が終わったところで、本題に入って行こうか。彼女とは後で話させてあげるから。
それじゃあ先ずは、あなた達の置かれている状況に関してかしらね。可愛そうだけど、どうしようがないと思って聞いて。私も同じことを体験しているから。
簡潔に言います。あなたたちはもう家に帰ることは出来ません。」
「は?」
わたしの心のつぶやきが声に出てしまう。
「あなたたちは外の世界では体面上はいなくなったことになっています」
「え?」
千夏も続くが、要さんは話し続ける。
「保護者の方々には固く口留めをしたうえで、事情を話しました。」
状況の細部が分かり始めてきた。目の前が真っ暗になった気がした。
「ごめんなさい。でも、これがバニルに関わった人の定めなの。どうしようもない。」
「そ、それってことはつまり‥‥父さん母さんにはもう会えないってこと‥‥?」
辛そうにして彼女は言葉をひねり出す。
「はい
ごめんなさい」
「どっ‥‥
どうしてと言おうとするが要さんは悪くない。悪いのは全てデタックスだ。また、頭では秘密を洩らさない為というのもあるという事は分かってはいるがあまりに突然という事もあり何も考えられなくなる。
長い時間がたった。
「悪いのは要さんじゃないんだから、そんな謝るなよ。」
ぽつりと千夏が漏らす。
「ごめn‥‥分かりました。」
要さんはそう言うと、下を向いていた顔をこちら側に向ける。するとその目からポロリと涙がひとすじ。それを拭ったが、彼女の顔はまだ濡れている。
「あれ‥‥どうしてだろう‥‥ぬぐってもぬぐっても涙が止まらない‥‥心を殺して泣かないようにしていたのに‥‥」
その言葉と共に彼女の涙の堤防は決壊してしまったみたいに溢れだす。泣きながらも彼女のくちびるは心の声を紡ぎだす。
「あなたたち‥‥がまんしないで‥‥もっと泣いて良いのよ。私の事を罵って‥‥そうでもなきゃわたし‥‥どうすればいいか‥‥」
泣き崩れそうになる彼女に
「わたし達は大丈夫です。話を続けてください」
その言葉は家族円満でいつも楽しそうな声が家から聞こえてくる、叶からだった。暗い中よく見ると彼女の目元にも光るものが見えるがそれを隠して励まそうとしている。
「グスッ あなたたちが泣くならまだしも私は泣いちゃダメよね」
その言葉と共に、持っていたくしゃくしゃなハンカチを取り出して涙を拭くと、説明に戻る。
「勿論、相当難しいけれどもデタックスの大元の出現するところを叩けばあなたたちの存在は公のものにされ、家に帰ることだってできるわ。」
「そんなら猶更だな。早くとっちめちまおう」
「そうね。そのやり方が一番早いんだけれども今のところそれをやるにはまだ早いわ。それに関してはまた後で説明します。」
あまりにもさっきの涙を見せたことで動揺してしまっているのか、ですます調だった要さんの言葉の端はしに素が一部出ている。それでも話を続ける。
「あなた達はいま、対デタックス機関、ヴィノスの非正規嘱託職員としてこの基地に住んでいます。
あなたたちがこのままバニルパイロットとして戦う意思があるのならば現時点をもって正規職員としてヴィノスに所属することとなります。
どうしますか。」
「アタシはこの間言った通りだ」
「私もです」
「わたしも勿論」
「私は‥‥なっちゃんが行くならどこへでも」
「分かりました。それでは4人に職員カードを発行します。手元のモニターの手前側にある取り出し口から出てくるので取り出してください」
彼女が言った通り、ウィーンという音がした後ジコジコ印刷されながらカードが出てきた。全部出てきてから抜き取り見てみると、名前と機関名が印刷されただけの簡単なカード。裏には磁気テープが印刷されている。
「それが、職員カードです。そのカードを持った人と一緒に入らないと、バニルが置いてあるところなど一部の例外を除く大体の部屋で電子銃に撃たれますので肌身離さず持っていてください。」
物騒な基地にいるらしいという事が改めて感じさせられる。それから、と彼女は続ける。
「それから、地図も渡しておきます。入っちゃいけない場所もありますし。カードが出てきたところの隣に置いてある機械を一人一台ずつ渡します。」
なんかカードを一回り大きくしたような機械が出てくる。
「それはカードスキャナーになっています。端にある溝からカードを入れてください。」
指示通り入れてみると、それが真ん中から二つに切れ目が入り、分かれると両端に伸びていく。気が付いたら縦長だったはずのカードケースが横に伸びそこには液晶があった。
その液晶がジジジという点滅を繰り返しながら明るくなる。横を見てみると叶、千夏、涼華の横顔があおく映し出される。
完全に明るくなったところでそこには地図が表示されていた。中心にある6つの赤い点はわたし達を示しているのだろう。その地図を眺めて、あれっと思う。
「すいません。なんで廊下にはあんなにドアがあったのにここの地図には少ししか書かれてないんですか?」
「その質問は来ると思っていました。今のところあなたたちが自由に入れるのはそこに書かれた部屋だけです。そのうち色々知ったら制限が解除されて全部の部屋に入れるようになるでしょう。
もう質問はないですか?
それではバニルパイロットになるための話をしましょう。これは、今のシステムなら松本さんの方が詳しいでしょうから彼女に変わってもらいます。」
そう言うと、彼女は後ろに下がった。代わりに松本さんが前に出てくる。
「いま衝撃の告白が合った後に悪いわね。あたし達の代はこの話までに相当期間が開いたんだけど、今はあいにく、いつ敵が来るか分からなくって。」
「話の腰を折って悪いんですけど、ちょっとしつもん、いいですか?」
本当だよ。悪い。千夏のそんな言葉にも、彼女は包容力をもって接する。
「いいわ」
「その話しぶりからすると、前はいつデタックスが攻めてくるか分かったってことですか?そうだとするとなんで今わからなくなったんですか?」
確かに。たまには鋭いところも突けるんだ。千夏。
「あぁ、それか。実は、以前はコンピューターが計算して周期を求めていたんだけど、予想が外れることが多かったの。でも乱数的に来ることが最近分かっちゃって。
話に戻るわ。
あたし達、バニルパイロットは大きく分けて二つに分かれる。一つ目が、チェンジャー。二つ目がライダー。
チェンジャーとは、バニルに成る人たちの事。ライダーとは中に乗ってサポートする人だ。
このグループだと、
主な役割は後で部隊ごとに説明するわ。
で、どこまで要さんに教えてもらったか分からないから改めて説明させてね。
先ずはバニル自体について。
なんで成るっていうのかの話ね。
実は、バニルの中には人工脳が二つあるの。一つは、チェンジャーが使う用。もう一つが予備って言ったところね。ここにチェンジャーの脳を完コピするの。だから、一回その人が乗っちゃうともう別の人がそのバニルに成ることは出来ない。
そして、もう一つ疑問があると思うから言うと、なんで成った状態で怪我するとそのまま肉体にも反映されるのか。
みんな、昔行われた奴隷に対する焼きごての実験を知っている?人間の認知に対する実験。
大枠はこんな感じだったはず。
まず、奴隷を椅子に縛り付けて目の前で焼きごてを炙り、その熱々になったのを鼻もとに持っていくの。勿論熱い熱気が来るよね。そうやって熱さを実感させた後に目隠しをして、炙ってない別の冷えた焼きごてをその被験者に押し付けると、驚くべきことにその肌には赤々としたやけどの跡があったという。
人間の脳の認知がどれほど曖昧かを示す良い実験だわ。人道的にやっちゃだめだけど。
あともう一つの例。
これは聞いたことあるんじゃないかしら。ファントムペイン。正式名称、幻肢痛。
事故とかで、腕とか脚を切った時に、切られたことを認知していないと切った後でもないはずの腕や足が痛むという症状。これは切られる前に医者が目の前でそれを自覚させるという酷な方法でしか回避できない。
つまり、人間の脳は騙されやすいということ。
これがこの機体においても起きちゃっているの。悲しいことに。腕とか切られたら、切れたことを認知して、元の身体に戻っても同じように脳が捉えちゃって、そのまま不自由な状態で一生を過ごすの。
これについては回避する方法があるから、後で話すわ。だけど、気を付けた方がいいのは確か。
次の話は、あの戦うところ、鏡界についてかな。
あの世界は<あちら側>から攻めてくるデタックスが<こちら側>に来るときに必ず通る世界だ。どこまでもあの青が広がっている。
足元に薄く張られている液体は、エネルギー流動体。安全に使えばデタックスを一撃で殺せるんだけど今のところ分析中で何も使えないらしいわ。エネルギーを取り出すには相当特殊な設備が必要なぐらい原子の結合が安定しているから水みたいなものだと思って戦っていいみたい。
なんかこれを使って戦ってみたいけどね。
この世界については分かることが少なすぎるからあんまり説明できない。
最後は、デタックスについてなんだけど、これは訓練の時に言った方がいいから今のところ保留にさせてくれ。」
そう、長い話を終えると彼女は腕時計を見て、要さんに聞く。
「わたし達、まだ知り合って間もないんです。ひとまず彼女たちとの信頼関係を築くという事で一回お昼ご飯にしていいですか?この後の話も長いんですし」
分かりました。私がいない方が話が出来るでしょうから、5人で食堂に行ってきなさい。
もうすっかり涙の痕も消えた要さんが許可すると、彼女はこちらに向かって話し始める。
「じゃあ許可も出たってことでみんなでご飯食べに行くか!」
それからこうも続ける。
「あたしとバニルでライダーとしてペアを組んでる人も呼んでいいかな?」
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