File.09 日常
「なっちゃん、おはよう」
わたし、
会津先生がいるようなデジャヴを感じたような気がしたが、そんな記憶を頭の片隅に追いやって、急に明るくなってチカチカする目を開くと今回こそ、いつも通り
いつも通りと言うのは、あの襲撃がある前までは彼女が隣の家のわたしの寝室まで毎朝起こしに来てくれてた生活の事。彼女のおかげでわたしは少々だらけてしまい、頼りっきりとなってしまった(そうなる前からだらけていたと、いうツッコミは聞かないふりをしておこう)のだった。
「ふわぁ むにゃむにゃ‥‥おはよぉ。かなちゃん。 今なんじぃ?」
「フフッ。もう8時だよ。そろそろ起きなきゃ。」
「もうちょっともうちょっと」
こう言い、二度寝をしようと寝返りをした瞬間。急にガバァと叶が飛びかかってきた。
オゥフっ
変な声が口から洩れる。そんなの関係なく、彼女はわたしの脇腹をくすぐってくる。
「朝、ちゃんと起きない悪い子はこうだよーっ!」
眠気が勝り、再び眠りに付こうとしていたわたしの意識が一瞬にて覚醒へと持って来られる。お腹の底から笑いがこみ上げてきて、遂に爆発し笑いに見悶えることとなった。
「ギャハハハ はぁはぁ 1回ちょっとやめてーっ!」
「やめたら、起きてくれる?」
1回、彼女は言った通りにくすぐるのをやめると、犬みたいに上目遣いに聞いてくる。反則だぞ。そんなの。可愛すぎて何でも許せちゃうし、差し出せちゃうから。安眠なんて安い犠牲だ。もうバーゲンで売れるくらい。
「‥‥わかったよ。起きるから。」
「ありがとう、なっちゃん。じゃあ、改めておはよう。」
「おはよ」
むくっと起き上がると、わたしは着替え始めた。
いつも通りわたし達の朝が始まりを告げる。
ここは、相も変わらず例の基地である。初戦闘から11日、わたしが眠っていた期間を含めると合計で19回の朝が過ぎた。わたし達4人は今基地の、ある部屋に二人一部屋で住んでいる。わたしと叶、
わたし達の初陣でバタバタしていた影響で、大人たちは誰もわたし達に何も事情を説明してくれない。昨日、叶の退院の時に久しぶりに
いや、忙しいのは分かるんだけど、早くわたし達の置かれている状況を教えてほしいし早く家に帰らせてほしいんですけど。
わたしが着替え終わったのを確認すると、忠犬の様に待っててくれていた叶と一緒に涼華、千夏の待っている食堂まで降りて行く。
「お!おはよ。ねぼすけ」
「おはようございます、叶さん、薺さ‥‥」
「うっせー!ねぼすけじゃない!おはよ。涼華ちゃん」
「千夏さん、涼華さん、おはようございます」
「あ、おはよ。 いや、なずなが、ねぼすけなのは間違いない。アタシ達なんてもう30分も前に起きてたもんねーっだ」
「いや、千夏を頑張って起こしたの私じゃない‥‥ あぁ、叶さんおはよう」
「い、いいいいいいや、自分で起きただろ。な、なななな何言ってんだよ」
「ハッ。やっぱり千夏は裏切らないな」
「なんだと―っ!」
「怒らない怒らない。千夏、そんなこと言ってたら私、明日から起こしてあげないよ」
「うっ‥‥仕方ない。今日はこれであきらめてやるとするか」
「ハハ。負けを認めたな」
「でもそれ、この中で一番なっちゃんが人のこと言えないと思うよ」
「あっ‥‥」
「お前もか。仕方ない。引き分けだな」
「そうっスね‥‥」
そんなことを言っている間にもわたし達は手際よくフレンチトーストを作る準備をする。ただ、今のところわたしと千夏は出番なしのようだ。
二人して料理下手過ぎるのだ。
まず、千夏の方に目を向けて見ると、こちらは料理下手な理由は一目瞭然である。大雑把なのだ。摺り切りの表示がされているものをこんもりこれでもかと盛って作る。彼女に言わせれば”砂糖は正義”だとか。
反対に、わたしは相当重症だ。自分でも自覚がある。
わたしは卵が上手く割れない。力を掛け過ぎて殻が粉々に砕けちゃうのだ。また、なんでか分からないが炒め物をしていたら、気がついたらさえばしが燃えていたという超常現象が起きていたことがあり、それ以来わたしの事をあんなに気にしている叶でさえ触らせてくれない。
彼女の話によると、”調理場のなっちゃんは犯罪者”らしい。
そんな訳でてきぱきと4人で(実質2人)準備をし、ものの10分で見事なフレンチトーストがそれぞれの席の前に二枚ずつ、置かれた。
「「「いっただきまーす」」」
わたし達の声が食堂に響く。
千夏がくちびるを蜂蜜でテカらせながら話し始める。
「ひさしぶりだな。ぜんいn‥‥」
「千夏、飲み込んでからしゃべりなさい」
「えー固っ苦しいこと言うなよ。こんぐらい良いだろ」
「お姉ちゃんとして言います。ここにはお母さんがいないんだから。」
なかなかこういう家庭的な二人を見たことがないので新鮮だなぁなんて思う。
「へーい。うぐっ。ゴクン で、まぁ話に戻るんだが、ご飯で全員そろうの、すげー久しぶりだな。」
「ここまで今言われつつも話す勇気凄いと思うよ。ハハ。
でも、そうだね。昨日やっとかなちゃんが帰って来たんだから」
確かに思い返してみると小学校3年生からずっと、学校では4人で集まりご飯を食べてみんなで毎日どこかしら帰り道に寄って遊んでいたのだが、襲撃のせいでそれも出来なくなっていた。
「みんな、ご心配かけました。」
「大丈夫。改めてお帰りなさい。」
「よし、そんじゃまた叶の復帰を祝ってパーティーするかぁ!」
あれぇ?なんかまた千夏が言っているぞ?この間も聞いたようなセリフだなぁ
と思っていたら即座に涼華が突っ込む。
「また?この間もやったじゃん。ってかいっつもあんたはお祭りじゃない」
「あれとこれは違うんだー!よし決まりっ。
朝ごはん食べたらパーティー遅れての二次会としようっ!
前回のは結局せんせーがきて、バニルの後遺症がないかどうか脳の検査させられたから中断したじゃないか。しかもあれちょー痛かったし」
そうだった。前回、みんなで打ち上げをしていたら突然会津先生がやってきて、脳の検査かなんかでわたし達は謎の機械を頭に載せられて電気をびりびり食らったのだった。すごく痛かった。
なんか、検査なのに戦闘の時より痛かったような気もする。
話を聞いてみると、同じように検査を受けた二人ともわたしみたく気絶しちゃったらしい。
そういえば先生と会ったのは、あれが最後だったなあ。
そう思っている隙にも3人の話は続いていく。
「いいですね。私は前回参加できませんでしたし」
「やったー!」
「仕方ない。じゃあ後で私達の部屋でやりま‥‥」
そこまで言って、涼華は言葉を切った。ん?なんだなんだ?
「あ、そういえば昨日要さんが今日私達に話があるって言ってませんでしたっけ」
「そうだっけ?」
小首をかしげながら彼女は必死に記憶の糸をたどる。
「ええっと‥‥確か、今日の10時に部屋の前の廊下集合でしたっけ。そう言ってたはずです」
「なんか聞いたことあるような気がするような‥‥涼華、よく聞いてたな」
「千夏が聞いてなさすぎるんです。もう少し人の話を聞きなさい」
千夏がお説教をされているけど、わたしも右に同じく聞いていなかったのでいじらないでおく。
ってか怒られているのに全然反省して無いじゃん、千夏。テヘっと舌を出している。そしてついでに言うと、叶はもうとっくに食べ終わり一人で部屋に戻っている。
怒られている最中の千夏に助け船を出す必要もなさそうなのでさっさとトーストを食べ終わると、自分の分だけお皿を洗い階段を上って自分の部屋に戻った。
木製っぽいドアを開けると質素な、ビジネスホテルのような少し広めの部屋が目の前に広がる。部屋の中央には大きなダブルベッドがひとつ。昨日まではただ寂しい部屋だったが、今日は違う。叶がいる。
どうせ彼女の事だから絵でも描いているのだろうと思って戻ってみたら、やはりその通りだった。部屋の端にある机に座ると近くにあった紙とペンを取り出して、一人カリカリ漫画を描いていた。
いつも彼女は髪を下ろしているけれども、家で漫画を描くときはシュシュでまとめている。でも、今はシュシュがないので髪ゴム。白いうなじが見える。そして叶は漫画を描くときにいつもラフな格好でいるが、その肝心な着替えがないのでその代わりにTシャツを脱いで薄手のキャミソールだけだ。
つまり完結に言えば、溢れでる色香がヤバい。
普段のほんわかとした雰囲気と違い、その真剣そうな横顔に少し見とれる。ドアをなるべく音を立てないように閉めたがその音で気が付いてしまったのか彼女は顔をあげ、こちらを向いた。少し前髪が垂れている。
彼女が口を開き始めたのでわたしも近くにあったベッドの端に腰掛けた。
「あ、食べ終わったんだ。」
「うん。あ、手止めないで。漫画描き続けてていいよ」
「いや、なっちゃんが帰って来たんだったら話したい。ダメ?」
うっ‥‥
可愛すぎる。久しぶりだからというのもあるだろう。目をキラキラさせながらわたしを見つめてくる。胸の前でちいさく手を合わせるとおねだりポーズ。これはもう了承するしかない。
わたしがそう思ったのを敏感に察すると彼女は髪ゴムを外す。パサァっと髪が広がり、彼女の香りが一面に広がる。
そんなことを思っている隙に叶は紙とペンを引き出しにしまい、机の卓上電気を消してから回転いすをくるりと回して立ち上がってベッドに腰掛けているわたしの目の前にやって来ると、そのまま勢いを殺さずに抱きついてきた。
「え?なになにどうした」
抱きつかれたまま押し倒される。
わたしの胸に当たる頭の感触を感じながら聞くと、
「もう少しだけ、このままでいさせて」
と、本日2回目のおねだり。もうっ!わたしがそんな顔でいつでもOKを出すと思うなよ!まぁ可愛いから出すけど!
抱きついたまま彼女は全然動かない。どうしたのかなと思い、よく見てみると背中が震えているのが見えた。そのうち、押し殺した嗚咽のようなものが聞こえた。
わたしに抱きついたまま叶は泣き出してしまっていたのだった。
「あれ?どしたどした。何でも言ってごらん。なずなお姉ちゃんが聞いてやるぞ」
わたしはぽんぽんと彼女の頭を撫でてあやすと、涙ながらに語ってくる。
「だって、だって‥‥グスン
昨日、やっと押し込められていたガラス管の中から出されて、みんなと再会してから寝るときには二人きりになったけど、なっちゃんすぐ寝ちゃうし‥‥グスッ やっと二人きりで時間が過ごせるようになったなって思ってたら、気がついたら涙が出ちゃってたの。」
どうやらずっと張りつめていた緊張の糸が解けてしまったらしい。
「そうかそうか。よしよし。精一杯時間の限り今は甘えていいよ」
わたしも抱きつきかえし、背中をさすりながらそう言う。
実を言うとわたしも叶と沢山の話をしたかったのだが、あまりにも複雑すぎていつ話を切り出そうかと悩んでいたのだ。そして、少し私情をはさむとやっぱりわたしも久しぶりに会えた叶に思い切り抱きつきたかった。
叶が泣きやんでから、わたし達は沢山の話をした。
泣いて、笑って。表情筋をたくさん動かした。
わたしが復活してからの話がメインだ。そしてロボットに乗ったのを聞いて、彼女は泣きそうなほど(実際はもう泣いているけど)心配そうな表情を浮かべた。また、わたしがロボットに乗った理由が叶を守るためと言うと、もう何も言わずに抱きしめてきた。
会話が叶のターンになると、彼女はわたし達がいなかった時間の話をしてくれた。
どうやらほとんどの間眠っていたらしい。特にあのガラス管の中の液体はただの液体なんじゃなくて細胞の増殖を促す液体だったみたいだ。彼女はほとんどの臓器を切り取られていたのだがその話をするうえで、彼女はわたしが最初の襲撃で死んだかと思った時のその後の経過を知る限り詳しく教えてくれた。
その体験談は、わたしが想像するよりもずっと、彼女みたいな決断するには勇気がいる事には間違いない話だった。
わたしが気絶した瞬間に遠くの方から走って来るのが見えたわけだが、簡単に言うとわたしが意識を失って数秒後には彼女もまた攻撃を受けていた。
彼女の場合運が良かったことに1度目の攻撃をうけ、もう一回その腕を振り上げた時にバニルが助けに来た。しかも1度目の攻撃も足をかすった程度で、そこまで深い傷ではなかったらしい。
それからそのバニルがわたし達を回収し、基地の救急医療室に意識を失ったわたしは運ばれたという(ついでに言うが、同じ方向に逃げていたはずの千夏は叶にノックアウトされたことによって意識を失っていたためバニルに気付かれず、この時には回収もさせてもらえなかった)。
それからが問題だった。
わたしは出血多量に加えてほとんどの臓器を失い、もういつ死んでもおかしくない状況。移植、輸血したいが、移植元が叶一人しかいない。だが、彼女は医者の「全部移植したら君が死んでしまう」という制止も聞かずにわたしの欠けていた臓器全てを移植してくれた。
彼女にしてみればわたしの到底想像することのできないくらいの決断だったのだろう。だって、普通に考えてほとんどの臓器を失っている、言わば死にぞこないのような人の為に自分の生死をかけた、大博打を打つのだ。
怖くないわけはない。少なくとも、わたしだったら即決は出来ない。
でも、彼女はその怖かった様子をおくびにも出さずに淡々と話を続ける。
ほぼ全ての臓器を移植によって、ガッツリ失ってしまった(勿論生命維持に必要な最低限は残っているが)叶はそれらの失った臓器の再生を速めてすぐに元の生活に戻れるようにあの液体に付けられていたらしい。
彼女自身は勿論、移植手術の前に麻酔によって意識を失っていたので意識を回復した時にはもうガラス管の液体中に浮いていたという。
それからは、大体何もなかったみたいで変わったことと言えばわたし達と面会したことぐらい。それと、わたし達の出撃直後に無事を確認に、要さんが様子を見に来てくれたという事ぐらいらしい。
あまりに壮絶すぎる話が出てきた。
だから、と彼女は言葉を区切り、締めくくる。
「だから、今こうやってなっちゃんを抱きしめられていることが私の一番のしあわせ。本当に生きててくれてありがとう」
もうこんなことまで言われたらわたしも泣かないわけがない。ぬぐってもぬぐってもぼろぼろと涙が次から次へと溢れ出してくる。
だって、友達の為に命を懸けると一口に言ったって、こんなよく訳の分からない博打に命を代償として挑戦しようと思う人にわたしは今まで出会ったことがない。
わたしは、この大切な友達を一生大好きなままでいたい。
心の底から名前の分からない、熱い感情がこみ上げてくる。これが愛おしいという気持ちなのかもしれない。
感情の波が押し寄せすぎていて何を話せばいいのか分からなくなっているわたしをぎゅっと抱いている叶もそんな顔をしている。ふたり、顔を見合わせれば何でも通じ合える。
「このまま時間が来るまでこうしていよっか」
「うん。いまはかなちゃんだけを感じていたい」
「私も」
ふわっと叶は笑うとそのまま見つめてくる。
きれいな瞳。奥に吸い込まれそうになる。そんな瞳の中に今だけは、わたしのみを映してほしい。そう思った。
そして時がたち、午前10時。部屋の前の廊下。
「よぉ。お前ら。元気してたか?」
そんな言葉と共に会津先生は久しぶりにやって来た。
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