File.08 祝勝

 

 わたし達は茫然とした。いや、いくら何でも急すぎる。

 嬉しいんだけど良く分からないし、何よりその前に全身が痛い。


「やったぞーーーーっ!」


 一人、千夏ちなつは喜んでいる。

「え?これ、倒せたの?」

 困惑する涼華りょうか


 でもどうやら倒せたと思ったのは間違えないらしい。わたしをがっしり掴んでいたその手からは力が抜けている。


 そして次の瞬間、デタックスはドロドロに溶け始めた。わたし達の見ているうちにどんどん形が崩れてくる。もう原型が見えない。流石にわたしもそれが分かったら喜ばないわけがない。全身悲鳴をあげつつも喜びでそんなのどうだってよくなってきた。


「よっしゃあぁぁぁぁぁ!」

「退治、出来ましたね。‥‥‥‥‥‥嬉しいです」


 感無量といった感じで涼華も言う。


 そうこうしてわたし達は基地へ勝利の凱旋をすることとなった。

 目の端に現れた帰投ポイントの位置に向かい、二人で支え合いながら一歩ずつ踏みしめていく。わたし達の身体はボロボロだったし、全身痛みしかなかったけど気分は裏腹に高揚していた。わたし達は初陣で生き残っただけではなく、敵を倒したのだ。


 そして何より、守り切ったのだ。


 基地にいるかなえなつめを想う。あ、そういえば連絡していなかった。急ぎ耳元の通信機で連絡する。


(デタックスを、倒せました)

 そう言った瞬間基地の歓声が遠くで聞こえた。先生の声が続く。


(よくやった。巻き込んでしまって本当に済まない)

(もう、気にしないでください。わたし達は自分で選択してここにいるんです)

(そうですよ。もう先生のごめんなさいは聞きませんから)

(っ‥‥ありがとう)


 そんな通信をしているうちにわたし達は帰投ポイントにたどり着いた。ガレージのシャッターのようなゲートが開くと、ぽっかりと穴が開いた。ここを滑り降りるらしい。


「行こう」

「はい」


 そんなやり取りの後、わたし達は勢いよく滑り始め帰路をたどるのであった。


 ――――――


「かんぱーいっ!」


 そんな声から祝勝会は始まった。ここは昨日、わたしが千夏らと再会した少し大きめの部屋。わたし達は勝利を祝い、いまここで差し入れのお菓子なんかを食べながら楽しくしゃべっている。


「いやー、ホントに危なかったな。アタシの一発がなけりゃ三人皆殺しだった」

「そうだね。実際に体動かして戦うわけじゃないから本当に必要なのかと疑ってたけどやっぱり必要だったんですね」


「そうそう。わたしもそれ凄く思ってた」

「うぐっ。それゆーなよぉ。アタシだって気にしてんだ。でも、アタシの場合適正値が極端に少ないからサポートに回る方がいいらしいんだ。」


 一人だけ実際には動かしていないという事で千夏いじりをしていると、気が付く。


 基本無口だが、それでもいつもより棗が静かだ。

 考えて見ると、わたしにさっきから引っ付いているのだ。どうやら、彼女もまた精神上は不安で仕方なかったらしい。


 シンクロ率を計るために基地に残っていたとはいえ、その間にも自分の友人が死んでしまっているかもしれないという不安と戦っていたのだ。気が狂いそうになるだろう。


 わたし達がバニルから戻り、目覚めて起き上がった瞬間、棗は涙を流しながらわたしに抱きついてきた。それからというもの20分ぐらいずっとわたしの身体に顔をうずめている。

 なんか最近気が付いたんだが彼女のお気に入りは、わたしらしい。


 ということで、彼女はわたしに抱きつくばかりで会話に参加しようともしない。まぁ参加したところで実際に体験してないという負い目から何も話せなくなってしまうだろう。


 そんなことをぼんやり思っていたら当の本人が、みんなの会話が途切れた時に唐突に顔をあげ、泣きながら言う。


「みんな、これからは私も戦うよ。」

「え?」


 どういう意味か一瞬分からなかったが、直ぐに合点が行く。

「私の適性検査、さっきしたので分かったんだけど、私もバニルに成れるらしいの。これからはみんなと一緒だよ」


「え?それじゃあ棗も次からは出撃ってこと?」


 こくり


 どうやら彼女の涙ながらに話すには、彼女はわたし達の中でぶっちぎりの適正値だったらしい。また、いつか分からないが、次の襲撃があった時には彼女も迎撃部隊に配属されると言っている。


 わたし達は、彼女の参加を嬉しく思いながらも心配を隠せえなかった。彼女は泣き虫で怖がりのいつもわたし達の陰に隠れているような子なのだ。


 居ても立ってもいられなくなり、わたしは思いっきり抱きつく。


「棗ちゃん、ありがとう。ずっと一緒だよ。どんな時でも、守ってあげるからね」

「‥‥‥‥‥‥ありがと」

「棗さん、わたしも守りますよ。だから私がピンチな時にも助けに来てくださいね」

「うん」


 そういうやり取りをしながら涼華も抱きつく。気がついたら千夏もだ。


「なんか、なつが苦しそうにしているからそろそろ離してあげません?」

「んー。もうちょっと」


 わたしが棗成分を補給?していると千夏が何かしゃべり始めた。


「もうお祝いどころじゃなくなっちゃったな。そんじゃ、普通にパーチーといきますか」


 この彼女の発言があったから、勝利に対する祝勝会だったはずの集まりはなんかもう単なるパーティーに変わってしまった。


 ~~~~~~


 あれ?ここどこだろう。


 私、桜木棗は今一人でがらんとした基地の廊下を歩いている。

 どうしようもなく寂しいがしょうがない。どうしてもトイレに行きたくなってしまったのだ。早く戻ろう。


 それもこれも全部千夏のせいだ。千夏がパーティーに変えてしまったから、私もキャラに合わず調子に乗っちゃってジュースを明らかに飲み過ぎた。


 4人で1リッターペットボトル3本も飲んだのだ。結果はお察しだろう。

 そういうわけで私は一人で方向音痴にも関わらず慣れない基地をトイレに向かった。

 方向音痴だったらトイレまでの道が分からないと思う人がいるが、それは違う。


 私達、方向音痴族は方向音痴だからこそ看板をみる能力には長けているのだ。上の案内板を見ながら歩けば難なくたどり着くことが出来た。そしてトイレの個室に向かい、用を足す。


 で、トイレの個室から出てきて手を洗ってから思った。


 私、どっちから来たんだっけ?トイレへの看板はあったけど戻り方は分からない。


 そして最初の言葉に戻る。テキトーに歩き出すが、なんか見覚えのない景色。心細い。


 だいたい、右に曲がった道を帰りに通る時には左に曲がらなくてはいけないのが悪い。そんなことを思いながら歩いていたら、見覚えのある景色が見えてきた。さっき私が出てきたドアだ。あの重厚な作りの、エレベーターのドアの強化版みたいなドアは見間違えようがない。


 あ、やっと見つかったぁと思い、先ほど先生に作ってもらったばかりのカードキーを通し、認証音がするのを待った。ピーという認証音がするまでの間に、少しだけ疑問が沸き上がる。


 あれ?さっき通って来たのは本当にこのドアだっけ?このドア、確か基地に面している側だった気がする。廊下側のはもうちょっと幅は短かったような気がする。


 そしていつものように轟音がして扉が開く。中を見て見ると、暗い。


 誰もいる気配がしないが、勇気を振り絞り近くのスイッチに手を伸ばす。


 そして電気がつくまでの一瞬チカチカ光る瞬きで、あるものが見えたことにより今回の全貌を私は察してしまった。


 元来、私は弱虫という事で何かを察する能力だけはずば抜けているらしい。特に、自分の周りに関することだとそれは如実に分かる。そして一瞬のうちに見えたものが合っていたら、私の脳みそが導き出した答えはたぶん外れではないだろう。


 そして完全に点灯し、部屋の中が明るくなった。


 嫌な予感が当たった。ここは部屋ではない。今まで入ったことの無い、もう一つの基地だ。そして部屋の中には一機のバーバリアン・アサが置いてある。しかも手の部分が血だらけの。


 ここまで見えたら私の脳みそがフル稼働し、ある一つの真実を見つける。それが分かってきた瞬間、恐ろしさに体が震えてきた。でもいくら私が弱虫だからと言ったって、これをみんなに伝えないわけにはいかない。


 すぐ戻ろうとするが、私の後ろに人影が見えた。会津先生だ。どうしてここに?


「その顔は全てを知ってしまったみたいね。ごめんなさい。もう貴女は藤宮ちゃんたちと会うことは2度と出来ないわ」


 そう言い、立ち去ろうとする。

 流石に私もこの突然すぎる発言には何も分からなかった。


「ど、どういう意味ですか、会津先生!」

「いった言葉の通りよ。貴女はこれから死ぬの。研究の為に。」


 そう言った先生の目はいつもの優しい先生と全然違うものでありながら、それでも同じ目であった。

 待って、と言おうとした瞬間に後頭部からの衝撃で私の意識は一瞬で暗転した。


 ――――――――――――


 目が覚める。からだの節々が痛い。

 身動きをしようとしたが、私は腕に手錠を付けられ動くことが出来ない。また、しゃべることが出来ない。声帯の方になんかしらの処置をされたのだろうか。視界のチカチカが収まると、今の状況が見えた。


 私は今、どうやら拷問部屋と手術室が混ざったような部屋にいるらしい。服を全身剥かれてから大の字に鉄製ベッドに寝かされ、そのうえ手枷足枷がついていて、動くことが出来ない。


 恐怖から、逃げようとガチャガチャ動かすが、全然びくともしない。唐突に、なずな達のどんな時でも助けに行くと言ってたのを思い出す。彼女たちはたぶん今頃私の帰りが遅いのを心配して探し回っているだろう。


 ガチャっという音がしてその手術室のドアが開く。入って来たのは、研究員みたいな恰好をした人たちだった。合計3人いる。全員、オペレータールームにいた人だったような気がする。


「目が覚めたか、桜木さくらぎ棗」

「おはよう。これから、君には死んでもらう。研究のためだ。あきらめてくれ」

「痛いけど簡単には死んでくれるなよ。君のバニルに対する適合率は素晴らしいものなんだ」


 口々にそう言う。

 勿論、許容できることではない。鎖をガチャガチャと言わせ、必死に逃げようとする。


 その途端。

 研究員Aが私の近くに寄ってきておもむろに拳を握ると、私の下腹部へ押し当ててきた。

 一瞬のうちに熱いものがのどまで戻って来ると、そのまま私は横に向かって吐き出した。さっき飲んだジュースの色をしている。やるなら徹底的にと、彼らは私の口の中に指を突っ込んできて、もっと吐くように仕掛けてくる。人為的に引き起こされた嘔吐。

 でも上を向いているから肺に逆流してくる。咳き込みたいがその咳をする元気も、空気もない。


「おい、やりすぎだぞ。こいつは大事な被検体なんだ。大事に扱え」

「大丈夫だ。これぐらい。どうせ今日死ぬんだから」


 溜飲が下がったのかすぐ引き下がる。そして、どうせ死ぬからとこれからやる実験について私の前で最終確認する。どうやら、人間の死ぬ限界について調べるらしい。


 また、この実験は何でか分からないが確実にバニル正規パイロットの生還率を高めるものだと言う。まぁどっちみちわたしには関係ないけど。ただ、殺されるなら薺たちの為に死ねる方を選ぶ。


 最終確認が終わると、私の目の前でこれ見よがしに何か金属製のスタンプを掲げてくる。それを手元のガスバーナーで炙り出したから、もう何をしたいのか分かった。焼きごてらしい。それを私の鼻のあたりに近づける。とても熱いのがよく分かる。


 一回私から離すと、次の途端それをわたしのお腹に降ろしてきた。


 ジュウゥゥゥゥゥ


 という音が聞こえるや否や、私は激痛に身をよじれさせた。


 熱いなんてものではない。

 肉が焼けるにおいがする。


 どうせ逃げられないとは分かっていながらも手足に繋がれた鎖を精一杯引かないとどうしようもない。非情にも彼らは一人がそうして押し付けてきている間、残りの二人は私を押さえつけにかかる。

 わたしの白いおなかの肌にしっかりとそれは印を残した。


 次に彼らはもっと大きい、大きさが直径10センチくらいのこてを取り出し、炙り始めた。

 今度は私に目隠しをしてくる。殺されるとか分かっていたとしても、覚悟は持てるわけではないので不安になる。

 また鼻もとへ熱いのが来た感じがする。そして離れたと思った次の瞬間に、また押し付けられる。


 今度は面積が先ほどよりもはるかに広かったのでもっと熱かった気がした。叫ぼうとするも声がかすれて出ないので、ヒューヒューと呼吸音がするだけになってしまう。

 また目隠しが外される。


 涙目で見上げると、彼らは一心不乱に近くのバインダーの紙に記録している。


 次にはどんなものが待っているのかと思えば、彼らは思っていたよりもはるかな残虐性を見せ始めた。近くにあるメスを取り出したのだった。いくら殺されるにしろ、流石に麻酔ぐらいはするものだと思っていた。


 それを私の手枷に繋がれている右腕にそのまま押し当ててくる。こちらはさっきまでとは違い、身を裂かれるような痛さだ。先ほどまでとは比べられない。

 目を眼窩から飛び出しそうになるぐらい見開いたら、近くにいた研究員が言った。


 買い物で一つ買い忘れた、と言うように。

 あ、目を潰しておくの忘れてた、と。


 気がついたらもう腕の痛みなんて本当にどうでもよくなっていた。


 目に熱く溶けた金属を流し込まれたのだった。


 ここまで来ると、痛みは感じなくなってた。半分魂が体から抜け出したようだった。


 奴らがおなかを開腹する。そして見つけた臓器一つ一つ手当たり次第に切り裂いていき、中身から資料を採取しているらしい。


 胸も開かれ、肋骨が全て取り払われて心臓、肺が露わになった


 下腹部にも奴らの手は伸びる。下からメスを突き上げるようにして開いていき、私のすべてを抜き取っていく。


 ゴリゴリと足の方から音がしていると思ったら、どうやら糸鋸で足を切っているらしい。


 耳も、とっくの昔に切り取られた。


 そして全てが完了したところで、とどめと言わんばかりに私の胸から下腹部に向けて開いたところに液体窒素を流し込んでゆく。

 私の意識は完全にこの世から消え去る事となった。


 デタックスの魔手にかかってではなく、人間の手にかかって死ぬなんて皮肉だと思いながら。


 そして最後に私の大好きな友人たちの弾けるような、明るい笑顔を思い出す。


 私がいなくなっても、泣かないでね。ただ、私の事を覚えていてほしいな。こんな泣き虫がいたなって。


 ―――桜木棗 享年15歳―――


 ~~~~~~


 少女たちは気付かない。


「あれ?なつは?」

 パーティーもなんか話すネタが無くなってきたころ、千夏が唐突に彼女の名を持ち出した。


「あ、さっきトイレ行ってたよ」

「いや、でもいくら何でも遅すぎっしょ」

「確かに遅いですね。」

「迷ってるとか?まぁ流石にそんなことは無いか。こっから歩いても1分かからないとこだもんな。」


 少女たちは気付かない。


「いや、なつに限ってそうだったりして」

「フフッ。それじゃあ棗さんが迷っている間に、帰って来た時ちょっと驚かせるため隠れていましょうか。机の下に。」

「お!いいな。それ。面白そう。じゃあ、やってみよやってみよ」

「さんせー。ドッキリで棗も笑顔にしちゃおう。さっき凄い泣いてたからね。やっぱり棗はおどおどしながらでも笑っている方が可愛い」


 少女たちは気付かない。


「一番最初に潜るのは涼華だな。なにしろ胸にでっかい果物ついてる分隠れてもすぐ見つかるからな。」

「千夏ひどい。そう言うの、セクハラって言うんですよ」

「家族にセクハラもへったくれもあるもんか。大きいのが悪い」

「確かに胸を見ても、まな板の千夏からしたら私の胸は天と地ほどの差でしょうね」

「グハッ」

「あはは。言い返されちゃったじゃん。残念だね、まな板の千夏ちゃん」

「うっ‥‥こっちにも敵がいたかっ!もーーーーー!」


 少女たちは自分たちの置かれている立場を理解できていない。ただ一瞬一瞬を楽しんで生きているだけでしかない。


「それじゃあ隠れとくか。そろそろ来てもおかしくないし。」

「そうですね。さっさと隠れましょう」

「お、お前たち!覚悟しとけよーー!」

「おーこわこわ。じゃ、電気消しまーす」


 パチ


 少女たちは暗闇に包まれる。彼女たちは机の下、ただ友人の驚く顔を想い隠れている。


 少女たちは気付かない。もう、待ち望んでいる人が二度とやってこないことを。



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