四部 闇に紛れる

 次の日の朝、早くに目を覚ました二人は、焚き火の後始末をすると、早々に出発した。アンとラングは、カザンたちが出発したときには既に、姿が見えなくなっていた

「行っちゃいましたね」

 昨晩、べリリアンが、アンとラングと話した場所は、何もなかったかのようにきれいになっていた。

「見えないが、俺たちの周りをしっかり守ってくれている。さあ、早く行こう」

 よく晴れた朝だった。雨季が終わり、重くジメジメした空気から、さっぱりとした爽やかな空気になっていた。まだ日が昇ったばかりで、ヒンヤリと冷たい空気が、体にしみた。

「今日はどこまで行く予定ですか」

「できれば、アントン区に入りたいけど、まあ、そんなに急がなくてもいいよ。時間はたくさんあるから」

 途中、休憩を挟みながら一日中歩き続け、日が傾き始めた頃に、東区に到着した。

 東区の都は、サンシン区に近い場所に位置していた。また、ホメノス帝国やその近隣の国との国境も近いため、東側諸国からの貿易品のほとんどは一度、東区を経由する。そのため東区の都は、様々な物や人で溢れていた。

「宿は取ってあるんですか?」

「いや、ないよ。ここの〈星読み〉たちが、部屋を貸してくれるらしいから、そこで寝泊まりしよう」

 〈星読み〉の拠点は、タンノ王国の各区に存在している。観星舎と呼ばれるそれぞれの宿舎では、その区の担当の〈星読み〉たちが寝泊まりしていた。

 また、観星舎には、星を見るための環境も整っており、〈星読み〉たちは一日中、そこで働いている。

「アンさんとラングさんはどこで寝泊まりするんですか?」

「あの二人には、観星舎から一番近い宿にいてもらう。観星舎に入れたら、嫌がる人もいるだろうからね」

 途中、東区の飯屋で早めの夕食を済ませたあと、カザンたちは、アンとラングを宿まで見送り、観星舎の門を潜った。

 東区の観星舎は、最も賑わいのある中央広場から少し離れたところにあり、レンガ造りの商館風の屋敷だった。

 中に入るとすぐに開けた空間があり、そこから四方に廊下が続いていた。広間の中央には、羅針盤をかたどった装飾があり、正面の壁には星図が描かれていた。

「広いですね……。中央レッサル区の宿舎より大きいんじゃないですか?」

「中央区の宿舎は、王宮内の余った土地に、後から建てたものだからな。それに対してこっちは、元々商館だったものを買い取って、造り直したものだからね。まああとは、新しく観星舎をつくる予算が中央区になかった、ってのもあるけど……」

 カザンは辺りを見渡しながら答えた。事前にした話では、このの〈星読み〉が部屋まで案内してくれる手筈てはずになっていた。暫く歩いていると、広間をウロウロしている〈星読み〉が目にとまった。

 カザンが近づいてみると、向こうもこちらに気づき、足早に駆け寄ってきた。

「ごめんなさい! 私、目が悪くて……。案内役を努めさせていただきます、ニムナです。よろしくお願いします」

 ニムナ、と名乗った〈星読み〉は、礼儀正しくお辞儀をして、手を差し出した。小柄な女で、目鼻立ちがくっきりしており可愛らしい人だった。

 カザンとべリリアンは、交互に握手を交わして、挨拶をした。その手はところどころただれており、痛々しかった。

「では、お部屋まで案内しますので、着いてきてください」

 ニムナは大股に歩き出した。幅の広い階段をのぼり、二階に行き、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。片側の壁は、大きな窓が並び、夜の街並みがよく見えた。

「こちらの二部屋になります。外出する際は、広間の役人に一言、お声掛けください。食堂はいつでも利用できます」

 ニムナは、その他にも、注意すべきなどを一通り話した後、お辞儀をして去っていった。べリリアンとカザンも、それぞれの部屋に入った。部屋の中は思っていたよりも広く、寝具は向こうのものとは違い、柔らかかった。

 たくさん歩いた疲れからか、二人はそのまま、沈むように眠りについた。


 次の日の朝早く、カザンたちは、アンとラングがいる宿屋に集まっていた。東区での今後の行動について、それぞれ確認しあうためだ。

「俺たちはこれから、東区の北にある、クワルマ地区に行く。向こうについたら、二手に分かれて行動しよう。ラングさんは俺と、アンさんはべリリアンと行動を共にする。いいね?」

 三人は頷いた。〈星読み〉であるカザンとべリリアンが東区に来ているのは、観星舎の一部の〈星読み〉以外には知られていない。カザンたちが東区に来たのは、以前見つけた、貿易品の品数と、納税額の不一致の原因を探るためだった。

 国王が崩御し、不安定になっているこの国を立て直すために、今回の〈迎王祭〉が開かれる。その〈迎王祭〉を何事もなく終わらせるために、不安な要素は全て取り除いておきたかった。

 四人はその後、宿で朝食を取り、荷物をまとめて出発した。

 カザンとべリリアンは、人に紛れるよう、商人風の装いに着替えていた。東区は商人の街だ。商人だらけの街で、少しくらい怪しい動きをしても、誰の目にも留まらないだろう。クワルマ地区で、日常的に不正が行われているなら、なおさらだ。

 中央広場からは、東区の各地区へと続く街道が伸びており、昼には馬車による人の出入りも盛んだった。朝もまだ早く、馬車の通りも少ない今なら、二ラモ(約二時間)ほどでクワルマ地区に着くだろう。



 ホメノス帝国は、〈腐蝕ガラン〉や〈魔術〉の研究が進んだ国の一つであった。

 ホメノス帝国の研究によれば、〈腐蝕〉に感染した人間のうち、それに適応できた人間のみが〈魔術〉という能力を得る。〈魔術〉を扱うには、体内や体外にある〈魔素シルグ〉という仮の物質が必要になる、ということが分かっていた。

 "腐蝕の痕跡を視ることができる"という、バンの〈魔術〉は、言い換えれば、"〈魔素〉を視ることができる"というものだった。

 〈魔素〉は、あらゆるところに存在する、と考えられている。そういった〈魔素〉は、生物の体内に入ると、活性化する。バンが視ることのできる〈魔素〉は、活性化したもののみだった。

 故に、あの日、バンが見た、黄金の〈魔素〉の巨木は、人から放出されたものである、としか考えられなかった。活性化した〈魔素〉には、色が付く。カッサルによって活性化した〈魔素〉はいつも、金色に輝いていた。

(あれは間違いなく、カッサル様の〈魔素〉だ。だが、あれほど膨大な量の〈魔素〉を放出したら、普通なら死んでしまう)

 しかし、バンはあそこで、黄金の木の根本から、カッサルの痕跡が伸びているのを見ていた。つまり、カッサルは、まだ生きている。

 痕跡が続いていたほうに、ホクのわしを飛ばして捜索を続けているが、未だにカッサルは見つかっていない。それでも、確実にカッサルに近づいてはいた。先日も、東区の近くで、新たな痕跡を見つけたばかりだった。

「テァンとテノンから連絡は来たか」

「いいえ、まだです。あと、三ウン(ホメノスの時間の単位。約三時間)ほどしたら来ると思います」

「わかった。俺はまた出かける。テファンとタダンにも伝えろ」

「はっ。……おかしら、焦る気持ちは分かりますが、少しお休みになっては」

 バンはここ最近、カッサルを見つけるために、ほぼ一睡もせずにいた。頬は見るからに痩せこけ、目にはくまが浮かび、今にも倒れてしまいそうなほど疲れているように見えた。

「大丈夫だ。問題ない。さあほら、早く行け。こちらには、時間がないんだ」

 配下の者が部屋から退き、静かな時間が訪れた。誰かといる時には耐えているが、一人になると、疲れがどっと溢れ出す。

 バンは、眉間を抑えて立ち上がった。途端、目眩に襲われて、崩れ落ちそうになった。

(まだ……まだ倒れてはいけない)

 バンは、自分にそう言い聞かせ、重い体を引きずるようにして部屋を出た。

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