〜一章〜 狩りをする獣

一部 スルナ

 木漏こもれ日が、地面にあわく光をおどらせている。スルナは、城壁の中に広がる城下町の一角にある、依頼主の家に来ていた。白塗りの壁が、陽の光を弾いて、ちらちらと輝いている。

 城門から城へぐ伸びる大通りは、朝の早い時間からにぎわいを見せていた。

「…よし、ぴったり三十ダマン、受け取ったよ。山越えを手伝ってほしいんだったっけ?」

「ああ、いつもなら一人で大丈夫なんだが…。

 ほら、最近、山賊が出るって言うだろ?護衛ごえいの一人でもいたら安心だと思ってね」

「なるほどね。いい買い物をしたね、ホイさん。このスルナに任せな。あんたを無事に送り届けてやる」

 スルナが自慢げに、胸に手を当てて言うと、ホイが苦笑しながら言った。

「そりゃ、頼もしいなぁ。荷物の用意はできてんだ。できるなら今すぐにでもちたいんだが…大丈夫そうかい?」

「ああ、大丈夫だよ。それじゃ、行こっか」

 依頼主のホイは月に一度、城門の西部にある山を越えて、実家に帰るのを習慣にしていた。去年までは、その山に山賊が出ることなど滅多めったに無かったが、今年に入ってからは、山賊のうわさをよく耳にするようになった。

 というのも、今年に入ってから、隣国のガルシアナ帝国が周辺の小国を吸収し、勢力を拡大しつつあった。そのため、ガルシアナ帝国との国境付近の監視が厳重げんじゅうになった。その結果、城壁周辺の警備が手薄てうすになったため、山賊が出始めたのだろう。

 スルナは気さくな性格で、城下町の人々とすぐに馴染むことができた。そのため、彼女の、〈なんでも屋〉としての評判は、とても良かった。

 また、スルナは喧嘩も強かった。

 スルナが城下町で〈なんでも屋〉を初めたばかりで、まだ依頼など来たことが無かったとき、街の東側を牛耳ぎゅうじっていたヤクザが、品物の値段が高い、と言いがかりをつけ、ある店を荒らしたことがあった。

 たまたま、その現場を目撃したスルナは、ヤクザを止めに入った。

 彼女の薙刀なぎなたの腕は、凄まじかった。目にも止まらぬ速さで、回転し、武器を叩き落として、攻撃する。まるで舞を舞っているかのような、その動きは、その場にいた人々を魅了した。またたく間に七人のゴロツキ共を倒したスルナは、一躍有名人となった。

 その時、ヤクザに荒らされた店が、青果問屋の主人、マカンの父親の店だったらしく、その後、スルナを贔屓ひいきにしてくれた。

 あの事件のあと、スルナのうわさは町中に広まり、依頼が殺到さっとうした。スルナの弟子でし、と名乗なのる若者までいたそうだ。

 ただ、スルナはそういったことに興味はないようで、

「弟子入りしたい」

 という若者を、適当にあしらっていた。

 ホイとスルナは、最低限の荷物だけを持って、出発した。四日前に降った雨で、泥濘ぬかるんでいた山道もほとんど乾いて、スルナたちは、順調に山を登っていった。

 夕暮れ時になるまで歩くと、川の流れる音が聞こえてきた。音のする方へしばらく歩くと、木のえていない、ひらけた場所に出た。そこを横切るようにして、川が滔々とうとうと流れていた。

「スルナさん、今夜はここで野宿しよう」

「わかった」

 スルナは荷物を砂利じゃりの上に置いて言った。

「私は獲物を取ってくるから、ホイさんは火を起こしといてくれ」

 スルナはそう言うと、小弓と矢を何本か持って、森の中へ入っていった。

 その後に続いて、ホイも森の中へ入っていった。なるべく地面に触れていない枝を選んで拾ってくると、火打ひうち石を使って、慣れた手付きで、枝に火を点けた。

 気がつくと、太陽はほとんど沈み、あたりを薄青く染めていた。

 一方、スルナは獣道を辿たどって、森の奥へとぐんぐん進んでいた。

 スルナは、幼い頃、よく父に連れられて、山に狩りに行ったものだ。そこで、夜闇での足跡の追い方や、この地域に生えている植物の特徴、弓の扱い方まで、あらゆることを教わった。

 スルナが〈なんでも屋〉を稼業かぎょうとしていられるのも、全て父のおかげだと言っても過言ではなかった。

 しばらくして、スルナは、木の根に小さな毛が付いているのを発見した。毛が付いている木に近寄り、辺りをよく観察してみると、同じように毛が付いた木が、何本かあることに気付いた。

 自分の縄張りを主張するのに、木などに体をこすり付け、自分の匂いを付ける習性をもつ動物がいる。

 スルナは二、三歩後ろに退いて、全体をながめるように観察した。

「狩りに慣れれば、一つの痕跡を見つけただけで、自然と他の痕跡も見えてくるようになる」

 と、かつて父が言っていた。

 木の根元に、こんもりと盛り上がっている土を見つけると、少し離れたところに、うさぎに特徴的な足跡を見つけた。

 スルナはそれを追って、更に森の奥へと進んでいった。

 しばらく歩くと、しげみの奥に、茶色い毛色の兎が、赤くれた木の実を食べているのを見つけた。

 スルナは音を立てないように、静かに弓をかまえた。気配を消し、集中すると、やがて世界が遠のいていくような感覚が訪れた。ふと、兎が耳を立てて、こちらを振り向いた。

 刹那せつな、スルナがた矢が、兎の首元に刺さり、その小さな身体が後ろへすっ飛んだ。

 スルナは兎の死体に近付き、耳を持って、腰に巻いてある縄にくくり付けた。

 弓弦ゆみづるを弾いた時、その音に驚いた動物たちが、逃げていった音がしたので、まだ近くに獲物がいるはずだ。

 そう思って、音のした方を振り返った時、ある違和感いわかんを覚えた。

 木の根元に繁茂はんもしているこけの、一部ががれ、根がき出しになっている所がある。

 その大きさからして、恐らく人間が通ったのだろう。と思ったが、何故なぜ、木の根を踏んで歩いたのだろうか、という疑問ぎもんが浮かんだ。

「今は、狩りに集中しろ」

 スルナは、そう自分に言い聞かせると、音の方へゆっくり進んでいった。

 スルナが狩りから戻る頃には、すっかり日はしずみ、足元もはっきりと見えないほど、暗くなっていた。

 スルナが、兎を三羽ぶら下げて戻ってくると、ホイが腹をかせて待っていた。

「おお!スルナさん、戻ってきたかい」

「ごめんよ、遅くなっちまって。ずっと奥の方まで行っててさ」

 待っている間に、ホイがったのだろう。焚き火を囲むようにして、串に刺さった魚が焼かれていた。

 スルナが焚き火の近くに胡座あぐらをかいて座ると、兎の下処理を始めた。

「俺も手伝うかい?」

「ああ、そうして貰えると嬉しい」

 スルナは流れるような動作で、次々に兎を解体していく。ホイが兎1羽を解体し終える頃には、スルナは、残りの2羽の解体を終えていた。

「それにしても、すごいなぁ。どの兎にも、仕留しとめた時に出来た矢傷以外の傷が、一っつもねぇ」

 ホイが、感動しながら言った。

「城下町にも、色んな狩人かりうどが居るが、あんたほど腕の立つ奴は、見たことねぇ」

 ホイは思いついたように言った。

「そうだ!スルナさん!あんた、今度の〈迎王祭げいおうさい〉に出てみたらどうだい?

あんたくらい腕が立つんなら、優勝だってできるんじゃないか?」

 ここ、タンノ王国では、三年に一度、周辺国の国王たちをまねいて、〈迎王祭〉が開かれる。この一大行事の時には、国内だけでなく、招待された国の人々が大勢おおぜいやってくる。

 その〈迎王祭〉でもっとも盛り上がるのが、武術に自信のある者達ものたちが、その腕前をう〈天武てんぶノ式〉である。

 〈天武ノ式〉は、七日間ある〈迎王祭〉のうち、三日をかけて行われ、日にちごとに異なる種目で競われる。一日目が〈流鏑馬やぶさめ〉、ニ日目が〈型見かたみせ〉と呼ばれる、武術の型を披露ひろうし、技の綺麗きれいさや迫力を競う競技、三日目には一対一で実戦形式の大会が行われ、最も盛り上がる種目となっている。

 「〈迎王祭〉って言ったって、ついこの前、国王が崩御したばかりじゃないか」

 スルナが困惑して聞くと

「今年は〈迎王祭〉の時期に合わせて、〈魂送たまおくりノ儀〉も行うらしいんだ」

 と、ホイが答えた。

「この国の内情を、他の国に知らせるようなことをして大丈夫なのかい?…例えば、ガルシアナ帝国とか」

「さぁ、どうなんだろうなぁ…、俺は政治のこたぁよく分からねぇが、〈星読み〉様がそうおっしゃってんだから、大丈夫なんだろうよ」

「ふーん…〈星読み〉が…」

 その時、目の端に、チカッと輝く物が写った。

光った方を見ると、大きな何かが川を流れていくのが見えた。

 それが警備兵の格好かっこうをした男であることに気付くと、スルナはあっという間に川岸までり、ゆっくりと川の中に入っていった。

 さいわい、流れた来た男の身体は、遠くまで流されず、川の中央に横たわる流木に引っ掛かっていた。

 後から追い付いてきたホイと共に、男を岸へ引き上げた。

 スルナは男の喉元に手を当てて、脈を診た。脈を見終わると、男の胸元をはだけさせた。

 すると、男の鳩尾みぞおちあざが出来ているのに気が付いた。

 男がしっかりとにぎりしめている短剣は、刃が根本から折れていた。

「ホイさん、火を消してくれ」

 ホイも異変に気付いたのだろう。不安げな顔でうなずくと、土をかぶせ、火を消した。

「私は、川の上流の様子を見てくる。近くに山賊がいるかもしれないから、ホイさんは森の中に入って、隠れててくれ」

 そう言うと、スルナは薙刀なぎなたを手に取ると、足音をほとんど立てずに、上流の方へ走っていった。

 どんどん小さくなる背中を見送ると、ホイは男の体を引きずりながら、森の中に入り、やぶの中に身をひそめた。

 上流へ向かって走っていくと、やがて、複数の人が戦っているような音が聞こえてきた。

 スルナは、状況を把握するため、一旦、森の中へ入り、気付かれないように、音のする方へ小走りに向かっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る