二部 カザン

 「べリリアン、クワルマ地区からの税収管理報告書はどうなった?」

 しわ一つない、白い清潔せいけつな衣を身にまとった利発そうな青年が、助手をちらりと見て言った。赤茶色の髪の毛をしている青年、カザンは、星読みの天才と呼ばれていた。

 カザンは平凡な農家の生まれであったが、早くからその資質を見せていた。三年に一度行われる〈星読選別試験〉という星読み採用試験に、十八歳という若さでありながら歴代最高成績で合格し、〈星読み〉という分野において、彼は神童とされていた。

「はい!提出はされていますが、所々気になる箇所が…」

 助手のベリリアンが、手元の資料を見ながらそう言うと、カザンはその資料をべリリアンから受け取り、ざっと目を通した。

「……お前の気になる箇所とは、どこのことだ…?」

 カザンが目を細めながら聞くと、べリリアンが指でその箇所を示した。

「この表の…この欄です。丸太の輸出量と収入額が一致してません」

「ふぅん…」

 べリリアンはカザンの顔をのぞき込むようにして見つめた。

「カザンさん、少しお休みになられては?もう三日も寝てませんよ?」

「三日…もう、三日も経つのか…」

 カザンはこめかみを指でみながら言った。

「はあ…、眠る暇もないくらい、仕事が山積みだ…。国の予算案会議、地方からの徴税、外交問題…。

俺はただ、星を見てたいだけなのにな…」

「仕方ありませんよ、カザンさん。他の者たちは、次の国王を決めるのに忙しいんですから」

 今から約二週間前、タンノ王国国王の持病が悪化し崩御した。彼の国民を第一に考える政治は、タンノ王国始まって以来の繁栄はんえいをもたらした。

 見事な手腕で王国を全盛期へと導いた彼であったが、男児に恵まれず、六人いた子供のうちニ人が男児であったが、流行病によりどちらも、立ち上がるより先にあの世へってしまった。

 世継ぎを残さぬまま国王が亡くなったため、宮中は、誰が次の国王になるか、という話題で持ちきりだった。

「面倒な仕事は、空ばかり見て時間を持て余してる星読みどもにでもやらせておけ、とシライさんが仰ってましたよ」

 べリリアンが笑みを含んだ声でそういうと、カザンは、べリリアンをにらんで言った。

「…減給だな、お前」

「ええ?!」

「全く…あの老いぼれは…」

 カザンがため息混じりにそう言うと、部屋の扉を叩く音がした。

「入れ」

 カザンがそう応えると、しばらくして扉がゆっくり開いた。

 扉の前に、片膝を立て、頭を垂れて座っている男を見て、カザンが呟いた。

「やっと来たか。」

 男が顔をあげ、カザンの目を真っ直ぐに見て言った。

「ガルシアナ帝国より、密書をお持ちしました」

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