「親愛なる君へ。」(Dear Meister.)


 本当によくある話なのだ。


 迷宮ダンジョンのどこかで、消息不明になっていた冒険者たちの証明タグだけが、腕の立つ別の冒険者の手で持ち帰られることも。



 ……生き残った最後の仲間が、形見のようにそれを持ち帰ることも。


 フード付きのマントで深く人相かおを隠しているというのに、自身の異貌つのを隠そうともしない槍使いと、馴染みとなったギルドの受付嬢は、表面上は淡々と手続きを済ませた。


「では、以上で」


「あァ。『無記名ノンクレジット』は解散だ。世話になったね」


「いいえ。これまでのご活躍の数々に、あらためて感謝を申し上げます。……その、様」


「君にそんな顔をさせたくはなかったな。すまない。冒険者わたしたちからすれば何度もある事ではないが、ギルドきみたちは何度でもする経験だろうに。……嫌になるね? のネーミングセンスさ。これで本当に、


「…………」


「……笑い飛ばして欲しいンだけど」


「笑えない、冗句ジョークですよ、オーキュリー様」


「重ねてすまない。どうか息災に生きてくれ給え」


 長く拠点ホームとなったギルドの酒場を後にする。同業者からかけられるさそいの一切を振り切って、彼女は雑踏の中へと姿を消した。



 /




 置かれた槍とその担い手を見比べて、ドワーフの鍛冶師はため息を吐く。



「お前さん、他に何か取り得があるのか?」


「いいや? 自分でもびっくりするくらいに無いよ。いいからほら、いつか君がこれを見た時に言った価格でいい。引き取ってくれ給え」


「……まったく強情な娘だ。こんな魔剣やり、買取ってワシに何の得がある。いいか【急進きゅうしん】、」


急進ソレ


 銀貨の詰まった袋がテーブルを叩く。


だ。いつか必ず取りに来い。約束するのなら預かっておいてやる。それと引っ込むのなら便りを寄越せ。いいか、必ずだ」


「強情なのはどっちだよドワーフ。わかった、わかったからそう睨まないでくれ給え。おっかないンだよ、もう」


「……で、行く当てはあるのか」


 身寄りなど元からない。身を立てる手段さえたった今手放した。


北方こっちは寒いからなァ。ひとまず南を目指してみるよ」



 ――彼とはそれきり。約束だけは守り続けることにはなるが。



 さァ、お姫様の具合はどうだろう。




 /


 右眼、それから四肢の全壊。ついでに頸部くびの圧壊。彼女の修理費はかなりの痛手となった。……最後の部分は伏せておく。


 およそ思い出以外の大抵を売り払い手に入れた金のいくらかを使い、後は目覚めを待つばかり――というよりも、その段階のまま停滞させることをわたしは要求した。


 協会の連中に礼を言って。眠り続ける少女を背負い、その重さに少し戸惑う。


 まァそうか。欠けた部分を戻せばこんなものだろう。



 ――唐突に哲学的な話題になるが。動かない機人ルーンフォークは果たしてヒトか、それともモノか。経済的には後者であった方が都合が良く、けれどわたしは結局、彼女を前者として扱った。


 大陸南方行きの鉄道に、二人分の客席料金を支払って乗り込む。


 走り出す。最初は緩慢に。次第に早く。


 取り返しのつかない速度となって、訣別の場所から遠ざかっていく。



「ヴェイゼルド。わたしは卑怯で臆病だ。我儘わがままで自分勝手で、おまけに弱い。の願いのために、君の願いを踏みにじった」


 向かいの席で眠り続ける少女は応えない。当たり前だ。彼女は未だ、死んでいる。


 卑怯と言うのはこういうこと。相槌がないと知っているから、わたしは一方的に語り掛ける。


 最後の仲間を、ヒトとして料金を払ったくせに、いまは人形扱いしている。


 景色が暗転する。トンネルに入ったのだ。



「……【ほうき星マインスター】の頼みでね。小さな家を、建てるンだ。それは良いンだけど、いや出費的に全然良くないけどさ。【何でも屋アンダーエッジ】のことはどうしようね? 宝箱に財宝を詰めるとか、もう一山当てなきゃいけないってことじゃあないか。自信がないよ。君も知ってるだろう? わたしも君も、神の教えについてはかなり懐疑的だ。【歩く神殿】みたいに誰かを導くなんてこと、できるものかよ。……【隣人レイジィ】の夢は叶えてやれそうにないし。散々だぜ、まったく。わたしは見た目ほど、悪辣な趣味は持って無いンだ」



 ――トンネルを抜けると、緑の大地が広がっていた。光が差し込む。


「港町まで行こう。そこまで行けば、誰もわたしたちを知らないよ。知ってる連中がいても、気づきやしないだろうさ。君は盾を持っていないし、わたしは槍を持っていない。ついでと言ったらなんだが、かおも今はほら、だし」


 車窓を少し開ける。残り物の煙草を銜えて、魔術の火花で点火する。


「げほっ」


 おそろしく不味いな!


 吐き出した煙は風に乗り、追いすがろうともせずに後ろへ後ろへ流れて消える。



「ヴェイゼ、ヴェイゼ。君は――いつかもう一度目を覚ました時に。わたしがその勇気を持てた時にさ。ぜんぶぜんぶ取り返しがつかないことになったその未来で、同じように……わたしを恨んでおぼえていて、くれるのかな」


 こわいよ。


「もし君が、わたしのことも。アイツのこともぜんぶぜんぶ忘れちゃってたらさ。そしたら何だって始めていいンだよ。学者になってもいいし、どこかの酒場で給仕――は、どうかな。愛想ないもんな君。でもやりたいならやっていい。ごめんね、【機族令嬢アイギス】。君の過去の全てを奪っておいて、わたしは……そんな、当たり前の未来しか、君に用意できない」


 少女は目覚めない。


 最後の一本になって、その煙と苦みにもようやく折り合いがついた。


「……ふーっ」


 煙草の煙にいくらか紛れて、潮風の香りが鼻に入った。



 眠り続ける相方を背負う。


 さァ、清算だ。




無記名わたしたち』の物語は終わった。彼女の物語はここから、随分と時をかけて始まるのだろう。





 拝啓。親愛なる【ほうき星マインスター】へ。宛先の用意はしてやった。向こうで仲良く見守ってくれ給えよ。



 大いに心配してくれると、わたしは嬉しい。


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