(ナイトメアは)ユメを見ない



 清算はほぼ全て終わった。持ち越せるモノは二束三文のガラクタばかり。それでも良いのかそれこそが良いのか。まァ、哲学なンてのは贅沢者のすることだ。埃を被るまで保留しても誰にも文句は言われまい。



 ――誰かの願いユメを叶えるということは、自分のソレを叶えることより随分とむつかしいことだったのだなあ。


 踏みにじる方が、まだ手順として楽だった。なンて思いもよらなかったぜ。



 無駄に大きいテーブルだ。座った全員の好物を一度に並べても、よほどの粗相をしない限りは大丈夫だろう。で、そんなテーブルに見合うリビングになったワケだけどさ。誰が掃除をするのかわかっているのか? 使用人を雇うような金なんて残っちゃいないぞ。お望みどおり暖炉だってある。やったな諸君。冬でもあたたかいね。夢のマイホームってやつだ。



「……………………つかれた」


 煙草を銜える。横から火が差し出される。移す。煙を吸って、吐く。まったく。ばっかりが手馴れていく。




 夢のマイホームとモノローグで描写してありながら、実のところソレは『家』というよりも『』だった。


 休息をするための場所。いこうには、あまりにも冷ややかで、ニンゲンに著しく欠けていた。光源にとぼしく、華がない。


 空き部屋はガラクタを詰め込んだ物置になった。





 自分の寝床以外で唯一手入れを欠かさないもう一つの部屋には、一等大きなガラクタが、いまも深い眠りに就いている。



 花で埋め尽くしてみて、それも管理しなくては美しさを保てないのだという当たり前さに嫌気が差し、結局枯れるまでそのままにしてしまって。その一度限りで『眠り姫コーディネイト』は終わってしまった。点数にならない経験ってやつだ。


 先行くこともなければ逆行もしない。主街区が少しずつ賑わい、盛んになっていっても彼女の『巣』は停滞したまま。せめて滅びないように緩やかな手入れを施されるだけ。


 郵便受けポストが元々緩慢だった業務を投げ出し、ついには小鳥相手の不動産業に転職した年月だんかいで、彼女はやっと――やっと、放置したままの最後の願望ユメを、叶えてやることにした。



 思えば遠くに来たものだ。誰も彼もが君らを忘れた。うたにだって残っちゃいないよ。まァ、後世に遺るような偉業を成し遂げたわけでもないからねえ。わたしを含めて。よくいる連中の、よくある結末のさらにその後ってところだ。



 これから再起はじまる、きみを彩る人生ものがたりページに、わたしの席があるのなら。


 くらいがちょうどいいよ。












「やぁ、おはよう。気分は如何かな?」


「おはようございます。異常ありません――貴女が当機の所有者マスターですか?」



「いいね。そういうお約束テンプレートは嫌いじゃあない。そして君のマスターとやらでもない。起こしただけさ」



 ――この万感も、きみは知らなくていいンだよ。知っておいて欲しいことはひとつだけ。


「君の名前は『ヴェイゼルド』だ。これから先、何度だって落としてくれても構わないが、その都度きちんと拾ってくれたまえよ」





 ありったけの祝福が、その名前に込められているのだから。



「諒解しました。以降、当機をヴェイゼルドと呼称します。貴女は何とお呼びすればよろしいですか」



 ――――。


 名前を呼ばれることを想定していなかったな。


「ミス?」


「……あァすまない。わたしのことは卑怯者ダァトでいいよ」



 汚れダァトでもいいけど。自蔑じべつ的だが、これはこれで気に入っている。

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