Non credit title./2


『……? 何をしてるンだい』


『あぁそのままで。いつか恋しくなった時の為に』


『?』



 ――思えば。彼は選ぶ道を変えていれば、託宣者や預言者などになり得たのかもしれない。なりたい自分を選んだ時点で、この仮定は成立もしないわけだが。



 またた魔機マギの光に、わたしは首を傾げるばかり。他の連中は気づきもしなかっただろう。








 /


 唐突だが。彼らの冒険はここで終わる。言うまでもないが、世に多く在る冒険者の結末の大多数はこちらであり、一部の、ほんの一握りの英雄だけがその後の世界に痕跡を遺すものだ。



 ――奈落が、この世にたった一つなら。あるいはそんなこともなかったのだろうけれど。



 光の届かない迷宮の奥。蛮族の集団を壊滅させたところで。


『――■■■』


 その更に向こう側の闇から届いたにこそ、彼女は絶望を嗅ぎ取った。



「おい、まずいぞ」


 暗視を備えた瞳は先を見据えたまま。


「なんじゃ【急進きゅうしん】、蛮族の言葉が解るのか?」


「いいやぜんぜん。何を言ってるのかさっぱりだ」


 ただ。その短く発せられた声に、


「…………いろが無い。蛮族のくせに冷静だ」


 これだけの数の同胞がほふられていて。


 ここまで人族の侵攻を許しておきながら。


 未知の言語で下された号令こえには、およそ感情と呼べるブレが存在しなかった。




「撤退します。全力で」


「諒解」


「その前に来るだろう、備えよう」


 続く闇から、先と同規模の戦力が襲い掛かった。



「休むには早いみたいだ」


「やれやれ、儂は働かぬから【隣人レイジィ】なのだが」


「軽口叩けるならまだ大丈夫だろ。往くよ、【機族令嬢アイギス】」


「はい。マスター、指示を」


「後ろは任せておけ、女傑ども」


「ベリベリィ」


「おいやめろ」「誰がわかるんだよそれ」「時代を先取りしすぎている」


「……ははッ」


「【急進】?」


「いいやなんでも」



 そうして彼らは片鱗を見せつける。第二波を下してみせる。






『――■■■』


 第三波を絶望と共に打ち砕く。



 そして。


『――■■■』


 四度目の号令の後に溢れ出した蛮族を撃退したところで、彼らの未来も断たれた。



 一般に、戦力の逐次投入は愚策とされるが。


 それは拮抗ないし劣勢とされる場合に限られる。



 敵対者を間断かんだんなく圧迫し、未来がついえるまでの絶望の供給。



 のだと。



 自分は物語の英雄などではないと、まざまざと現実を見せつけられ。


 武器より先に心を折られるこの終点デッドエンドに、




「――【急進】、彼女を連れて下がってください」


 ばら撒かれた魔弾が、流星雨スターマインのように煌めいた。




 。ともすれば無理心中じみた奇策は果たして功を成し、大どんでん返しの奇跡をもたらすわけでもなく、けれど幾許いくばくかの時を稼いでみせた。




 /


「いやあ、まいったまいった。アレは手に負えねェや。頭領リーダー、弾あとどんだけよ?」


「12ですね。底をつくのは精神マインドが先かもしれません――ヴェイゼルドは?」


「……駄目だ、起きない。無茶をしすぎだぞ、機人め。前々から思ってたけど、この子は自分は替えが利くって勘違いしてる節があるよな」


「ふーっ……まったくじゃ。部品パーツの修復にかかる費用は幾らになることやら。先が思いやられるのう。おい司祭、血を抜けい。外傷は無いといっても【機族令嬢アイギス】の次に重症だぞお前様」


「…………すまない、オレが、もっと」


「あーあーいーいー。反省会はド敵地でやるもんじゃなーいの。【急進】はどうよ」


「わたしは大丈夫。傷は浅いし魔力も尽きてない。こう言っちゃなんだが、君らの誰よりも元気だぜ?」


「それは重畳ちょうじょう。分が悪いにも程がありますが、賭けても良い程度には希望が持てますね」


「はッ。ここに来てまだき使うか人非人にんぴにんめ。いいよ、最期まで付き合ってあげる」



「わはは。頼もしすぎて涙が出ます。では――ヴェイゼを連れて脱出を」


「――――は?」


「【何でも屋アンダーエッジ】、おそらくになると思います。申し訳ない」


「いっやー久しぶりで燃えちゃうなー! ほい【急進】、これあげる」


「何を言ってる。君の役目は最初と最後だろ。斥候スカウト前衛まえに出たってだな、っていうかスカウトツールこんなの寄越してどういうつもり? 君の仕事道具だろ!」


「俺にはもう要らないし。この際使い方を覚えてみたらいいぜ。ま! ここより後ろは全部トラップ解除してあるからすぐに使う機会はないだろうけど!」


「やめろ、そういうの聞きたくないンだよ! 【隣人レイジィ】!」


「ん?」


自棄ヤケを起こしたコイツに何か言ってくれ! 莫迦げてるだろ、こんな……」


「そうさなぁ……現状を打破する知恵は、儂の知をもってしてもあるまいて。男子おのこの意地に水を差すのは無粋というものぞ? なのじゃろ? なら、お前様を逃がすのが一番確実だと儂は思う」


「おい、ふざけてるンじゃないぞエルフ!」


「ふーっ……お前様こそ何を言っとるんじゃ異貌人ナイトメア。儂らの冒険はここで終い。今はどう締めくくるかの段階じゃ。頭目と斥候は娘子むすめご二人を返すと決めた。司祭はどうじゃ?」


「……オレは、正直に言うと、まあ、なんだ。のが本音だ。祈る以外の労働なぞやってたまるか」


「おい! それは君も残るってことだろ!? やめろ、敵ならわたしが倒す!」


「それでみんなで死にたいと。魅力的な提案です。嬉しいですねえ、貴女がそう思ってくれるほどに、我々は良い仲間パーティになれた」


「リーダー……!」


「ですがお断りします。これは、まあ趣味の問題なんですけれどね? 【急進】。『無記名ノンクレジット』の解散は、いつか誰かがこの迷宮を踏破した時に明らかになるのではなく。このメンバーの誰かがギルドに告げるものであって欲しいんですよ、私は」


「なら、なら君がやればいいだろ! 君が作った郎党パーティだ! 君がケリを付けろッ!」


非道ひどい事を言う」


「それをわたしにやれって言ってンだろ!? 非道はどっちだ!」


「どのみち彼女を背負って戻れるような筋力はありませんよ」


「この子だって君と死にたいって言うに決まってるだろ! それを持ち帰れ? ふざけるな、ふざけるなよ! 目覚めた時に君がいないことに、ヴェイゼがどれだけ傷つくか想像つかないのか、!」


「ええ。ですので負い目があるんですよ、ヴェイゼルドには。こんな地獄まで付き合わせてしまった。できればこの子の望む未来というものを、この子自身で決めて、見て欲しいんです」


「だから――!」


「だから、お願いします」


「嫌だ。御免だそんな役割は! わたしが残る。敵が何匹来ようが全部わたしが倒す! 戻るのなら君たちが戻れ! いいかニンゲン、君らの魂はまだ穢れてないンだ。死ぬべきなら、もう穢れてるわたしであるべきだ! 描く未来があるのだろう!? …………何もないわたしから、死に時さえ奪わないで、くれたまえ、よ」


「うーん満場一致。爺さんもそれでいいよな?」


「うむ。何しろ儂もそんなは持ちとうない。一番身軽な【急進】めが適任じゃろうて」


「【隣人レイジィ】!」


「いつか話した、私たちの夢を。貴女に背負ってもらいます」


「…………気にしていないように見せていたが出自うまれで悩んでいたとはな。可愛いじゃないか、女傑。良い機会だからひとつ説いてやろう。貴様が生まれ持った角は確かに穢れだろう。天上に召し上げられるには輝きに欠ける。だがな? それは貴様の魂が――覚えておらずとも根源に刻まれた何かが、この世でまだすべき何かの為にことわりを外れ、廻ってことの証左でもある。わかるか【急進】。神々の恩情を払ってまで、。ならば粗末にして良い道理があるまいよ。然るに生き、証を刻まなければならん。敬虔なる俺の最期だ、我が神も御目溢おめこぼしをしてくれるだろう。……神ではなく俺を信じろ。


「……重たいよ、ソレ」


「ふは。【歩く神殿】渾身の祝福ブレスだ。気落ちはしても足取りは軽くなるだろう」


「ま! 今までさんざん一番槍を譲ってきたんだからさ! 殿!」


「ヴェイゼルドを頼みます。貴女には少し当たりが強かった気もしますが、信頼もしていたんでよ、彼女は。あ、私が言ったことは内緒でお願いします。乙女の秘密をバラすのは悪いマスターだ」


「……従者を遺して逝くだけで十分にクソだよ。ばかやろう」


「あとこれと、こちらも」


「マギスフィアと小銃? 餞別ならもっと値の張るものにしてくれ給えよ」


「嵩張ると困るでしょう? もう戦闘では使いませんし」


「わたしも使えないンだけど?」


「お守り代わりに持っててください。売ったらパン代くらいになるでしょうが」


「……飢え死にそうになった時には手放すってことでいいかな」


「もちろん。……【隣人レイジィ】?」


「ん? ……おお、今生の別れだった、すまんな【急進】」


「いいよ別に。君がわたしを避けてたことは知ってる」


「うむ。処世術というやつだ、許せ。永く生きるとな、執着が毒に変わるものよ。なので欲しくならぬように気を配っておった。お前様は異貌いぼうを勘定に入れても美しい。悪い男に引っかかるでないぞ?」


「……は。そんな物好きはそうそういないから安心しろ」


「じゃが惜しいのう。未練を残したくはなかったが」


「うン?」





「こんなことになるのなら、一度くらいは『抱かせてくれ』と言っておくべきじゃった」


「最低だな君! …………そういうのは、もっと早く言ってくれ給えよ」










「……いのう。妖精どもが妬いてしまうわ」


「苦い。初めてだってのに、ほんとう、最低だな君。もらってもいい?」


「安物じゃぞ」


「いいよ。どこにでも売ってるやつだろ、これ」


「うむ。達者でな」





 ――そうして、彼女は目覚めぬ相棒を背負い、たった独りで迷宮を敗走した。



 脱出までの遭遇エンカウントは二度。【急進】はその全てを退けてみせた。地上に出るまでに、深部からの追走はただの一度もなかった。



 それこそが『無記名ノンクレジット』が行った、誰にも知られないままの、最後の偉業である。


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