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「夢?」


 何を言い出すのか、と半眼で睨んでもこの頭目リーダーの温厚な笑顔は崩せなかった。


「ええ。冒険者をやっているんです、誰しも一つや二つくらいは抱いているでしょう」


 そういうものか? と周りを見渡す。すっかり見慣れた野営の光景だ。焚火に薪を追加している斥候スカウトと目が合った。


「俺? えーっとなァ、財宝の詰まった宝箱を見つけて……」


「いいですね、冒険者らしい」


「で、売っ払って引退したい……」


「夢のないこと言い出したぞ」


「いいじゃんかァ。【何でも屋アンダーエッジ】は冒険の果てに『何もしない』をする!」


「えぇ……神父様は?」


「宣教」


「もうしてるじゃないか」


「による大陸平定」


「物凄い壮大な夢出てきた。英雄かな?」


「ふふふ。でも彼は私と一緒に旅を始めた時からそうでしたよ。血を流さないで得る平和というモノを、ずっと求め続けている――そうして今日の【歩く神殿】がいるわけです」


「俺は知ってるぞ。何人もの蛮族がそのメイスに頭蓋を割られたことを」


貴様スカウトと、あと貴様シューターが前に出ないからだ」


「あー……相当頑張ってたよね君。わたしも思ったよ。『前衛0かよこいつ等』って」


「ええ。ですので貴女が必要だったんですよ。それはもう、切実に」


「ねえこれ夢の話だったよね? 夢がだいぶ無いンだけど?」


「当機はマスターと最期まで共に在ることが使命です」


 ぱちん、と薪が爆ぜた。


「うん知ってる。ヴェイゼはまァ、うん。他にあったらちょっとびっくりだ」


「慎ましい者どもだのう。夜空に浮かぶ星でさえもう少し盛大に輝こうとするぞ」


「神父様はぶっちぎりで壮大だけどね」


「ほれ【急進】、儂にも問うてみい。エルフに夢はないのかと」


「えぇ……めんどくさいなこの爺さん。酒入ってる?」


「入っとらんが」


「素面かよ余計めんどくさいなあ!」


「仮にあと何十年して、お前様たちが死んだとするだろう?」


「振る前に始まっちゃった」


「そうしたら儂は森に戻り、また星を数え、妖精と戯れる日々に戻るのだ」


「隠居」


「独り言の多いエルフ」


「……【機族令嬢アイギス】めに隣人ようせいの在不在を語るのは無為よな。まあ聞け。名の売れた冒険者の末裔が儂のもとに来る日があるのだろう。そうしたらかつて共に冒険をしたお前様たちの話をしてやろうと思っているのだ。『無記名ノンクレジット』の輝かしい冒険譚――詩人バードが唄わぬような、当事者の儂だからこそ知り得る真実の裏――主に寝相の悪さだとか失敗だとか、そういった話を」


「最低だな君」


「儂は忘れぬぞ。今後も痴態を晒すが良い」


「最低だな君!」


「割と濃いめの災い在れ」


「じゃあ君だ、リーダー。君がこの郎党パーティを組んだンだ、最初のひとりは、何を持ったの?」


「私ですか」


「話を振ったのは君だろう」


「そうですね……大きさは、そう。いつもの酒場の、私達の指定席くらい」


「うン?」


「全員で囲んで、腕が当たらないような。それぞれの好物を並べても溢れないような立派なテーブルが欲しいです」


「所帯じみ……いや、どうなンだろ。夢の規模が小さいけど面積が大きいような気がしてきた」


「冬に備えて薪を蓄えて、暖炉の温かみに微笑んでいたい。ああ、小さくてもいいので畑も欲しい。案山子を一本、番人に据えてですね……」


「おお。つまるところの拠点ホーム製作ビルドか。たいそう金がかかる夢だのう」


「……納得いかないな、どうにも」


「そうですか?」


「【歩く神殿】みたいにデカく張れってワケじゃないけど。君は大陸に平和をもたらしたいンじゃないか、って思っていた」


 に。なりたいのではないのか、と。


「ふふ。文字通りで手続きが済むくらい名が売れて。行く行くはそうした穏やかな生活をね、夢見ているんですよ、私は」


「…………」


「かつての冒険を振り返り、もう一度あの感動を、などと思ってですね。若い頃より全然動かない身体に絶望したいんです」


「お前様本当に人間ヒューマンか? 人生設計の先にあるはずの所感が具体的すぎるじゃろ」


「珍しく同感だ【隣人レイジィ】。ねえそれマジ?」


「マジですよ。さて、最後は貴女だ【急進】」


「夢、夢なァ。――ないよ、そんなもの」


「まあそう恥ずかしがらずに」


「当機の夢を暴いておきながら貴女はソレですか」


「君は勝手に言ったが?」


 いやだけど、ほんとうに。


「夢ってつまり、将来どうしたいかとか、そういうのだろ? ……やっぱりないよ。君らにこうして付き合っているけれど、武勲を立てたいワケでもないし。引退後のわたしなんて想像つかない」


 今日を生き抜くのが精いっぱいだ、とは言わない。でも、明日の自分がどうやって生きているかなんて――想像したことも、なかった。


「強いて言うならだよわたしの夢は。こうしてさして仲良くもない間柄の連中と一緒に火を囲んで食べるご飯が美味しいンだ。【ほうき星マインスター】がわたしを誘わなければ、きっとあの闘技場で勝ったり負けたりして、そのまま続いたか終わったかしてるンだろう。変わりないさ」


「おいおい夢がないぜ【急進】」


「なンだ知らなかったの【何でも屋】? 


「よし、ではオレが道を示してやろう」


「救いの手は足りてるってば」


「儚いというより虚無いのう……もう少しあっても良いぞ、隙」


「君に見せたらネタになっちゃうだろ」


「……ああ! では夢の代わりに役目を負っていただきたい」


「はァ?」


「いつか未来の先で【隣人レイジィ】が私たちの子孫にあることないこと吹き込みそうになったら止めてください」


「すごく嫌だなそれ!」


「話をしてやろうとしたら槍が飛んでくるのか……ささやかな愉しみを奪うとか悪夢じゃのう」


「ナイトメアだけに」


「ヴェイゼ?」


「なんでもありません」

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