ディア・マイスター

冬春夏秋(とはるなつき)

「残す名前が無いもので。」



「周囲に問題ナシ。獣けも焚いた。目標あいては全部あの中だ」


「一党揃って酒盛りか。連中豪勢ごうせいじゃのう、ワシらもならってみるべきか? ずいぶん稼げる職に見えるのだが」


「最低だな君。具体的には隠者を気取っておきながら金に目を眩ませるところ」


「そこは手段を選ばない部分を突いて欲しかった。オレとしてはどちらにしても聞き捨てならない」


「……『ここがあの女のハウスね』」


「ねえその引用どこから?」


「回答を拒否します」


頭目リーダー話の統率取ってェー。ツッコミの声でバレるのは勘弁願いたァーい」


「――塩加減が完璧クリティカルに仕上がりました。このスープは会心ですよ」


「本番前に何をしておるのか、まったく。どれどれ一口……おう。これなら店で出しても金が取れるぞ頭目とうもくよ。やはり職を変えるべきか?」


「……君にとっては寄り道は多くてもいいンだろうが、ニンゲンってのはそう何回も生き方を変えていけるほど長い道を持っちゃあいないンだぜ。これだから長命種はさァ」


「ほざけよ不老。定命モータルはその生にどれだけ面白みを持たせられるかが真価と儂は思っておる」


「……その心は?」


「お前様たちが土に還った後、思い返す出来事が多い方が良いじゃろう? 儂にとって」


「最低だな君。あと煙いンだよ」


「焚火の煙と区別がつくとは立派な嗅覚じゃのう」


「盛り上がってまいりました」


「盤外でアゲる意味がわからん。おい、今夜はここで様子見か?」


「『いつ仕掛ける? 今でしょ』」


「夜襲でしょ。ねえその引用どこから?」


「回答を拒否します。マスター、彼女と同意なのはしゃくですが」


「やれやれ、ウチのお嬢様がたは血気盛んなことで。いえいえ、ですが夜襲ソレでいきましょう。貴女たちが言うのであれば絶好のしおというやつなのでしょう。塩だけに」


「うーいじゃあ腹に入れたら開始なァー」


「敢えての完スルー。これには神も笑顔でニッコリ同意」


「お墨付きも貰ったし始めっぞォー。火ィ消せェ」


「消したぞ。無論儂の手は煩わせておらぬとも」


「君が手ずから行う物事の方が少ないからな? じゃあ、いつも通りに」


ってか? 相変わらずだなァ」


「わたしの取り得がソコしかない。少ないロールだ、全うさせてくれ給えよ。……なに? 一緒に来るのか珍しい」


「解ってねェなァ。端役はやくがも一つ残ってる。両手で構えて待つといい。社交の場では、レディはドアに触れないもんさ」


「ハッ、社交と来たか。でもそうだな、エスコートはよろしく頼むよ」


「勿論。オレの仕事は始まりアタマ終わりケツだ、追加労働しないで済むように立ち回ってくれ」



 ――鮮やかに過ぎるその手口。まるで、閉め忘れていたと思う方が合理的なほどに。音なく錠が破られた。


 言うまでもないが。彼らの請け負った依頼クエストは『砦を根城にした野盗の一掃』であり、これはその戦闘開始ではあるのだが。


 仕掛け方はまんま強盗のそれだった。



 欠伸あくびのような間抜けさで扉が口を開く。夜風の流入がおかしいと、その時点で彼らは気づくべきだった。仕事の成功には報酬が伴う。誰かから奪ったモノで飲む酒は格別で。重要なのはそこではない。


 これは獣もヒトも変わらない。緊張を続けることなど出来やしない。ならば途切れるのは何時いつか。乾杯の瞬間でさえも誰かしらは思考の隅にそれを置いている。


 ――だけど、飲み込んだ瞬間ばかりは気が緩む。出来上がりを待つのも手ではあるが、そういう攻め方はニンゲンよりも竜を相手に執るべきだ。


 一、二の、三歩。当然のように踏み込んだ異貌人いほうじんはそのまま雑に置かれた大テーブルを踏み越えて、真正面に座る、壁を背にした――手配書に顔を描かれた首魁の――男の口に、酒の代わりに槍の穂先を叩き込む。


「んなっ――」


 呆気が驚愕に変わるまでの一刹那ひとせつな。残りの標的をざっと勘定する。


 前3 後1 頭0 魔が1 いや2か上等だ。ついでに癒しは特になし。


「なんッッッだテメェー!」


 驚愕が激昂に変わる。遅いのはいいことだ。この乱戦きょりならば、詠唱ことばよりも暴力の方が先んじる。


「魔術師残り1」


 振り返る。一度に二人はけないが良しとする。そんなモノは贅沢だ、と彼女は思う。木杯ジョッキ曲刀タルワールに換装したか。手間を惜しんで殴りかかった方が良いのにな。


 盗賊たちがテーブルの上で立ち回る槍士に飛び掛かる――が。


 がいん、とその堅牢の前に敗退する。


とうきより注目ヘイトを集めてどうするんですか、貴女は」


「今に始まったことじゃあないだろう。男連中は?」


「いつも通り後衛バックスです。【何でも屋アンダーエッジ】は扉の裏に」


「ほんとうに仕事を終えてるな彼! 女二人に前を任せっぱなしとか甲斐性ないよなあ!」


「貴女が譲らない、と言ったことを当機は記憶していますが?」


「わはは。そうとも。特に守られたいわけでも手が足りてないわけでもない。前衛まえは君とわたしが居ればいいのさ、【機族令嬢アイギス】?」


 異貌人のシニカルな笑みに、少女のカタチをした機人はそっと息を零す。


「囲まれているのに?」


「モテるからなァ」


 それに。


「這入ったのは確かだけど、ドアを閉めてないのは知ってるだろう? 仕事し給えよ厭世えんせい気取り」


『お前様も相変わらずだのう。儂は仕事をせん。するのはお前様やら郎党と、儂に甘い連中だとも』


 長命種エルフの声が応え、それを運んだ夜風が刃に置き換わる。戦士の礼もなんのその、背中からばっさり斬られた男が【機族令嬢】の盾に寄りかかるようにくずおれた。


「……当機には【隣人レイジィ】の魔術がいつでも唐突に見えます」


「そうだろうね。独り言が多い老人だとでも思っていればいいと思うよ」


 さて、残りは4。うち一人は詠唱の終わりそうな魔術師と前衛が2……それから、ナイフを投擲する後衛だ。


「屋内で弓を引くのは難しいでしょう。当機には覚えのない技能ですが」


 圧巻の大盾の横を縫うような一撃はしかし、逸れて壁に突き立った。


「怪我をするなよ女傑ども。オレはそこのエルフよりも勤勉だが、護りプロテクションを広げてやるほど優しくもない。特に敬虔けいけんさを欠く連中には」


「説法は相手が悪いよ【歩く神殿】。わたしと彼女、どちらもそっちに対して抱ける想いがなんとも言えない。助けてくれるのは大いなる意志ではなく、代行者たる君の手だもの」


「治癒の手間を省きたいあたり、【隣人】と大差ないと当機は思考します」


「ばか。アレは優しさなンだよ、迂遠なね」


「人間の機微きびは難しいです。ところで【急進きゅうしん】……足が止まっていますよ、名折れでは?」


 大盾が一人を叩き伏せる。


【急進】は、


からいいの」


 間合いの中です、と槍を撃ち込みながら返す。


「それにこれは止まってるンじゃなくて止めてるンだ。わたしは優しいからね」


 前衛0。――魔術が完成をみる。走り出す紫電スパーク。瞬間。砦の外で、機人の少女よりもいっそ無機質に。


 機でいうのなら最初も最初。【急進】の踏み入りと共に開始された三段階の魔術がいま、結果をもたらす。


『――証明オン・ユア・マーク


「当たるかのう? 【ほうき星マインスター】よ」


「ふふ、彼女は優しいので。的になら、きちんとてますとも」


 照準。展開。発射。


 。収束する光の弾丸が、窓の内側で短杖を構える魔術師の脳天へ、二つ名通りの流星となって飛来する。


「ばん。」


 ささやかな擬声語オノマトペは、発射の後に告げられた。



 残る野盗は1。最初の一手で郎党を皆殺しにされた射手シューターは、唇を震わせて声を上げる。


「アンタたちナニモン――いや、降参だ、命だけは助けてくれ」


「いいよ。処遇はギルドに任せるさ。君が命に換わる情報を持っていれば、死ぬことはないンじゃないかなァ」


「情に厚いですね、【急進】」


「錠は持ち合わせがないけどね」


「おつかれ蛮族ゥー。手錠、あるよ?」


 成り行きを見守っていた斥候――【何でも屋】がのっそりと顔を出す。


「前後処理のプロめ」


「褒めてるんだよなそれ?」


「もちろん」


「【急進】、何者かと問われましたよ」


「もー! スルーしてたンだよ。ねえこれ名乗らないと駄目?」


「駄目ェー。一番槍は名乗りの誉れも受けてくださァーい」


「リーダーに譲るよ。彼が決めたンだし」


「マスターの命名がお気に召さないと?」


「小ッ恥ずかしいンだよ」


《【急進】のっ》《ちょっとイイとっこ見ってみったい!》《あっそーれ!》


「賑やかしに妖精を使うな!」


「当機には何も聞こえませんが」


「ほら! ……あーもう。一度で覚えてお縄に着いてくれ給えよ。同じ相手に何度も名乗るのは、これ以上の恥になるからね。わたしたちは――」



 実績と印象インパクトが残れば良いのだ。


 困ったことに、後世でどう書けばいいのかわからないパーティー名なだけで。





「『無記名ノンクレジット』でよろしく、蛮人バルバロイ。これに懲りたら善なる神にでも祈ってみるといい。信徒が増えるのを歓迎しているようだしさ」



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