第2話

 幼馴染。二人を結ぶ関係はこの言葉がしっくりくるだろう。

 ――しかしそれは、時に足枷になってしまうこともある。


「飲め」

 ユシナを連れ、久方の自宅に戻ったトオルは彼女を真っ先にお風呂に入れた。

 お風呂から上がってきたユシナにホットミルクを差し出す。

 素直に受け取り、一口それを口に含んだ。途端にユシナの表情が柔らかいものへと変化した。

 適度な温度にさわやかな香り。そしてほのかな甘みの中には。

「はちみつ……?」

「好きだっただろう?」

「覚えててくれたんだ。嬉しいな。ありがとう」

「……黙って飲め」

 相変わらずの無表情に感情の無い声で話す彼にユシナは苦笑を浮かべた。

 言動は冷たくても、トオルの彼女を気遣う行動がとても優しいものだったから。

 振り返るとトオルは棚に並べていた一冊の分厚い本を開いていた。

 その姿をユシナは黙って見つめることにした。


 ――トオルは昔から何も変わらない。

 寡黙で、口を開けば皮肉めいたことを言う。

 頭が良くて、顔も良い、と思う。昔は女の人たちから猛アタックされていた。

 今も、そうなのかな――。


「……言いたいことがあるなら言え。阿保」

 シビレを切らしたのか、ため息を吐き出しトオルは本を閉じた。

「阿保って何よ。それに、黙っていろって言ったのトオルじゃない」

「しゃべらずに読書の邪魔をする奴を初めて見た」

「どういう意味よ」

 反論するぐらいには回復したみたいだ。

 弱々しく、苦しみもがくユシナの姿はあまりに痛々しい。

 トオルはユシナに気づかれないよう小さく息を吐く。


 ――ユシナは変わらない。

 よくしゃべり、コロコロと表情を変える明るい人間だ。

 キレイというより、カワイイの部類に入るだろう――。


 幼馴染という結びがなければ決して関わることは無かった人間だ。

 トオルは未だブツブツと文句を言っているユシナを見る。

「なぜ無理に背伸びをした」

「は……?」

「靴擦れをおこすぐらいならあんなモノを履くな。お前はお前のままでいい」

 トオルの言葉にユシナはきゅっと口を引き結んだ。


 ――どうして、今更そんなことを言うのだろう。


「……のに」

「……。」

「一度もそんなこと言ってくれなかったのに!」

 今更、今更とユシナは頭を抱えてうずくまり、トオルを睨み上げる。

「背伸びしないと、トオルはずっと幼馴染のままだった!私だって……!」

 別れた直後だからなのか。ユシナがずっとしまい込んでいた感情が溢れ出した。




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