第33話

 私の方ですべきことは二つ、自分の血液検査と鹿肉の検査だ。あらゆる獣肉を食べている私の血液検査だけでは、あの鹿肉で感染したとは言い切れない。まあ鹿肉を調べたところで言い切れるわけではないが、二つから出れば信憑性は上がるだろう。

 トキソプラズマ症の血液検査をするとしたら、感染症内科か。検索してみると、田舎だけあって科を設けているのは総合病院二軒のみだけだった。しかも遠方で、どちらも初診は紹介制だ。

 ふと気づいて、子供の頃に掛かりつけだった沢瀉町の病院を探す。内科と小児科が一緒になった、古い医院だ。院長はもうかなりの老齢だろうが、山で罹る病気には精通しているはずだ。

 未だホームページすらない病院の電話番号を確かめ、早速かける。呼び出し音は数度鳴ったあと、張りのある女性の声に変わった。

 名前を伏せたまま体調不良と鹿肉を食べたことを伝え、トキソプラズマ検査ができないかを尋ねる。女性はあっさり「できますよ」と即答した。これから行くことと、かつて小児科で世話になった「整田祈」であることを伝えると、ああ、と少し間が置かれる。お気をつけておいでくださいね、と心なしかゆっくりと優しくなった声に礼を言って、通話を終えた。

 肉の検査は、仕事で築いた人脈に頼るしかない。昨年まで総務部長を務めていた笹井ささいは、かつて人事課で私に仕事のイロハを叩き込んでくれた人だ。今年から副知事になった、生え抜きのエリートでもある。仕事には死ぬほど厳しいが情に厚い人で、今も時々飲みに行く。今回も我が家の訃報を知ってすぐ、できることはないかとメールをくれた。

 甘えてしまうが、仕方ない。

 病院へ向かう支度をしつつ、笹井に短いメールを送る。コートを羽織り、再び沢瀉町へと向かった。

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