第30話

 第一発見者は隣家の住民達で、悲鳴と銃声にただならぬものを感じて足を踏み入れたらしい。私達が到着した時にはもう、警察がブルーシートを張っていた。事件現場となった祖父の座敷は血の臭いが立ち込め、襖や障子に血飛沫が飛び散り、畳は吸い込んだ血で染まっていた。幼い頃からそこにあったちゃぶ台も、ひっくり返って誰かの血を浴びていた。

 軍鶏を〆たことはもちろん獣を捌いたことすらない譲は、現場を見るなりトイレへ走り込んだ。嘔吐でとても対応できない譲に代わり、私が祖父母と父の身元を確認した。父は頭を、祖母は胸を撃ち抜かれていた。腹を撃たれた母はふすまの際に倒れていたらしく、血に染まった手形が下の方にいくつも残されていた。襖を開けて、逃げようとしたのだろう。近くには、見慣れぬ角材が落ちていた。

――杼織さんが仰るには、認知症症状を理由に家族が猟銃の返却を勧めていたとか。

 警察官が切り出した祖父の動機は、それなりに納得のいくものだった。「認知症を理由に猟銃返却を勧められて激昂した」は、確かに無理心中より無理がない。年相応に物忘れや記憶違いは出ていたし、同じ話を繰り返すようなところもあった。

 同居していないから正確には分からないと前置きしつつ、問われるままに私もそんな話をした。人一倍猟銃の取り扱いに厳しかった祖父を凶行に突き動かした理由としては、認知症は説得力があるだろう。話しつつ認知症の有無は司法解剖で脳を調べれば分かってしまうのでは、と思ったが、祖父は頭を撃ち抜いて自殺していた。明将は当然、それも分かっていたはずだ。相変わらず、抜け目のない男だった。

 ただ、通夜のあとには捜査の風向きが少し変わっていた。

――ご両親から「おじいさんが邪魔だ」とか、そんな話を聞かれたことはなかったですかね。

 通夜と葬儀を取り仕切っている間に、私の耳にも自然とそんな話が溜まっていた。父が同僚に「邪魔で仕方ない」と話していたとか、母が友人に「早く死んで欲しい」と零していたとか。普段とはまるで違う発言に、よほどのことがあったのだろうと思われていたらしい。

 猟銃の所持には決まりがあり、銃と弾は別の場所へ保存しなければならない。我が家の場合、銃は祖父の部屋で弾は仏間だった。どちらも鍵を掛けられ、厳重に保管されていたのは間違いない。

 当初は「猟銃の返還を求められた祖父が激昂し、弾をこめたあと三人を呼んで撃ち殺した」のだと思われていた。でも、ひっくり返ったあのちゃぶ台の下には、ロープがあったらしい。角材に、ロープ。祖父が本当に認知症なら、「暴れる祖父を押さえるため」と理由づけられただろう。でも、そうではない。

 祖父は両親と祖母が自分を殺しに来ると分かって、全てを連れて死ぬ覚悟で待っていたのだ。

――さすが、祈の育ての親だな。

 明将は感服したように返して喪服のネクタイを緩め、客の捌けた葬儀場で通夜振る舞いの酒を呷った。


 町の世帯で一度に四人の死者を出すのは、自然災害を除けば我が家が初めてだろう。家族葬と周知したことで弔問に訪れたのはほぼ親族のみだったが、そこかしこで整田がひたすら杼機に頭を下げ続ける地獄のような光景が繰り広げられた。

 ただ私はそれより、通夜でも葬儀でも、棺の上に一体ずつ乗ったあの化け物達の幻覚を見ていた。化け物達は烏ほどの大きさになって、棺をつついた。時折気づいたように私を呼んだが、持ち場を離れようとはしなかった。

 化け物も含めて何もかもが幻覚ならと願ったが、事実だけは手元に残る。寺へ預けた骨壷は四つ、一つも欠けていなかった。

 譲と話し合い、実家は改めての清掃を入れたあと更地にして売り出すことに決めた。思い出はあってもつらくて暮らせないと泣く譲に、反対する気は起きなかった。

 保険金や相続手続きは、譲が引き受けてくれた。全て任せるのは心配だったが、忙しい方がありがたいと苦笑したのは本心だろう。私だって同じだ。全てを明らかにするまで、事実に辿り着くまで折れるわけにはいかない。思い出に咽び泣いて暮らすのは、まだ先だ。このままでは、終われない。

 忌引き六日目の夜にようやく自宅へ戻り、久しぶりにパソコンのメールをチェックした。既に過去の日付になっていたCDの予備鑑定結果の知らせを慌てて開いたあと、崩れ落ちた。


 あのCDには、サブリミナル効果など加えられていなかった。

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