第5話

 ただいまあ、と誰もいない中へ声を掛けつつ中へ入る。すぐに照明を点けて靴を脱ぎ、目に入る照明スイッチを全て押しながらリビングを目指した。普段はしないが、一人の時は致し方ない。

 リビングのドアを開け、すぐに照明を点ける。確かめた時計は、六時二十分を差していた。

 そろそろ、岸川の通夜が始まる頃だ。吉継からは五時前に一通『ついた』と届いたきり、次はない。駐車場が空いていたから、車で向かったのだろう。

 葬式自体は何度か出ているから問題はないはずだが、不安がないわけではない。荷物を置き、寝室を目指した。

 ベッドの上に投げ出された黒い衣類カバーを見て安堵し、ウォークインクローゼットの中へ入る。数珠や袱紗は、迷わないように桐箪笥の小引き出しにまとめているが。

 不安を抱きつつ引いた中に不自然な空白を見つけて、ようやく安堵する。数珠の桐箱と袱紗がなくなっていた。ちゃんと持って行ったのだろう。

「良かった」

 背を丸めて安堵の息を吐いた時、背後で乾いた物音がした。勢いよく背筋を伸ばし、ぎこちなく背後を窺う。クローゼットの中も寝室も煌々と明るく、怪しげなところはない。しばらく耳を澄ましても聞こえない音に胸を押さえ、深呼吸をした。

 クローゼットでビニール袋を被せられて殺される映画、なんだっけ。

 脳裏に浮かんでしまったホラー映画の一幕に、ぞわりと肌が粟立つ。慌てて引き出しを収め、周囲を確かめつつクローゼットを出る。扉を閉めて、長い息を吐いた。今夜は一人なんだから、やめて欲しい。

 振り向けば、ベッドの上に乗っていた衣類カバーがない。それが落ちた音だったのだろう。幽霊の正体見たり……いや、今はその辺の言葉は禁じよう。苦笑しつつ落ちたカバーを拾い、ひとまずベッドの上に置いた。

 不意の違和感に、なんとなく部屋を見渡す。なんだろう、どこか変な感じがする。何か、と向けた視線の先で、カーテンの裾が少し揺れた。窓が、開いているのか。吉継が換気をした時のまま、閉め忘れて行ったのかもしれない。でも無理だ。どうしても、確かめに行って殺されてしまうホラー映画のパターンが思い浮かんでしまう。一晩くらい、少し窓が開いていたって問題ないはずだ。ここは最上階だから、不審者だって。

 暗い方にしか向かわない思考に、また胸を押さえてゆっくりと深呼吸をする。大丈夫だ、ここは家だし安全だ。何も起きない。大丈夫だ。

 繰り返して落ち着いたところで、寝室を出る。予定どおり鹿肉丼を作るため、キッチンへ向かった。

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