第16話 名付け

従魔に名前をつける。

それはとても大切な儀式(こと)だ。

でも…


「君には既に名前があるんだろう?教えてくれないかな?」


彼は首を振って否を示す。


『俺は既に主の従魔。どうか新しく名をつけて欲しい』


子は親に名をもらう。

それは、祝福だと僕は思ってる。

なのにそれを変えてしまうのは、良い事なんだろうか?


『…主は支配の契約についてどれだけ知ってるんだ?』


「…奴隷契約のようなものだと」


彼は、今度は首を縦に振った。


『実際に支配の契約を受けた者じゃなければ、詳しい事はわからないだろう。

まず一つ、俺は今、主に対して凄く親しみや敬愛の念を抱いている。

ほとんど初対面にも関わらず、だ』


おかしいだろう?と笑う彼からは、確かに嫌な気は感じ取れない。

それは僕も同じみたいで…。


「僕も一緒だ。君を見ても怖くなるどころか…」


安心してしまう。

どうして?彼はあの時の翼竜なのに…。


『そして不思議なことに名前に関しても、何故か前の名前を思い出せなくなっている。

…どういう原理なんだろうな。

父にも、仲間にも、俺の名前を呼ぶ事はできないんだ。

最初から無かったかのように、記憶から消えてしまったらしい。

魔王様に話したらそれは支配の契約の影響だと言われた』


支配の契約…これまで従魔術師として生きてきた中で、見たことも聞いたこともないもの。

契約の影響で彼はその名を奪われた。

僕も彼も互いに抱く感情を不思議に思っている、でも、不快では無いんだ。


『だから気にせず…というか、名をくれないか?主』


金の瞳が僕を見つめる。

期待に満ちているように、光を反射してキラキラと輝いている。


ふと、頭に浮かんだ言葉があった。


「…アーヴェ」


彼が眩い光を放ち、2人の間に新しい繋がりが生まれた。

真紅の鱗は艶やかな髪となり、彼の姿を人型へと変えた。

僕より頭一つ分くらい高い彼は、金の瞳を喜ばしげに細める。


「ああ…やっと!やっと人型になれた!これで焼いただけの肉ともおさらばだ!」


後から聞いた話だが、支配の契約を受けて魔法が解けると、何故か人型になる事が出来なくなっており仕方なく外で活動していたとの事。

翼竜って人型になるんだ…と呟いたら、魔物と魔族を一緒にするなと怒られた。



「改めてこれからよろしくな!主!」


ニッと歯を見せ笑う彼をアーヴェと呼び、笑みを返した。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「私は反対です!」


硬い毛で全身を覆われた魔族が声を荒げながら分厚いテーブルを叩く。


「人族を仲間に引き入れるなど…我々が何と戦っていると思っているのですか!おかしいにも程がある!」


怒りの感情に呼応するように、小さな雷がパチパチと音を立てる。


「落ち着きなさい、ウルフレア卿。これは魔王様の決定であり、将軍のお二人も納得されている」


宥めるように柔らかな声で話すのは、目を伏せた長髪の青年。


「リーファン殿…ドライアドである貴公までお認めになるのか!?人族がどれほどの山や森を切り拓き、自然を破壊して来たのかわかっているのか!?」


「全ての人がそうとは限らない…でしょう?」


狼のような顔を顰めて、グルルと低い声をあげ威嚇するウルフレアに対し、森の精霊らしく柔らかく穏やかな声で返すリーファン。

それを見守る他2人の大臣は、どうしたものかと対応に困りきっていた。


歯を剥き出しにして威嚇するウルフレアに、柔らかく微笑みながら冷たい空気を醸し出すリーファン。


「それだけ血の気が多ければ、次の戦いも期待できそうじゃな」


のう、ルカイン、ガディス。と将軍2人の名を親しげに呼び捨てた魔王によって、剣呑な空気は霧散した。


慌てて腰を折る4人の忠臣達に、魔王はニヤリと笑って応えた。


「精霊族のリーファン、獣人族のウルフレア、翼人族のサーラ、小人族のデルフィス。此度は急な召集すまなんだな…どうしても話しておかねばなるまいと思ってのぉ」


魔王の言葉に、デルフィスがそっと声をあげた。


「…それは、魔王軍に降ったという人族の事についてですか?」


その言葉に困ったような笑みが返される。


「降った、というわけではない。あやつ自ら申してきたのよ、共に戦わせてほしいとな」


魔王の左右に控える2人が肯定の意味で首を振る。


長いテーブルの奥に向かって魔王は歩き、上座である他の椅子よりも豪奢なそれを部屋に控えている侍従が引き、腰掛ける。

彼女から目配せされた将軍2人も各々魔王の1番近くの席についた。


「さぁ、会議を始めよう。新たに仲間になった人族についても教えようではないか」


ニヤリと笑って魔王は従魔術師について話し始めた。



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