第13話 従魔の父と従魔術師

「君、少し良いか?」


謁見の間を出ると、案の定呼び止められた。

険しい顔をした鱗の付いた肌を持つ魔族、ガディスと呼ばれていた人物だ。


「…は、はい。その、息子さんの事は申し訳なく…」


頭を下げれば、頭上で深いため息が聞こえる。


「…いや、こちらこそ失礼な態度を取った事、謝罪する。

あいつが支配の契約で縛られたと聞いて、あいつの正気を奪った輩がそのまま術で縛ったのだと勘違いしてな…君からは忌々しい魔法の匂いは感じられない。全くの別人だろう」


早とちりしてすまなかった、と頭を下げられる。

てっきり息子と勝手に従魔契約をしてしまった件を詰られると思っていたのに…。


「あ、頭を上げてください!」


考えていた展開とあまりにも違って混乱する。


「だが、息子は…君の大切な従魔の命を奪ってしまったのだろう?取り返しのつかない事をした」


手のひらに力がこもる。


「…もし……いえ、やめましょう。今更…ですから」


今更何をしようとも、ミィが帰ってくる事はない。

そんな魔法や術は存在しない。

少なくとも、僕は知らない。


「それに僕は、あなたの息子さんを契約で縛ってまた戦いに行こうと思ってるんです」


“だから謝らないでください”


その言葉は、言わずとも彼の目をじっと見つめれば…伝わった気がする。


「それはあいつも望む所だろう。ただし、戦場に立つならば無様だけは晒してくれるな。覚悟を決めて、やれ」


先程とは違う鋭い眼光。

怒りをたたえるものとも、忌々しいものを見るものとも違う。

父のような、獲物を狙うときの狩人の目。


この人はきっと今までたくさんの命を奪ってきたのだろう。

おそらくそれは、今から僕が会いに行こうとしている彼の息子である翼竜も…。


…実際に戦場に立ってみないとわからない。

そんな甘えを見透かされたようなそんな気分になった僕は、軽く頷く事も出来ず視線を床に落とした。



「…そういえば、支配の契約についてどれだけ知っている?」


曖昧な態度を咎める事なく、さっと話題を変えられた。


「えっと、謁見する前にフィオーレさんから少しだけ聞きました」


従魔術師が魔物をテイムする場合、その魔物に名付け、その名を魔物側が受け入れたら互いを繋ぐ契約紋が身体のどこかに現れる。

僕は左手、ミィは体毛で分かりづらいけど右前足に紋があった。


動けるようになってから、自身の身体を見える範囲確認したけれど、どこにも契約紋は見当たらなかった。


「それは、支配の契約を結ばれたからですよぉ」


もしかしたら契約した事自体勘違いだったのだろうかと疑った僕に、包帯を替えながらフィオーレさんが教えてくれた。


「支配の契約…?」


聞きなれない言葉。

従魔術について調べていた時も見た事も聞いた事もなかった。


「私も詳しくは知りませんけどぉ、従魔術師の方が使うテイムよりももっと強力な契約なんだとか……はいっ、出来ましたよぉ」


ニコニコと笑う彼女は、それ以上は知らないのだと言った。


「通常のテイムとは違い強力な契約であり、契約紋は浮き出ないと」


僕の言葉にガディスさんは頷き返す。


「支配の契約は通常の契約より非常に強力だ。立場としては…そうだな。奴隷契約と似通っている」


その言葉にゾッとした。

ほとんど無意識だったとはいえ、僕はなんて事をしてしまったのだろう。


「…もし僕が自害しろって言ったら」


「…あの子は自害するだろうな」


「契約主である、僕が死ねば?」


「あの子も死ぬ事になる」


青ざめる僕に、ガディスさんは雰囲気を和らげるように笑う。


「あの子が乱心した時、人族の軍と戦いの真っ最中でな。もしあの子を追って止めたならば、こちらが瓦解していたかもしれない。…いや、間違いなくしていただろうな。

ある程度余裕が出来た所で、魔王様が追いかけてくださった。それで止められるならよし。

もし止められなかったら…その命を奪うつもりで」


そうか、だからあの時…。

もしあの場で魔王に会えていなければ、今頃僕はどうしていただろう。

翼竜を連れて、鬱蒼とした想いを抱えながら人の国にいたのだろうか…いや、生きていた事が知られたら今度こそ殺されるかもしれない。


思い出し自然と震える肩に、そっと手が乗せられた。


「君は死ぬ運命すらあった息子を連れて帰ってきて、我らと共に戦ってくれると言ってくれた。

充分だ。…ありがとう」



“ありがとう”


両親が生きていた頃よく言われた言葉。

ミィによくかけていた言葉。


頬を伝う雫は、なんだか温かかった。


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