第7話 黒猫族のミィ

叫びは、声にならなかった。

逃げろ、だとか

危ない、だとか


言える言葉は色々あったのに。


皆が危ないと思った。

けど、違った。

翼竜はこちらを見ていた。

まっすぐ僕の方を…



「ルーカス様っ!!」

エレオラ様の悲痛な叫びが聞こえる。


そいつの1番近くにいたルーカス殿下は、音もなく吹き飛ばされた。

咄嗟にラクスさんが受け止め、大剣を地に刺して遠くまで飛ばされないように耐えていたけど…。


皆の表情に怯えや戸惑いが見える。


この翼竜の放つ威圧感は、さっきの翼竜の比じゃなかった。



「あ…あ…」

ガタガタ震えるエレオラ様には、強気で凛とした気高さは感じられない。


聖女様は頭を抱えて震えている。


皆が絶望に震える中、何故か僕だけは冷静に翼竜を観察していた。

「…あの首元の傷…もしかして手負い…か?」

あの箇所を狙って攻撃していけば、もしかしたら…!


「エレオラ様!ラクスさん!あの翼竜の首元を見てください!手負いです!まだ、まだ諦めるのは早いです!皆で協力して攻撃すればもしかしたら「お黙りなさい!!何の役にも立たないあなたがっ、偉そうな事を言うんじゃありませんの!!」


エレオラ様の手から放たれた氷の礫が僕の足を貫いた。


「いっ…!!」


あまりの痛みに涙が滲む。


「ミナ!ミナ!聞こえているのでしょう!?立ちなさい!立って…早く!ルーカス殿下の元へ!」


氷の礫を聖女様の足元に向かってぶつけ無理矢理覚醒させると、聖女様は言われた通りルーカス殿下の方へと走っていった。


「な…っ、ああああっ!!!」


もう片方の足にも氷の礫が突き刺さる。

痛い!痛い!痛いっ!!


「ラクス!ルーカス様とミナを連れて逃げなさい!この従魔術師を見捨てた責任は私が取るわ!」


ミィが必死に威嚇する声が聞こえる。

ミィ…ミィはどっちを向いているんだろう。


「…ルーカス様もミナも、なくてはならない存在なの。役立たずのあなたと違ってね。せいぜい、私達が逃げるための時間を稼ぐ餌になってちょうだい」


言うだけ言って、エレオラ様はルーカス殿下達の後を追った。



待って…!まだ、まだミィがいるんだ!

お願い!僕はどうなっても良いから…!だから…そうだ!


力を振り絞って、ある言葉を紡ぎ出す。


「ミィ…契約解除しよう。…君だけでも逃げるんだ…リリース」


ミィを淡い光が包む。

光が消えた途端、僕の中の大事な繋がりが消えた感覚がした。


ミィ、ミィ…と声がする。

ミィが頬を舐める感覚がする…。


今までありがとう。ミィ…

僕の大事な家族…



倒れ伏したまま顔を上げ、ミィが逃げ切るのを確かめようとした。


逃げきってほしかった。

生き延びて…ほしかった。


ミィは自分の何倍もある翼竜に飛びかかると、まるで虫でも払うように飛ばされ、

僕の近くに落ちて、

ミィ…と泣いて動かなくなった。



「………ミィ………?」



艶があり触り心地の良いミィの身体。

そっと撫でると、どんどん体温が失われていき、手には赤が付いた。



僕の大事な家族(ファミリア)

黒猫族のミィ。


どんなに辛い時も、変わらずずっと側にいてくれた。

何よりも大事で、愛しい存在。



「…う…うわああああああっ!!」



その時、僕の中で何かが弾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る