第6話 遭遇

清涼の渓谷──────

そこはかつて森があった場所であり、地面が裂け森に流れる川から水が流れ込み、いつしか清涼の渓谷と呼ばれるようになった。


太陽が沈みすっかり暗くなった頃、僕達は闇に潜み翼竜の姿を探っていた。


「…やはり、敵は頭が良いみたいだな。…私達が来たのに気がついて逃げ出したか…見てくれ」


水場から近く、木の影になっている場所にある洞窟の中…ルーカス殿下の指差す方向には、何かが蠢き、ひきつれたような声を上げている。

エレオラ様が淡い光体を出すと、そこには身体を半分ほど無くした、人だったものが転がっていた。


「うっ!」


あまりにもグロテクスな光景に我慢できず、慌てて目を逸らした。


ちらりと横目で4人を見ると、聖女様は目を固く閉じて祈りを捧げ、ルーカス殿下とラクスさんは険しい顔をしている。


「…悪趣味ですわ。…フレア」


エレオラ様の指先から出た炎は一直線に飛んでいき、悲惨な姿になっていた人を焼き尽くした。

辺りに肉の焼ける臭いが漂う。


その光景を見つめながら、討伐が失敗したらもしかしたら僕も…なんて事を考えて血の気が引いた。


赤い炎に包まれた巣に向かって手を合わせ、祈りを捧げる。


どうか…神様が本当にいるなら…




「…当初の予定通り、進めようと思う」


まだ若干顔色の悪いルーカス殿下が、真っ直ぐ僕を見つめて言った。


「危険な役目だが…果たして欲しい」


もう彼は、絶対大丈夫だと口にしなくなっていた。


「…わかりました」

ミィを連れて行こうとして、思い直し聖女様に預けて行こうとした…けれど


「ミィ!ミィィィ!!」


ミィにしては大きな声で、僕にしがみついて全然離れなかった。


「従魔は自分の主人の気持ちに最も近く寄り添い続ける…そうだぜ」

知り合いの従魔術師の受け売りだけどよ、と、ラクスさんが明るく言った。


…そうか、ミィ。

お前は、最後まで僕と一緒にいてくれるのか。


皆の前で思わず泣いてしまいそうになった。

なんとか堪えて、声を出す。


「行ってきます…あとは、お任せしました」


わざと大袈裟な音を立てて皆から離れていく。

翼竜は、人の言葉や感情を理解しているわけではない。

だが今回の翼竜は、通常種より知能が優れ、計略を立てる可能性もある。

それなら…計略も必要ないと思うくらいの行動をしてやれば良い。


魔力感知に優れているなら、すぐに気づくはずだ。

僕と彼らの距離が開いている事。

パーティの中で一際弱い魔力の持ち主である僕は、格好の餌に違いない。


遠くからバキバキと、木が折れる音がする。

こんな音を立てるなんて、気付いてくださいと言ってるようなもの……ああ、そっか、そういうことか。


奴は、翼竜は、獲物が逃げ回る様を見て楽しみたいのか。

そうか。だから…


巣での光景を思い出す。


「ははっ、なんて…性格の悪い…」

目の前に醜悪な臭いを放つ巨体が現れる。

暗くて見えるはずも、わかるはずもないのに、なぜかそいつは嗤っているような気がした。


足がすくんで動けない僕の耳に風切り音が届くと、目の前の巨体に氷の矢が刺さった。


ギャアアアアアと耳障りな声が聞こえ、ついで、その巨体が大きな鎖で捕縛される。


背後から草を踏み締める足音が聞こえて来る。



「でりゃあああああっ!!」

かけ声と共に、大剣で斬りかかる。


「清浄なる鎖よ…ここに!」

巨体を縛る鎖が増える。


「アイスレイン!!」

氷の礫が次々に刺さっていく。


「セインフォース!!いっけぇぇぇ!!!」

光を纏った剣が、巨体の首を綺麗に落とした。



首を失った巨体が重い音を立てて倒れた。

光体を出す魔法をエレオラ様が唱えると、間違いなく翼竜である事が確認出来た。

瞬時に気持ちが沸き立ち、足の力が抜けていく。


一瞬覚悟した死が、多大な安堵をもたらしていく。


「大丈夫ですか?」

笑顔で手を差し伸べてくれる聖女様。

同じく笑って手を取ろうとしたら、



その向こうの暗闇から、別の翼竜がこちらをじっと見ていることに気づいて息を呑んだ。

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