第4話 旅の始まり

出発は明日の早朝。

危険な仕事を受けてくれたお礼だと、皇子様は自分達と同じ宿の部屋を取ってくれたらしい。


「すごいね、ミィ。ふわふわしてる」


ミィ、と嬉しそうな声を出して、ベッドの上でコロコロ転がるミィを撫でる。


部屋には湯殿があり、両親が生きていた頃以来の風呂は身に染みて、ひとときの幸福を味わった。

夕食も食べた事がないような料理が運ばれて来て、涙が滲むほどに美味しかったのを僕はきっと一生忘れない。


ミィの喉を撫でる。

ゴロゴロと心地いい音を奏でた。


「ミィ…僕と一緒にいてくれてありがとう。君がいてくれるから、僕は今日まで生きてこれたんだ」


ギュッと抱き締めると、ミィは優しく僕の顔を舐める。


「君だけは…絶対死なせない」


昔、父から翼竜の習性について聞いた事があった。

一度狙いを定めたら、その生き物が死ぬまで追い詰めるという。


順調に行けば明日の夜には渓谷に着く。


依頼が成功しなければ…僕の命は無いだろう。





「ねえ!その子、触ってもいいかな?」


早朝、準備を終え街を出た所で、異世界の聖女であるミナがソワソワしながら話しかけてきた。


「ミィの事ですか?」


ミィを抱いてみせると、聖女様は目をキラキラさせて激しく首を上下に振った。


「ミィ、聖女様が君の事触ってみたいそうなんだ…いいかな?」


伺いを立てるとミィは愛らしい声で、ミィ、と鳴いた。


「いいみたいです。どうぞ」


ふわああっと声をあげながら恐る恐るミィの前に手を出して、頬に触れる聖女様。

ミィも心地良かったのか、撫でられているうちにゴロゴロと喉を鳴らす。


「…抱いてみますか?」

「えっ!いいんですか!?ぜひ!」


さっきよりも更に慎重にミィを抱っこした聖女様は、蕩けるような笑みを浮かべゆっくりとミィを撫でた。


「…私の家、猫飼ってて…あ、あの、従魔術師さんみたいな従魔じゃなくて、普通の猫なんですけど…手触りや、鳴き声も懐かしくて…その…わっ!」


話しながら段々と涙声になっていく聖女様の頭を、ラクスさんがくしゃくしゃと撫でている。


「まったく、泣き虫聖女様の二つ名は返上ならずだな」

「な、泣いてない!あ、やめて!ミィちゃんがっ、ミィちゃんが!」

「はっはっはっ、しっかり守っとけー」


2人のやりとりに思わず笑いが溢れた。

こんな風に誰かと一緒にいて、穏やかな気持ちになるのはいつぶりだろう…。


「従魔術師さん、笑顔が似合う人だ」


聖女様がふわりと笑った。


「お前はまた、変な事言うんじゃねぇよ」


ラクスさんが聖女様をコツリとつつく。

少し離れた後方からこちらを見つめるルーカス殿下とエレオラ様も、楽しそうに微笑んでいる。


今から人を害する翼竜を倒しに行くというのに、彼らには少しの緊張も感じない。

不安な気持ちが萎んでいく。


もしかしたら、僕達は生きて帰れるかもしれない、そんな期待が胸を占める。


ミィが乗っていた肩にルーカス殿下が手を置いた。


「大丈夫、必ず倒してみせるよ」


その自信に溢れた瞳に、僕は希望の光を見た。

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