AUGUST LASTDAYS


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選択肢分岐です。




選択肢1を選んだ方はそのまま読み勧めて。




2を選んだ方は次のページへ行ってください。




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1:いいよ。と引き受ける。


「いいよ。引き受けるよ」


数秒迷って、俺はうなずいていた。


【空美】

「っ!い、いいんですか!?」


神田さんがキラキラと目を輝かせて聞いてくる。


もちろん、と俺はうなずいた。


「ただ、ボーカロイドっぽい曲は作ったことないから、少し時間がかかるけどいいかな」


【空美】

「大丈夫です!全然大丈夫です!やったー!」


神田さんが無邪気に喜ぶ。


その可愛らしい姿に、俺は頬を緩ませていた。





その翌日から俺はバイトのシフトを減らし、音楽に当てる時間を増やした。


主にギターの練習をしたり、思いついたフレーズを弾いてみたり。


そんなある日の日曜日の朝だった。


インターホンが鳴らされたので、家賃の取り立てかと思ってドアを開けたら。


【空美】

「おはようございます!」 


まさかの神田さんが制服姿で立っていた。


「え、神田さん!?」


【空美】

「えへへー、来ちゃいました!」


「来ちゃったって……どうしてうちが?」


今まで俺が神田さんを送ることはあっても、その逆はなかったはずである。


会話でも、俺の家の場所なんて教えていなかったはずだ。


それなのに、どうしてうちに来られたんだろうか。


【空美】

「昨日、尾けちゃいました♪」


「つ、つけ!?尾けたの!?」


【空美】

「とりあえず、入っちゃっていいですか?」


「い、いいけどさ。本当に尾けたの?いつ!?」


【空美】

「……冗談ですよ。ーーさん、昨日おうちで呟いたでしょ?本当はTwittarの位置情報がオンになってたから分かったんですよ」


「え、うそ。まじ?全然気づかなかったんだけど。個人情報バレバレじゃん…….どうやって直すの?」


【空美】

「中に入れてくれたら教えてあげまーす♪」


「はいはい……汚い部屋だけど勘弁してね」


実は先日、俺はスマホを買い、Wi-Fiの回線と契約した。


おかげで家で呟けるようになったから呟いてみたんだが……初期設定で位置情報がオンになってたんだな。


まあ、鍵垢でフォロワーも神田さんと桜ちゃん、山本さんしかいないし。


ちなみに神田さんはみそらちゃんのアカウントがあるが、流石にそこで繋がるのはリスクが高い。

みそらちゃんは誰もフォローしてないし、そんな中でよくわからない鍵垢だけフォローしてたら怪しすぎるだろう。


って、そんなことはどうでもよくて。


「神田さん、ご家族にはちゃんと話してるの?俺の家に来るって」


【空美】

「大丈夫です。桜ちゃんのおうちにお邪魔するって言ってあるので!」


「いや全然よくないからね?」


常識的に考えてやばいでしょ。


友達の家に遊びに行くっていった娘が、フリーターの元ミュージシャンの男の家に遊びに行ってるなんて。


ミュージシャンから落ちぶれたフリーターって、考えうる限り最悪のダメ男じゃないか。


……自分で言ってて悲しくなってくるな。そろそろハローワーク行ってちゃんとした職を探そうかな。


それはさておき、その日から神田さんは毎週のようにうちに入り浸るようになった。


もちろん、土曜日の約束も継続している。


つまり週末は全て神田さんと会っていることになる。


恋人でもないのにこの頻度で会うのはどうなんだろうか。


一度その点を問いかけてみたら。


【空美】

「わたし、――さんといるの楽しいので大丈夫ですよ。――さんはわたしが来るの、嫌ですか?」


無論、俺だって神田さんと二人で過ごす時間はとても楽しい。


学生時代の俺にとっての練習の時間にも等しい至福の時間だ。


だからそんな、うるうるとした上目遣いで言われたら断れるはずもなくて。


「た、楽しいよ……」


そう答えざるを得ないのだった。


【空美】

「ありがとうございますー!」


すると、神田さんが無邪気に飛びついてくる。


いや、計算づくの行動だろうな。


うちに通いだしてから、神田さんはどうも俺にアピールをしているようなケがある。


これはうぬぼれとかじゃなくて、兆候は前からあった。


特にあのステージでの桜ちゃんとの掛け合いなんて、決定的だろう。


俺に好意を抱いているのは明白だ。


それを受け入れるにせよ拒絶するにせよ、彼女との関係はいつかハッキリさせなきゃならないと思っている。


しかし、どうも踏ん切りがつかず、何も言わない彼女に甘えてウヤムヤにしてしまっている。


問題は彼女が俺に抱いてる感情が、憧れなのか恋なのか判別がつかないことか。


だからどう対応すれば──いや、違うな。


問題はいつまでもフラフラとして情けない俺だ。


自分だって神田さんと同じ気持ちを抱いてるはずなのに、近づかれれば近づかれるほど情けない気持ちになるのは、俺が俺に自信がないからだ。


そろそろ、俺も受け入れるべきなのかもしれない。


俺はもうミュージシャンじゃない。


神田さんのおかげで鈍くなっているが、結局俺がフリーターのろくでなしであることに違いない。


それを受け入れて、何とか高卒でも働ける職を探して、安定した収入を得るべきか。


拒絶するにせよ受け入れるにせよ、胸を張って応えられるようになりたい。


今度、ハローワークにいってみるか。


そう思って翌日から職を探し始めたものの、やっぱり世の中とは厳しいもので。


【係員】

「はい、――さんね。年は23。高卒で現在フリーター。ちなみに前はどんなお仕事をされていたんですか?」


「バンドマンをやってました?」


【係員】

「ふむふむ……では運転免許とか、なにか資格は持ってますか?」


「資格ですか。英検の4級なら……」


【係員】

「あー……それはちょっと使えませんね。資格なしですと、選べるお仕事も限られちゃいますね……それですと、職業訓練を受けるのもいいと思うんですが、どうされます?」


高卒バンドマン資格スキル社会経験学も無しの人間を受け入れてくれる会社なんてそうそうあるはずがなくて。


俺は給付金を受け取りながら、IT系の職業訓練を受けることになった。


数年ぶりにする勉強はとても難しくて頭がパンクしそうだが、受講場には俺と似たような境遇の人もそれなりにいて、友達もできた。


それでも勉強は決して楽しいとは言えないし、コンビニのバイトもしながら続けるのは大変だったが、全ては神田さんのために。そんな目標があるだけで頑張れた。


というわけで就職活動の方は難航していたわけだが、一方で音楽活動の方はとても順調だった。


俺が職業訓練を始めてから数ヶ月の時が経ち。


神田さんは高校三年生に進級し、俺は春に迎えた基本情報技術者試験の勉強に追われていた。


春休みに入った彼女と俺は、新たに買ったちゃぶ台の上で一緒に勉強をしていた。


俺は基本情報技術者試験のテキストを、彼女は春休み明けの実力テストの勉強を。


場所はもちろん俺の家だ。


【空美】

「そういえば、昨日とうとう登録者が四十万人を超えたんですよね」


ノートにペンを走らせながら、神田さんが不意に呟いた。


「まじ?すごいじゃん!」


俺は取り組んでいたテキストから顔をあげて、喜びの声をあげる。


さらっと言われてしまったが、とんでもない報告だった。


【空美】

「えへへ、それもこれもーーさんが作ってくれたオリジナルソングのおかげですよ!」


「そうかな?神田さんが可愛いからじゃない?」


【空美】

「えー?そんな褒めても何も出ないですよもう……」


俺がみそらちゃんと組んでからしばらく、彼女はTwittarのつぶやきを増やしたり、コンスタントに動画をあげたりして、着実に登録者数を増やしていった。


一部で『ついにみそらちゃんが本気を出したか?』なんて騒がれ、ファンの熱がたかまってきたところで。


彼女はついにオリジナルソング、『キミトミタソラ』をアップロードした。


それは俺が作曲した曲で、「出会い」をコンセプトに作った緩急のある曲だ。


初めは激しいボカロ調の曲をと思ってたのだが、やはりみそらちゃんといえばラブソング

が売りだ。


だから俺と神田さんが公園で再開したあの日。それをイメージして作った。


ちなみに作詞はみそらちゃんである。


本当は当初頼まれた通り、俺が作詞もやるつもりだったんだが、最初に創る曲は共同で作りたいと頼まれ、急遽彼女に任せることになった。


今思えば、それが正解だったのだろう。


みそらちゃんが自分で書いたからこそ、その思いが伝わってくるようだとファンの人が喜んでくれていたから。


オリジナルソングの告知も一週間前まで伏せたり細かい工夫も重ねた結果、それが大ヒットして登録者が一気に増えたのだった。


しかし、本当にファンの心を燃え上がらせたのはオリジナルソングじゃない。


その日、彼女はとあるサプライズを仕掛けていた。


それはみそらチャンネルの実写化である。


実写といってもスタジオでマイクを持って歌っていただけで、ダンスなどはしていない。


ただ、それが必勝の一手だった。


神田さんの容姿は贔屓目抜きに見ても美しい。


それにミステリアスだった彼女が姿を表したことで話題性も生んだ。


作曲したものとしては悔しいが、それが爆破的ヒットの大部分を担っていたのは間違いない。


とはいえ、結果としてそうなっただけで、みそらちゃんの知名度が上がるのは自分のことのようにうれしかった。


そして、俺は気づいた。別に無理して表で目立たなくたっていい。影で誰かを支える曲が作れるだけで幸せなんだって。


ちなみに俺の名前は伏せてもらった。


神田さんはぜひこれを機にデビューしようと言ってくれたが。


俺はそのころにはもう、真っ当に生きると決めていた。


少しでも就職に不利になりそうな要素は残したくなかったのだ。


というわけで、作曲者は俺の名字と名前をアルファベットの頭文字でつなげたもので表記してもらった。


本当はみそらちゃんが作ったことにしてくれればよかったんだけど。


そこは彼女が頑として譲ってくれなかった。


【空美】

「わたしが作ったことにするなんて、絶対に嫌です!」


あんなに怒鳴った神田さんをみたのは久々だ。


そういうわけで、あれから何度かオリジナルソングをリリースしたが、作曲者はすべて匿名で通してもらっている。


そのことについて神田さんは釈然としない様子だったが。


匿名だからこそ楽しいこともある。


例えば、謎の作曲者について『みそらちゃんとどういう関係なのか』『いったい何者なのか』と議論されている様子を見るとかね。


それよりも、大変だったのは神田さんの方だ。


なんせ、オリジナルソングはミリオン再生を超えている。


顔出しした動画がそこまで有名になってしまったのだ。


当然、視聴者に学校の知り合いがいてもおかしくはない。


さっそく身元がばれ、神田さんは後日生徒指導室に呼び出されてしまったらしい。


そこで注意を受けたらしいが。


【空美】

「どうしてですか?わたしは何も悪いことはしていませんけど」


そう毅然と言い返して、今後も健全な動画を上げ続けるかつ、成績を全く落とさないという条件で認めさせたそうだ。


そうだ、大事なことをいい忘れていた。


神田さんとしていた演奏を聞かせるという約束だが、あれもちゃんと果たしておいた。


もっとも、コンサートホールを貸し切ったりライブハウスでやったり、大々的にしたわけじゃなくて、カラオケで弾き語りしたくらいだけど。


それだけでも神田さんは喜んでくれたのでオッケーだ。


【空美】

「っと、そろそろ時間だ。わたし、行かないと」


スマホをチェックし、神田さんが荷物を整える。


「あれ、もうそんな時間?部活、頑張ってね」


【空美】

「はい!行ってきます!――さんはこのあとギターの練習ですよね?頑張ってくださいね!」


「うん、ありがとう。いってらっしゃい」


パタパタと出ていく神田さんを手を振って見送る。


iTubeに動画を上げていたことがバレても、神田さんは合唱部を続けていた。


というかむしろ、身内に潜んでいた意外な実力者として大歓迎されてしまったらしい。


神田さんは昔、合唱部で熱意を出しすぎて失敗した過去があるため、合唱部での活動に本気で取り組むことができなかった。


あの時発表会で彼女に感じた、やりづらそうにしていた様子の正体はそれだったんだろう。


桜さんはそれを早々に見抜いていて、ずっと気にかけていたらしい。


けど今はそんな葛藤も乗り越え、のびのびと練習出来ているそうだ。


彼女の高校の合唱部はコンクールとかにあまり力を入れておらず、それよりも定期的に行う独自の発表会、この前のように各々でやりたい演目を決めて練習するというのがメインな活動らしい。


そういう伸びやかで自由な活動方針も性に合っているんだろう。


チームだって彼女の熱意についていける人だけで組めばいい話だ。


今度春休みの最終日に、再びあのホールで発表会をするそうだ。


今度は演劇で、桜さんとともに主演をやるんだとか。


その日は神田さんに絶対見に来てくださいね!と言われてるので空けてある。


今回も山本さんと一緒に行くつもりである。


今から楽しみだ。


「さて、俺は……っと」


神田さんがいなくなったら、俺は勉強をやめてアコギを手に取る。


あの日以来、俺はギターを握る日を欠かさなかった。


どんなに忙しい日でも最低十分は触っていた。


手元に置いてあるピックを掴み、すべての弦を一気に鳴らす。


チューニングにずれがないことを確認したら、次は左手で弦を抑えてフレーズを弾いてみた。


弾いてるのは俺とみそらちゃんの始まりの曲、『キミトミタミライ』である。


最初は一定のリズムで弾き、サビに入るに連れ抑揚のあるリズムを刻んでいく。


途中、スマホが鳴ったので手にとって開く。


神田さんからメッセージが来ていたようだ。


【空美】

『今日のお外、とってもあったかいです😊ずっと家にこもってると息が詰まっちゃいますし、もしよかったらーーさんもお散歩に出てみてはどうでしょうか???わたしも登校という名のお散歩中です!👣』


メールのやりとりなんて数え切れないほど交わしてきたのに、どうして未だに見るたびに顔がニヤけるんだろう。


『そうだね。夕方になったら出てみるよ』


返信を送り、スタンプが返ってくる。


それだけで感じられる幸せは、なんてリーズナブルなんだろう。


スマホを起き、再びギターへ戻る。


目をつむり、思い浮かべるのは神田さんの笑顔。


彼女には感謝してもしきれないことばかりだ。


彼女が俺を引き戻してくれた。音楽の道へと。


一時期、灰のように沈んでいた俺に活を入れてくれた。


生きる希望となってくれた。


その恩は一生かかっても返せないくらいに大きい。


今が永遠に続くなんてことはありえないけれど。


俺が弾き、彼女が歌う。


今はこの幸せを噛み締めていたい。


そう願っていた。












――――ノーマルエンド「君と過ごす幸せ」――――

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