AugsutDay5-3
それから順調にプログラムは進んでいき、最後に全員での合唱を終えて発表会は終了となる。
閉じていく幕に合わせて盛大な拍手を送る。
【山本さん】
「ふう。俺、正直所詮学生の出し物だって馬鹿にしてたけど、なんか思ったより良かったな」
「ですね。俺は特にブレーメンの音楽隊が良かったです。山本さんもですよね」
【山本さん】
「なんで決めつけてんだよ。……いや、まあそのとおりなんだけどさ」
照れくさそうに山本さんは後頭部を掻いていた。
山本さんのそんな様子に俺は笑い声を上げる。
その後、俺たちはエントランスのソファで帰っていく人たちを横目に余韻に浸っていた。
【山本さん】
「いやあ、合唱っていえば俺学生の頃はサボってばっかだったんだけど。大人になってみるとすげえもったいないことしてたなあって思うわ」
「俺もサボってばっかだったんで同じ気持ちです」
【山本さん】
「え、まじ?お前音楽やってたし、むしろ真面目にやってそうなイメージなんだけど」
「はは、あのころは自分たちの音楽に夢中だったので……合唱なんかやってる暇はないって思ってましたから」
【山本さん】
「なんだそりゃ──っと、桜からライン来たわ。反省会終わったからこっち向かうってよ」
「オッケーです」
反省会か。公演が終わってから大体一時間ほど経ってるから、結構たっぷりやったんだな。
「そういえば、あの子って大丈夫だったんですかね」
【山本さん】
「あの子?」
「ほら、途中で山本さんが言ってた俺達の方を見てた子です。あの子、結局最後までこっちばかり気にしてやりづらそうにしてましたけど……怒られたりしてないかなって」
【山本さん】
「そういえばそうだな。にしてもあの子、なんで俺たちのこと見てたんかね。財布の中身すっぱ抜かれてないか気にしてたとかか?」
「んー、そうですかね?」
ちなみにあの子はブレーメンの音楽隊の歌唱部隊にいたが、そのときも気が気でない様子だった。というか、出演場面はずっとこちらを伺っていた。
たかが財布くらいで──いや、気になる気持ちはわかるが。高校生の財布なんて、たかが数千円の現金とポイントカードくらいしか入ってないだろう。その程度の金額であんなに最後まで動揺するだろうか。
俺だったら、途中で気持ちを切り替えてパフォーマンスに集中する。少なくとも桜さんに突かれた時点で。
それがアーティスト、ミュージシャン、いずれにしても人を音楽で楽しませる者としての責任だと思うんだが。それとも、彼女は所詮学生だったってことだろうか。
なんか引っかかる。深く考えすぎか?
【桜さん】
「あ、お兄ちゃん!」
顎に手を当て考え始めたところで、桜さんが廊下の方から歩いてくる。
天然パーマにショートカット、まんま公演前に廊下で見た容姿と同じだ。
【山本さん】
「おう、桜。あの劇、良かったぞ」
山本さんが手を上げて応える。
素直に演技の質を褒めたのは、妹に対する処世術ってやつだろうか。
【桜さん】
「えへへ、でしょー。いっぱい練習したんだから!ところで、こちらの方は?」
【山本さん】
「俺の職場の同期。――だよ」
【桜さん】
「職場って、お兄ちゃんフリーターでしょーが」
【山本さん】
「お、いいのかそんなこと言って。こいつも俺と同じフリーターなんだぞ?」
【桜さん】
「あ、や!そういうつもりじゃなくて……すみません」
「あはは、いいよいいよ」
慌ただしい様子で頭を下げられ、俺は苦笑して両手をあげる。
「えっと、さっき紹介してもらったばかりだけど、山本さんと同じ職場でバイトしてます、――です。よろしくね」
【桜さん】
「あ、いえこちらこそ!山本桜といいます!いつもフテイな兄がお世話になってます!」
フテイ? 不肖といいたいんだろうか。
【山本さん】
「桜、フテイじゃなくてフショウな、不肖」
【桜さん】
「う……すいません。いつも不肖な兄がお世話になっております」
【山本さん】
「ついでに言えば不肖な、じゃなくて不肖の、な」
【桜さん】
「あーもーうるさい!お兄ちゃん嫌い!」
【山本さん】
「はは、相変わらず国語ダメだなあお前。そんなんでテストとか大丈夫か?」
【桜さん】
「失礼な。勉強ならしてますよーだ」
山本兄妹の仲睦まじい争いを、俺は優しい目で眺めていた。
失礼な話、容姿はあまり似てないが(男女だから当然だが)性格はなんとなく似通ってるところがあるな、この二人。
特に頭に血がのぼるとすごい勢いで捲し立てるところとか。
【山本さん】
「っと、口喧嘩はこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうぜ。桜、お前の友達はどこにいんの?財布落としたっつー」
【桜さん】
「へ?あ、あー、くみちゃん?くみちゃんはまだ楽屋だと思う。今日一人だけ様子おかしかったから、残らされちゃってるんだよ」
山本さんの言葉で、熱くなっていた桜さんがはっとしたように言った。
そっか、あの子はやっぱり怒られてしまっているのか。
まあ、あの体たらくじゃ仕方ないとは思うが、音楽が嫌になるほど絞られなきゃいいんだけど。
それにしてもあの子、くみちゃんって名前だったんだな。
どっかで聞いたことあると思ったら、神田さんと同じじゃないか。
【桜さん】
「でも今日のくみちゃん、本当になにかおかしかったんだよね。ずっとお兄ちゃんたちの方ばっかり気にして。そんなにお財布が気になったのかなあ、お兄ちゃんたちが預かってくれてるって言っておいたのに」
【山本さん】
「そりゃ気になるだろ。お前の友達と俺達は面識ねえんだし。いくらか抜き取られてるって思ったりするだろ普通」
【桜さん】
「はあ?くみちゃんはそんな邪な発想する子じゃないし!」
【山本さん】
「いやそう言われても俺くみちゃんのこと知らねえし。つーか邪なんて言葉よく知ってんな」
【桜さん】
「バカにすんなー!」
喧嘩するほど仲がいいっていう言葉は本当なのかもしれない。
ふとした拍子からまた二人の言い合いが始まってしまう。
それを傍らで聞きながら、俺は公演のパンフレットを取り出す。
おそらく杞憂、俺の思い過ごしの可能性も低くはないが。
同じ制服、同じ名前、かつ歌を歌う。
ここまで共通点があってその結論に至らないほうがどうにかしている。
もし俺の予想が正しければ、あの子が俺を気にしてた理由もわかる。もちろん、トイレの前で俺を見て慌ててた理由も。
……俺の知ってるあの子とは、あまりにも容姿が正反対すぎるが。
パンフレットの全員の名前が載っている場所を指でたどる。
出演者は五十音順に載っている。
桜さんを探していたときは後ろからたどっていたので見つけられなかったが、今度は先頭から。
そして俺が目的の名前を見つけたところで。
【桜さん】
「あ、先生お疲れ様でしたー!」
桜さんがスパッと口喧嘩をやめて、廊下から歩いてきた女性に声をかける。
スーツ姿の長身な女性、確か全体曲で指揮者をしていた人だ。
【先生】
「お疲れさまです、山本さん。そちらは保護者の方ですか?」
【山本さん】
「どうも、桜の兄です。いつも妹がお世話になっております」
【先生】
「いえ、こちらこそお世話になっております。お兄様は桜さんの舞台をご覧になられましたか?」
【山本さん】
「ええ、拝見させていただきました。日々の努力が伺える素晴らしい演技でしたね」
【先生】
「それはよかったです。ふふ。桜さん、いつも遅くまで残って練習していた甲斐がありましたね」
【桜さん】
「あ、えっと……そんな、それほどでも」
すごいな山本さん。
先生が来た瞬間に別人のように態度を入れ替えてる。
あの人、博識だし要領いいし仕事できるし、まともに働いてたら成功していたんじゃないだろうか。
こんなこと、本人には口が裂けても言えないが。
【桜さん】
「そ、それより先生。空美ちゃんって今どこにいるんですか?」
【先生】
「神田さんですか?さっき話が終わったばかりなので、もうそろそろ帰る頃だと思いますが……」
【桜さん】
「てことは、まだ楽屋にいるってことですか?」
【先生】
「そうかもしれませんね。楽屋にいくなら、神田さんが残ってたら早く帰るように言っておいてください。最後に忘れ物や不備がないか、点検に行きますので」
【桜さん】
「わかりました、ありがとうございます」
桜さんが頭を下げる。
【先生】
「お兄様がいるから大丈夫だとは思うけど、暗くなる前に早く帰りなさいね、桜さん。では、失礼します」
先生も山本さんに会釈してその場を去っていく。
俺はパンフレットを見たまま呆然としていた。
神田 空美。
これはもう疑いようがない。
そうか、三編みの子は神田さんだったのか。
【山本さん】
「おーいーー。行くぞ」
「へ?」
【山本さん】
「へ?って、話聞いてなかったのか?こいつの友達迎えいくから楽屋行くぞ」
「あ……あ、はい。わかりました」
まだ衝撃から抜けきってないまま、生返事をして山本さんと桜さんの後についていく。
【山本さん】
「知ってるか桜。こいつ、実は元プロのミュージシャンだったんだぜ」
【桜さん】
「え!?そ、そうだったんですか!?」
「あはは……一応、昔はね」
【桜さん】
「わあ、すごいなあ……あの、どんな楽器やってたんですか?」
「ギターだよ。一応バンド組んでたんだ」
【山本さん】
「あとヴォーカルな」
【桜さん】
「バンド!しかもボーカル!?めちゃくちゃすごい!ライブとかしてたんですか!?」
「まあ一応ね」
【桜さん】
「わあ、すごいなあ。CDとか出してたりします?」
「一応出してるけど……今売られてるかな」
途中そんな会話を交わしている最中も、俺は神田さんのことが気になって気が気でなかった。
とはいえ、廊下から楽屋までさほど遠くはない。
話題が切り替わる間もないほどあっという間に到着し、楽屋に入ってみるが。
【桜さん】
「あれ?空美ちゃんいないなあ」
楽屋の中はもぬけの殻だった。
室内に残ってる生徒は見当たらない。
しかし。
【山本さん】
「おい、あれお前の友達の荷物じゃねえの」
壁に着くように設置されたカウンターテーブルの端に置かれた、学校指定のものらしきカバン。
神田さんが肩にかけていたのを何度か見たことがある。
【桜さん】
「あ、多分そうだ。カバン置いたままでどこに行っちゃったんだろ。トイレかな」
桜さんが顎に手を当て、不思議そうにつぶやく。
しかし俺は、神田さんがどこにいるのかなんとなくわかっていた。というか、耳を澄ませば聞こえてくる。
聞き覚えのある歌声が。
楽屋から舞台の方へ上がってみる。
するとそこには。
【神田さん】
「──きみのこえが♪」
スマホを舞台そばに置き、とあるボーカロイド曲の音源を流し──
【空美】
「きみのかおが♪」
優雅に、流れるようにステップを踏み──
【みそら】
「ねえ、好きって言って、好きって言って♪」
無人の観客席へ向けて、楽しそうに歌う神田さんの姿があった。
その歌声は透き通るように美しくて。
かつて、毎分のように聞いていて。初めてファンになった歌い手のそれで。
「みそら……ちゃん?」
俺は無意識にその名を呟いていた。
【神田さん】
「っっっっっっ!?」
俺の声は大音量の音源にかき消された。
それなのに彼女が声にならぬ叫びを上げたのは、回るようなステップを踏んだ目線の先に
俺がいたから。
神田さんと目が合う。
今の彼女はメガネを外し、三つ編みも解いた俺の知るいつもの神田さんだった。
すごいな女の子って。
ほんの少し髪型とアクセサリーを変えるだけでこんなにも見違えるんだな。
【空美】
「ーーさん……」
彼女の声も曲の音に呑み込まれる。
しかし唇の動きから内容はなんとなくわかった。
きっと俺の名を呼んだのだろう。
神田さんがスマホの音源を消す。
静寂が舞台を包む。
閑散とした舞台で、二人数秒見つめ合う。
やがて先に口を開いたのは俺だった。
「……続き、聞かせてよ」
【空美】
「え?」
「俺、君のファンなんだ」
神田さんが不思議そうに首をかしげる。
だがすぐに俺の言わんとすることがわかったのだろう。
彼女は軽く目を見開いたあと、悟ったような笑みを浮かべた。
【空美】
「……気づいてたんですか?」
「まぁ、歌ってるところを聞けばね。なんとなくそうなのかなって。でも今の君の答えでハッキリしたよ」
今思えば兆候はあった。
神田さんがみそらちゃんに対して微妙な反応を見せていたこと。
最初はみそらちゃんのことが嫌いだからだと思っていたが、違った。
あれは名前の違う自分を褒められてどう反応すればいいかわからなかったんだ。
というか「空美」を逆から読めばそっくりそのまま「みそら」じゃないか。
勝手に比較して僻んでいた相手が実は近くにいたなんて、実に滑稽な話だ。
「それで、続きは聴かせてくれるかな?」
思ったこと、言いたいことすべてを飲み込んで、言葉を続ける。
【空美】
「あ……はい。わかりました。ちょっと待ってください」
神田さんは戸惑いながらもうなずき、深く息を吸って吐く。
何度かそれを繰り返した後の彼女は、アーティストの顔になっていた。
【みそら】
「それでは、行きます」
一言宣言し、みそらちゃんはスマホの音源を起動する。
みそらちゃんが踊り、歌う。
生で聞く彼女の歌声は、動画で聞く何杯も清らかに聞こえて。
動画には載せていないがダンスも自分で考えたんだろう。よどみなく舞う彼女は天女のように優雅で。
俺は──
1:妬ましいと思った。
2:美しいと思った。
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