AugsutDay5-2

「おまたせしました」


【山本さん】

「おー、随分遅かったな。腹でも壊したんかー?」


「ええ、まあそんな感じです」


ホールへ戻ると、山本さんはいまだにスマホをいじっていた。画面から察するにツイッターを見ているようだ。


「なに見てるんです?」


【山本さん】

「んー? みそらちゃんのツイッター。なんかカラオケ行ったら知り合いに遭遇してびっくりしたって呟いてるぜ。いいなあ、みそらちゃんとカラオケとか絶対楽しいじゃん」


「ああ、みそらちゃんですか……」


心底羨ましそうに言う山本さんに、俺は自分の顔から熱が逃げていくのを察する。


みそらちゃんの動画を見るのをやめた辺りから、実は彼女のツイッターもミュートしているのは内緒である。


「あ、そうだ山本さん。さっき廊下で多分妹さんに遭遇したんですけど」


妙な空気になる前に話を逸してしまう。


【山本さん】

「お、マジ? ──って、お前桜のこと知ってんの?」


「パンフレット見ましたし、一緒に話してた子が名前を呼んでたので。ショートカットで天然パーマの子ですよね」


【山本さん】

「あー、そうそう。それ間違いなく桜だわ。あいつとなんかあったん?」


「いえ、喋ったりはしてないんですけど。ちょっと落とし物を拾って──」


【山本さん】

「落とし物? あいつの?」


「いえ、一緒にいた子のかもしれないんですけど……」


そういって俺はポケットから先ほど拾った財布を取り出し、手渡した。


【山本さん】

「おっけ。じゃああいつに開いてみるわ」


その財布の写真を撮り、山本さんはスマホを操作する。


RAINで桜さんへの確認を取ってるんだろう。


会話内容を覗き見るのは失礼だと思い、目を逸らす。


【山本さん】

「あー、この財布あいつのじゃなくて友達のだってさ」


「ほんとですか?」


【山本さん】

「おう。今友達と探してたとこだってよ。本番近いから全部終わったらエントランスで待ってるからそこで渡してくれってさ」


「え。それって俺もですか?」


【山本さん】

「そりゃ拾った張本人なんだからお前もだろ。なに、なんか不都合でもあんの?」


「あ……いえ、そんなことはべつに」


【山本さん】

「じゃあいいだろ」


お宅の妹さんたちに不審者と思われてるので行きたくないです。


とは言えず。


「……ですね」


俺は遠い目で頷くのだった。






それからほどなくして、会場が突然暗くなり、ステージを隠していた幕が上がる。


どうやら公演開始の時間になったようだ。


幕が上がり、神田さんと同じ制服を纏った生徒がたくさん現れる。


ステージ上と緩くカーブがかった三段のひな壇に等間隔で生徒が並んでいた。


ひな壇から見て正面には指揮台があり、そこにスーツ姿の長身な女性が立っている。


きっと合唱部の顧問の先生だろう。


合唱部って指揮から伴奏まで全部生徒がやるってわけじゃないんだな。


見たところ伴奏は生徒がやってるっぽいけども。


指揮者がこちらへ向けて頭を下げると、続いて壇上の生徒、伴奏者も深くお辞儀する。


全員が頭をあげると、鷹揚や仕草で指揮者が振り向き、ビシッと両手をあげる。


それだけでこの場の空気が引き締まる。


指揮者が手を振り始めると同時、伴奏が流れる。


アップテンポでタンタンッと飛び跳ねるような軽快な曲調だ。


伴奏が終わったら歌唱部に入るが、歌詞もどこかポップな雰囲気を感じさせるようなものだった。


プログラム的に最初の曲は校歌のはずだが、随分ポップな校歌もあるんだな。


俺の母校は単調で堅苦しい賛美歌みたいな歌だったので、聴いてて新鮮だ。


その他にもアルトとソプラノが互いに引き立て合う歌声や、全くブレない伴奏も耳に心地よい。


なんだ、山本さんは所詮学生と侮っていたが、全然レベル高いじゃないか。


合唱なんて今まで全く聞いたことの無いジャンルなだけに、一音一音驚きがある。


気づけば俺は、目を瞑って左足でりずむリズムをとっていた。


音楽を楽しいと思っていた。


その時だった。


【山本さん】

「おい」


控えめな声量の呼びかけと共に肩をつつかれる。


「っ……なんですか」


心地よかった瞬間を邪魔され、ムッとした気持ちで答える。


まだ演奏中なんだが、どうしたんだろうか。


そう思っていると、山本さんが眉を潜ませ言った。


【山本さん】

「いくら退屈だからって寝てんじゃねえ」


「寝てません! 集中して聞いてただけです」


【山本さん】

「そ、そうだったのか。それはすまん……」


まったく、失礼な話である。


どうしてこんな素晴らしい演奏を聞き逃さなくてはならないのか。


そもそも、俺はどんな拙い演奏だろうと敬意を持ってキチンと聞く。こんなでも元ミュージシャンの端くれなのだ。それなりにプライドがある。


まぁ、こうして話してる時点でちゃんと聞いてないって言われたらそれまでだが、そこは周りの席に人もいないし限りなく声も落としたので特例ということで許して欲しい。


そんな言い争いをしているうちに、校歌が終わってしまう。


俺は若干損した気分になりながら山本さんとの会話を切ったが、曲と曲が変わる隙間を狙ってまた肩をつつかれる。


無視するわけにもいかず、渋々目を向けると。


【山本さん】

「あそこのさ。あの桜の隣の子、なんかこっちめっちゃ見てね?」


山本さんは壇上の方を指差しながら訝しそうに言った。


「え? どこです?や


【山本さん】

「ほら、真ん中の方の──」


「真ん中? あ、ああー。確かにこっち見て……ますね」


桜さんはひな壇の真ん中の、俺から見て少し左側にいた。


山本さんが指すのは、その隣の三つ編みで眼鏡をかけた女の子。


そう、さっき廊下で驚かせてしまった子だった。


桜さん含め他の生徒の視線は指揮に集まっているというのに、彼女だけがこちらを見ている。


一応、チラチラと指揮の方も気にしてはいるが、基本的に目線はこっち。


割合的には3:7くらいか。


もしかしたら緊張でキョロキョロと目線が定まらないだけかもしれないけど──それにしてはこっちを見過ぎだ。


それにしてもいいんだろうか。


合唱における指揮といえば、バンドにおけるドラムやピアノ、キーボードのようなリズムを取ってくれる役割のはずだ。

それを見てないとなると──あ、やっぱり出遅れてる。って、桜さんにつつかれてる。


すると三つ編みの子が、あわわ。と聞こえてきそうな様子で歌に集中した。


「っくく」


【山本さん】

「はは……」


その様子が面白くて、そういう場面じゃないとわかってても、つい吹き出してしまう。


なんかいいな。こういう学生だからこそできるノリ。


俺たちも文化祭とかでライブした時は、ひどくミスったりしても盛大に笑ってたっけ。


もちろん打ち上げの話で本番の時はヒヤヒヤしてたけども。案外盛り上がってる中での些細なミスなんて気にならないもんだし、本人は堂々としてりゃいいと思うんだけど。


だめだ、三つ編みの子、今のでテンパって見るからにオタオタしてるし。


そもそもこの発表会ってみんなでワイワイみたいな感じじゃなさそうだしな。後で怒られないといいんだけど。


でも、なんだろうな。


そういうのは抜きにしても、あの子はさっきから歌いづらそうにしている。


なんかバツが悪いというか何かを我慢してるような。


そんな思考を巡らせているうちに演目は次々と進んでいって、ようやく桜さんが主演を務めるブレメーンの音楽隊の番になる。


幕が上がり、ところどころに歌を交えながら物語は進行していく。


ブレーメンの音楽隊は、年老いたロバが職を失い、一念発起して音楽隊に目指そうと大都市ブレーメンに向かう物語であるようだ。


その途中でイヌやネコ、ニワトリなどの動物に出会い、仲間になり共にブレーメンを目指すことに。


道中日が暮れて休もうとしたところ、たまたま灯りのついてる一軒家を見つけ、泊めてもらえないか尋ねようとしたが。


なんとそこは泥棒のねぐらだった。


中を覗いてみると、彼らが盗んできた金貨を分け合っているところだった。


そこで一同はなんとか泥棒を追い出せないか考える。


やがてロバがある名案を思いつくも、イヌたちは怖気付いて動けない。


そんな彼らをロバが勇気づける。というのが今のシーンだ。


まごうことなき主演の見せ場である。


【イヌ】

「ボクたちの影で怯えさせるなんて……怖くてできないよ!」


【ネコ】

「そうだよ!酷い目に遭わされるかもしれないじゃない!」


【ニワトリ】

「ボク……フライドチキンにされたくないよぉ」


【ロバ】

「大丈夫。ワタシだって怖いよ……でもね。そんな時だからこそ勇気を振り絞るんだ。勇気を出して動けば、なんだってできるんだ!」


【イヌ】

「勇気なんて……そんな都合よく出せるわけじゃないよ!ボクたちは君のように強くないんだよ……」


【ロバ】

「じゃあ強くしてあげる」


【イヌ】

「え?」


【ロバ】

「ワタシが勇気をあげるよ!」


【イヌ】

「どうやって!」


【ロバ】

「それはもちろん──音楽で!」


桜さんが勇ましく腕を振ると、これまで悲しげだったBGMが消え、曲のイントロが流れる。


それと同時に照明も明るくなる。


すごいな、思わず胸が熱くなるような演出だ。


おそらく、というか間違いなく、桜さんはこれを見せたいがために山本さんを呼んだのだろう。


呼ばれた本人もそれは理解しているようで、真剣な眼差しでステージを眺めている。


彼は何を思っているのだろう。


演劇に感嘆しているのだろうか。それともやはり、所詮学生のクオリティと肩をすかしているのだろうか。


真意はわからないが、俺は前者であると信じていた。


俺の目から見ても──というのは少々上からすぎるか。


俺個人の感想として、桜さんの演技は素晴らしいと思う。


威風堂々としていて、勇気のあるロバを見事に演じきっている。


それにミュージカル調の歌も、例えば今やってるようにソロパートも多いが、臆することなく完璧に歌いきっているし。


決して観客は多いとは言えないが、それでも一人で完璧に演じきるのは簡単じゃない。


その度量と実力には、素晴らしい以外の感想なんて出てこない。


その後、ロバの熱演によって勇気を出したイヌたちは結託して泥棒を追い出し、最後に喜びの合唱を挟んで大団円。


劇は終わりとなった。


【桜】

「──ありがとうございました!」


【一同】

「ありがとうございましたー!」


ナレーターや裏方の人も出てきて一列に並び、主演の桜さんを中心に全員で礼をして幕は閉じていく。


その途中、たくさんの暖かい拍手が会場を包む。


きっと桜さんの熱演が俺以外の人の心にも響いたんだろう。


今日一番の拍手に聞こえたのは気のせいではないはずだ。


「桜さんの演技、すごかったですね」


【山本さん】

「そうかあ? 年老いたロバって設定なのにやたらイキイキしてやがるし、甘い部分もたくさんあったぞ」


「はは、素直じゃないですね」


山本さん、悪態をついてる割にはすごい勢いで拍手してるじゃないですか。

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