AugsutDay2-2
家についてすぐシャワーを浴びて床につき、起きたのは15時を過ぎたころだった。
「……買いもん行くか」
不規則な生活で全身に気怠さが残っているが、なんとか身体を起こす。
夜勤に入っているなら仕事前に廃棄を夕飯代わりに食べるのだが、今夜はシフトが入っていない。
トイレットペーパーなども切れかけているので、買いに行かなければならないのだ。
身支度を整えると、俺は大きく伸びをしながらドアノブを捻った。
食材(といっても中身は安売りしていたカップうどんばかりだが)の入ったマイバッグとトイレットペーパーを両手に抱え、俺は公園にやってきた。
特に理由があったわけではない。
いや、それは嘘だ。
正直に言うと、ここにくれば神田さんに会えるかも……なんて気持ちが8割、いや10割はあった。
空はすでにオレンジに染まっている。
そろそろ学生は帰り出す時間だとは思うんだが。
「そう都合よく、現われるわけねえよなぁ」
この前と同じベンチに座って、空を仰ぎながら呟く。
前はこのタイミングで神田さんが現れたのだが、今回は人の気配すらしない。
このまま帰る気にもなれず、なんとなく持ってきたスマホの電源をつける。
つけたところでWi-Fiがないと何もできないのだが。
「あれ?なんか繋がってる?」
小さな画面を俯瞰して見ていると、上の方にアンテナが立っていることに気付いて、俺は首を傾げた。
設定からWi-Fiの接続先を見てみると、どうやらケータイショップが近くにあるらしく、そこのフリーWi-Fiに自動接続されていた。
「お、ラッキー」
そうか。ケータイショップでもフリーWi-Fiはあるのか。
何はともあれ、これで神田さんからのメールをチェックすることができる。
そう思ってFaisebookのアプリを開くと、やはり神田さんからメッセージが届いていた。
『ふえ!?み、みそらちゃんですか!?』
『はい。一応知ってますよ?曲もよく聞きますけど……なんていうかすごいマイナーなところ攻めますね……(*´ω`*)』
返ってきていた返信はそれだけだった。
送信時刻が30分前になっている。もしかしたら、今返せば返信が来るかもしれない。
そう思って、俺は返信の内容を考え始めた。
それにしても、なんだろうこの神田さんの反応は。
ちょっと受けが悪いような……神田さんはあまりみそらちゃんが好きじゃないのだろうか?
そもそも、みそらちゃんはマイナーなのか?
様々な疑問が渦巻く。
『俺はバイトの先輩から教えてもらったんだけど……みそらちゃんってマイナーなの?』
メッセージを送信したところで、思い出す。
そういえば、山本さんがみそらちゃんはまだ発展途上だって言ってたっけ。
俺からしたら8万もファンを集める時点で有名だと思うのだが……
返信の続きを打とうとしたところで、既読マークがついた。
だが、返信は返ってこなかった。
【神田さん】
「マイナーですよ。本当に有名な人は100万人とか普通に越えてますから」
代わりに真横からそんな声が聞こえてくる。
「うわぁ!?か、神田さん!?」
なんと、通学カバンを肩にかけ、ベンチから身を乗り出すようにして神田さんが俺のスマホを覗き込んでいたのだ。
驚いてスマホを落としそうになるが、ギリギリで持ち直せた。
ふぅ……危なかった。
【神田さん】
「こんばんは!また会っちゃいましたね♪」
にっこりと歯を見せて笑いながら、神田さんは俺の隣に座ってきた。
【神田さん】
「ーーさん!何をされてたんです?休憩中ですか?」
それから立て続けに質問を浴びせてくる。
と思ったら。
【神田さん】
「それとも?もしかして……私に会いたくてここに来てくれた……とかですか?」
質問に答える間もなく神田さんが、からかうように言ってくる。
「え……な、なんで分かったの?」
図星をつかれて、バカみたいに動揺してしまう。
すると神田さんの方も口元に手を当てて驚いていた。
【神田さん】
「うそ!?ほ、本当だったんですか!?冗談のつもりだったんですけど……」
「あ……ごめん」
羞恥心を誤魔化すために、俺は明後日の方向にうつむく。
【神田さん】
「やだ……恥ずかしい。でも、嬉しいです!」
横目に神田さんの様子を伺うと、両手で頬を挟んで悶えていた。
どうやら、嫌がられはしていないようで少し安心だ。
「えと、神田さんの方こそどうしてここに来たの?通学路?」
羞恥心が落ち着いたところで、会話を振ってみる。
【神田さん】
「えへへ。実はわたしも、ーーさんに会いたくて学校帰りにいつも寄ってたんです!」
頬を染めていうと。
【神田さん】
「まさか本当に会えるなんて思ってなかったんですけど……」
神田さんは照れくさそうにはにかんだ。
「そ、そうなんだ」
そう言われてしまうと、なんか逢引みたいで恥ずかしいな。
「ところで、神田さんはみそらちゃんのこと、あまり好きじゃないの?」
気恥ずかしさを誤魔化すように俺は口を開いた。
【神田さん】
「へ?」
「いや、さっきのメッセージの反応が微妙そうだったから、あまり好きじゃないのかなーって思って」
【神田さん】
「あー……誤解させちゃってごめんなさい。私もみそらチャンネルの歌は好きですよ?ただ、どうしてーーさんがみそらチャンネルを気に入ったのか気になって」
どうしてって、単純にいいなって思ったからなんだが。
好きになるきっかけは、大体そんなもんだろう。
【神田さん】
「今の時代、歌い手なんてごまんといるのに、どうしてみそらを選んでくれたんですか?」
力ない微笑みを浮かべて、神田さんはこちらを真っ直ぐ見据えてきた。
急に「みそら」と呼び捨てになったのが気になったが、突っ込まなかった。
「単純に色々な曲聴いてたら、ふとこれ良いなって思ったやつがあって、それがたまたまみそらちゃんだったんだよ」
【神田さん】
「そ、そうですか」
「うん。歌声も可愛いし、曲の雰囲気を出すのも上手い。聞けば聞くほどはまってくよ」
【神田さん】
「やだ。めちゃくちゃ褒めてくれるじゃないですか……」
まるで自分のことのように彼女は照れている。
「うん。だって本気で好きだし」
引きつったような笑顔を浮かべて呟く神田さんに、相槌を返す。
……いかん。
アイドルオタクが女の子に語りすぎて引かれてしまうみたいな流れになってしまったかもしれない。
「……ごめん。ちょっと熱く語りすぎたかな」
うなじに手を当てながら謝ると、
【神田さん】
「い、いえいえ!全然!ただ、こんなにべた褒めしてくれる人がいるなんて、みそらチャンネルの歌い手さんは幸せだな……って、ちょっと嫉妬しちゃいそうです」
神田さんはぷくっとフグのように頬を膨らませる。
「はは……なんかごめんね」
それに対し、なぜか謝る俺。
【神田さん】
「ふふ、冗談ですよ」
神田さんは柔らかく笑って。
【神田さん】
「わたしも嬉しいので、謝る必要なんて全然ないです!」
次に明るく笑った。
同じ笑顔なのに、別の表情みたいだ。
「嬉しいの?」
【神田さん】
「はい。だって、そもそもーーさんがうたってみたを聞いてくれたのってわたしのおかげでしょ?」
「そうだね」
【神田さん】
「だったら……嬉しいですよ。ありがとうございます」
「返事はどういたしまして、でいいのかな?」
【神田さん】
「はい!」
神田さんは勢いよくうなずいた。
【神田さん】
「ところで、この荷物なんですけど」
「ん?」
【神田さん】
「カップラーメン、多くないですか?」
話がひと段落すると、神田さんは足元に置いていた俺のマイバッグを指差し、訝しげに言った。
「うん。安かったからね」
薬局で税込90円のカップうどんやそば。
安いし旨いし日持ちもする。
自炊する気力もない俺の大切な主食たちだ。
【神田さん】
「安かったって、まさか、ご飯これしか食べてないんですか!?」
目を見開いて、神田さんが詰め寄ってくる。
「いや、毎食ってわけじゃないよ。ずっとカップ麺は流石に飽きるし」
俺は両手を上げて、かぶりを振った。
【神田さん】
「まさか、コンビニのお弁当。とかじゃないんですよね?」
ジト目でさらに近寄ってくる。
パッチリした宝石のような目に見つめられ、俺は気恥ずかしさから目を逸らした。
「…………」
すると、その様子を言い当てられたことによる動揺と見たのか。
【神田さん】
「あー!目を逸らしたってことは、図星だったんですね!」
神田さんは大きな声をあげた。
目を逸らした本当の理由は別なのだが、それを知られるのも恥ずかしいので俺は何も言わなかった。
まぁ、ほとんど廃棄商品かカップラーメンしか食べてないのも事実なので、何も言えないのだが。
【神田さん】
「そんなんじゃ栄養偏っちゃいますよ。偏りまくりです」
「それはわかってるんだけど、やめられないんだよね」
【神田さん】
「絶対やめろとは言いませんが、せめてもうちょっと野菜とか取りましょうよ……じゃないと、病気になっちゃいますよ?」
「そうだよね」
栄養については俺も考えたことはある。
このままじゃヤバイと思って、一時期は自炊したこともあるのだが。
結局、腹が満たされりゃよくね?とカップラーメン三昧に落ち着いてしまったのだ。
【神田さん】
「ーーさんは、お料理とか苦手なんですか?」
「んー。一応卵焼きとか簡単なものくらいなら作れるんだけどね。どうしてもやる気がわかなくて」
【神田さん】
「なるほど……」
雑誌とかで紹介されている華やかで美味しそうな料理とかも作りたいと思ったことはある。
だけど、材料の値段や手間を考えると、二の足を踏んでしまっていた。
やる気が出ないのは向いてないからなのだろうか。
なら、俺は料理が苦手なのかもしれない。
そう思っていると。
【神田さん】
「あの、ーーさん」
やたら強張った顔で、神田さんが呼びかけてくる。
「ん?」
【神田さん】
「その……もし、もしよかったらなんですけど……」
そこで神田さんは口ごもる。
何か言いづらいことでも言おうとしてるんだろうか。
急かさず、言葉の続きを待つ。
【神田さん】
「……やっぱりなんでもないです」
何度か口をもごもごと動かした後、神田さんはゆっくりと首を振った。
夕陽が差してるからかもしれないが、頬が赤くなっているように見えた。
【神田さん】
「それよりも、土曜日って会えますか……?」
上目遣いで恥ずかしそうに尋ねられる。
「うん。土曜日もここに来るつもりだったよ」
というか、先日の別れ際の言葉ってそういう意味じゃなかったのだろうか。
具体的なことは何も言われてなかったから不安だったが……まさか俺の勘違い?
と、内心危惧していると。
【神田さん】
「よかったです……実は先週もお誘いしたつもりだったんですけど、伝わってるか不安で……」
ホッと胸を撫で下ろす神田さん。
その横で俺も、恥ずかしい勘違いをしていなかったことに安心していた。
「うん。大丈夫、わかってるよ。この前と同じ時間に行くつもりだったよ」
なーんて、本当はもう少し早めに待機するつもりだったんだけど。
前回が15時だったから、2時間くらい早めに……ってのは気合入れすぎだろうか。
【神田さん】
「えと、それなんですけど……もう少し早めでもいいですか?」
「どのくらい?」
【神田さん】
「えっと、午前中は用事があるので、13時とか、どうでしょう?」
神田さんの提案は、ついさっきまで俺が考えていたことだった。
驚いた。まさかこんな風に思考がシンクロするなんて。
気持ち悪いと思われるかもしれないが、心が通じあった気がして嬉しくなった。
「うん。いいよ」
不自然に釣り上がりそうな口角を抑え、頷く。
でもやっぱり、俺の顔はニヤついていたに違いない。
だって。
【神田さん】
「やったー(⋈◍>◡<◍)」
ギュッと両手を握る神田さんは、あからさまに嬉しそうだったから。
俺が遠慮するのもバカらしいことかなって思ってしまったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます