AugsutDay1-2

1 まだ見つかってないと答えた。




「ごめん。まだ見つかってないや」


一瞬、君と話すことが楽しいよ。なんてキザな答えを返そうかとも思ったけど、やめた。


そんな風に満足してしまったら、人生そのものにも満足してしまいそうになったから。


【空美】

「そう……ですよね」


かんださんが残念そうに下を向く。


【空美】

「あはは。あわよくばわたしと話してる時間が楽しいって言ってくれるかなって思ったんだけどなぁ……やっぱり、そんなに甘くなかったですね」


「……ごめんね。でも、かんださんが話に付き合ってくれたおかげで、少し楽になったのは本当だよ。本当にありがとうね」


【空美】

「えへへ。それならよかったです!


かんださんはにっこりと眩しい笑顔を浮かべた。


さっきから思ってたが、この子は表情がコロコロ変わって面白いな。


【空美】

「でも悔しいので!いつかきっと、わたしといる時間が最高に楽しい時間だって言ってもらえるように頑張りますね」


「はは。また会ってくれるの?」


【空美】

「はい!ーーさんが良ければ何度でもお話ししたいです!」


まったく。


これが美人局じゃないなんて信じられられないな。


もしくは夢か。粛々とそうおもっていると。


【空美】

「……あ!そうだ!もしよかったらなんですけど、RAIN交換しませんか?」


いきなりスマホを取り出し、そんなことを言いだした。


「へ?」


【空美】

「RAINなら、いつでもおしゃべり出来ますよ?」


マジか。


そこまで俺に気を許してくれてるのかこの子は。


顔の前でスマホを掲げるかんださんをマジマジと見つめる。


正直したい。


したいんだけども。


「あー、すごく気持ちは嬉しいんだけどごめんね。実は俺、スマホ持ってなくて……」


渋々。本当に渋々と断った。


【空美】

「あ。そう……ですか」


かんださんの表情がどんよりと曇る。


しまった、勘違いさせてしまったか。


【空美】

「あはは。ごめんなさい。流石にいきなりすぎましたね」


冗談めかしたように力なく笑うかんださん。


違う。いや、いきなりなのは違わないんだけど、君は誤解をしているんだ。


「いや、嘘じゃないよ?さっきも話したけど、俺バイト暮らしで余裕がなくてさ……スマホは何年も前に解約したきりなんだ」


そう。俺がスマホを持ってないのはマジだ。


無論家にWi-Fiもないし、解約済みケータイは売っぱらって貯金の足しにした


【空美】

「あ……そっか。ごめんなさい。それなら仕方ないですよね」


「うん。ごめんね」


多分、遠回しに断られたと思っていたであろうかんださんに説明すると、彼女は納得してうなずいた。


俺としても残念極まりないのだが、こればっかりは仕方がない。


【空美】

「あ。でも、そういうことなら……」


「どうしたの?」


俺が内心ガッカリしていると、かんださんはゴソゴソとカバンの中をあさり始めた。


それからノートとボールペンを取り出すと、適当なページを破った切れ端にサラサラと何かを書いて渡してきた。


【空美】

「いつかスマホを手に入れたときのために、受け取ってくれませんか?」


「……本当に貰っちゃっていいの?」


【空美】

「もちろんです!」


快く頷いてくれたかんださんから、切れ端を受け取る。


歪に切れた紙の真ん中に、RAINとFaisebookのI.D.が書かれていた。


丸っぽい可愛らしい字だった。


【空美】

「……それじゃあ、今日のところはわたし、もう帰りますね」


「あ、うん」


【空美】

「今日は楽しかったです!ありがとうございました♪」


「うん。こっちこそ本当にありがとう」


【空美】

「はい!また来週お会いしましょう!」


【空美】

「さようなら〜☆」


最後に意味深なセリフを残すと、かんださんは大きく手を振って、はつらつとしながら帰っていった。


また来週って、7日後にここでまた会おうって意味でいいのだろうか。


本当になんなんだあの子は。


いくら親切にしても、ここまで踏み込んでくるか?普通。


もしかしなくても、俺と彼女には何かしら接点があったとしか考えられなかった。


彼女は初対面だと言っていたが、そうとしか考えられなかった。


まさか俺のライブに客としてきてくれていた?


いや、それはないか。


音楽をやっていたと告白したときの彼女の反応は、とても俺のことを知っていたという風ではなかった。


学生時代までの記憶も思い返してみるが、彼女のような女の子は見覚えがない。


まあ、わからないならいいか。


今度あった時に聞いてみればいい話だ。


「……とりあえず、来週の土曜日は空けておこう」


てくてくと歩き去っていくかんださんの後ろ姿を眺めながら、俺はつぶやいた。



その翌日、俺はバイト先のコンビニで夜勤に入っていた。


【バイト先の同僚】

「……は? 公園でボーッとしてたら美少女に話しかけられた? どうしたお前。今日は珍しく自分から喋ったと思ったら、ついに狂っちまったのか?」


その時、よく一緒のシフトに入る先輩の山本さんにかんださんとの一件を話してみたのだが。


話を聞き終えるなり、本気で心配されてしまった。


「まあ、そう言われても仕方ないですよね……でも、事実なんですよねえ」


ほんと。自分でも信じられない話なんだよな。


【山本さん】

「つーか万一それがマジなら何話したん? 内容次第でネタにしていい?」


「別にネタにするのは構いませんけど、大した話でもないですよ?」


山本さんは小説作家を目指しているそうなので、ちょっとでも面白いことがあるとすぐに食いついてくる。


ちなみにネタ提供というわけではないが、俺は過去のことを山本さんに話していた。


なんかワケありそうという理由で根掘り葉掘り聞かれて根負けしてしまったのだが、今は話してよかったと思っている。


山本さんはネタにこそするが、そのことで弄ってくることは絶対にないし、話を聞いてくれたときも茶化したり変に同情したりせず、真剣に耳を傾けてくれた。


傷心だった俺にとって、この人のそんな態度がどれだけ救いだったか。


山本さんがいなければここまで生きてこれなかったかもしれないくらいだ。


【山本さん】

「はあ?……お前それマジでマジなのか?」


恥ずかしいので泣いてしまったことは伏せて、連絡先を書いた紙を渡されたことまでありのままを伝えると。


山本さんはさらに疑わしい視線を送ってきた。


「マジでマジです。これが証拠です」


俺はズボンのポケットから取り出した切れ端を見せた。


あのあと一度家に帰ったものの、なんとなくメモを近くから離したくなくて職場まで持ってきていたのだ。


【山本さん】

「……ま、マジじゃねえか。……ど、どうみてもこれ男の字じゃねえ!」


メモの字を見るなり、山本さんはわなわなと震えだした。


【山本さん】

「おま、これもう追加したのか!?」


「いえ。まだですよ」


【山本さん】

「何でだよ!!!」


店先にも関わらず、叫ぶ山本さん。


まあ、客もいないしいいだろう。


「いや。だって俺、スマホ持ってませんし。追加したくてもできないんですよ」


【山本さん】

「はあ? 買えや!」


「無茶言わないでください!」


深夜で客が少ないのをいいことに俺たちは大声で言い合う。


俺だって追加したいのは山々だ。でも、持ってないのは仕方ないだろう。


【山本さん】

「くう……だが、これは……そうだ!」


「ど。どうしたんですか?」


【山本さん】

「ーー。今なら仕事もないし客もいないし、一人で店番できるよな?」


散々顎に手を当てたりして唸っていたかと思えば、今度はやけに神妙な様子で俺に聞いてくる。


「はい? そりゃ、出来ると思いますけど……」


店の奥に掛けられた時計の針は、3時を示していた。


この時間は作業も終わり客もいない最も暇な時間だが。


【山本さん】

「よし。それじゃここは任せる!」


「はいい!? ち、ちょっと山本さん!?」


【山本さん】

「三十分で戻る!」


なんと、勤務中にも関わらず山本さんは駆けるように出ていってしまった。


「え、ええ……」


取り残された俺は、呆然と声を漏らしながら立ち尽くすことしかできなかった。


それから、山本さんは十五分で戻ってきた。


【山本さん】

「ハアハア……待たせたな」


「お、おかえりなさい……」


息を切らせていることから、かなり急いできたのだろう。


「な、何しに行ってたんですか?」


戸惑いながらも尋ねる。


すると。


【山本さん】

「ははは。ちょっとこいつを取りにな……」


ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、山本さんがポケットから取り出したのは。


「す、スマホ?」


まさかまさかのスマートフォンだった。


【山本さん】

「ああ。俺のお古で解約したやつだけどな。Wi-Fiさえあれば動くぞ」


「うち。Wi-Fiないんですけど」


【山本さん】

「んなこと想定済みさ。安心しろ。今時のコンビニはフリーWi-Fiってのがあってだな……」


そう言って少し操作した後、山本さんはスマホを俺に渡してくる。


【山本さん】

「パスワードは2654な。三角形で覚えとけ」


「はい」


言われるがままパスワードを打つと、本当に画面が開いた。


【山本さん】

「それ、やるよ。appole IDは俺のと共有だけど……一応アプリは自由にインストールできるようにしておいたよ。どうせ課金とかしないだろ?」


「それはしませんけど……え?これ貰っていいんですか?」


【山本さん】

「ああ。構わねえよ。どうせ使わねえしな。だったらお前に渡す方が断然有益ってもんだろ?」


「山本さん……」


【山本さん】

「それにこんなネタ、みすみす取り逃がしたくないしな!何か進展あったら逐一報告してくれよ?」


「わ、わかりました!」


【山本さん】

「あと、RAINは一つの電話番号で一つしか登録できないから無理だけど、そこはすまん」


「いえ。貸してもらえるだけありがたいです」


【山本さん】

「そん代わりFaisebookなら電話番号でいくらでもアカ作れるはずだから、使ってくれ。インストールもしておいた。あともう一応念押ししとくけど、課金はすんなよ。もししたくなったとしても俺に言ってからにしろ。残高は俺と共有だから」


「それはわかってますけど……いいんですかそれ?」


【山本さん】

「まあ、それなりに付き合いも長いし信用してるからな。万一約束破ったとしても家に取り立てに行く。で、アカの作り方はわかるのか?」


「はい。それくらいなら」


学生の時分からTwittarはやっていたし、バンドの公式アカウントを運営してた経験もある。


それとFaisebookは全くの別物だが、特に問題はなかった。


名前は……本名でいいか。どうせ鍵かけるし。


あれ、Faisebookって鍵垢機能あるのか?まあいいや、なかったら名前変えとけば。


アカウントを作ったら、アイコンに適当にギターの画像でも拾ってきて、プロフィールを書けば完成だ。


【山本さん】

「できたか?」


「はい」


「これ、メッセージ送信してもいいんですかね?深夜ですけど」


【山本さん】

「別にいんじゃね?RAINならともかく、Twittarとかは通知オフにしてる人多いし」


「そんなもんですか」


【山本さん】

「そんなもんだ。早く送っちまえ」


「わかりました」



山本さんに急かされながら、まずは検索画面でかんださんのIDを打ち込む。

すると出てきたのは。


☆MIKU☆というとても可愛らしい名前のアカウントだった。


友達人数はまさかの一人。


めちゃくちゃ少ないな。


身内でほそぼそとやってる感じだろうか。


プロフィール画像は私服姿でのプリクラでの自撮りだった。


おそらく友達であろう女の子と一緒に可愛らしくデフォルメされている。


【山本さん】

「うお。マジじゃん!どっちの子?つーか片方俺の妹に似てる気がするんだが……気のせいか?」


「えっと、右の子なんですけど……あ、自撮りあった。この子で間違いないです」


横から覗き込んでくる山本さんにわかるよう、かんださんの方を大きくする。


すると山本さんは怒鳴りだした。


【山本さん】

「はあ!? お前ふざけんなよめっちゃくちゃ可愛い子じゃねえか!俺に寄越せや!」


「よ、寄越すも何も僕のものでもないですよ!今日ちょろっと喋っただけですし……」


【山本さん】

「アホかおめえは!ちょろっと喋っただけの男に連絡先渡すとか、あなたのものにしてくださいってサインだろうが!」


「そうですかね?」


【山本さん】

「当然だ。なんの興味もないのに見知らぬ他人にいきなり連絡先渡す女とか、フィクションでも無理あるわ」


「なるほど」


頷きながら、俺はリクエストボタンをタップする。


「り、リクエスト出来ちゃいましたけど……」


【山本さん】

「そりゃ出来るだろ。とりあえずDM送ろうぜ」


「わかりました」


「……でも、なんて送ればいいんですかね」


【山本さん】

「普通に初めまして。今日あったーーですけど、フォローしました。とかでいいんじゃねえの」


「ええ。なんか堅くないですか?」


【山本さん】

「なら、こんばんは。夜遅くにごめんね。今日会ったーーだけど、フォローさせてもらいました。よろしくね。とかでいいんじゃねえの?」


「なるほど。そっちで行きます」


時には山本さんに助言を貰いながら、


『こんばんは、神田さん……で、漢字は合ってるかな』


『昼、公園で話したーーです』


『夜遅くで申し訳ないけど、知り合いが解約したスマホをくれたので、フォローさせてもらいました。よろしくね』


という内容で、何通かに分けてメッセージを送った。


【山本さん】

「あ。お前Wi-Fi持ってないっつってたけど、近くにコンビニあんのか?解約したやつはTG回線使えないから、コンビニとかでフリーWi-Fi借りないと使えねえぞ?」


「うーん……1番近いコンビニも歩いて30分はかかりますね。というか一番近いコンビニってここですし」


【山本さん】

「じゃあ、そのことも伝えたほうがいいんじゃねえの?自宅にWi-Fiないからすぐに返事は出来ないって」


「ですね」


山本さんに言われて、その旨も追記。


当然ながら返事は返ってこないが、きっと明日には返ってくるだろう。


明日の夜も、俺はシフトに入っている。


連勤日の日中は寝たり家事だったりで確認できないが、明日の仕事が楽しみだ。


「ふふ」


思わず笑みが溢れる。


次の仕事が楽しみだと思えたのは事務所に所属したての頃以来か。


コンビニバイトでは初めて感じた気持ちだ。


【山本さん】

「明日が楽しみだな」


「はい!」


俺は自信を持ってうなずいた。




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