第472話:「両公爵の判断:1」
公正軍が突如としてその進路を変え、南に、ズィンゲンガルテン公国へと向かった。
その知らせを受け、エドゥアルドを打倒するために一時手を結んでいたベネディクトとフランツは、急いで今後の方策について話し合うための会合を設けていた。
協力し合うという取り決めは行ったものの、皇帝軍と正当軍はその指揮系統を一本化してはいなかった。
指揮を統一するということは、ベネディクトかフランツ、どちらか一方を頂点として仰ぎ見なければならないということであり、公正軍を粉砕した後はあらためて雌雄を決するのだと息巻いている2人とっては、そんなことはとてもできないことであったからだ。
このために、皇帝軍と正当軍とは、それぞれ別々に本営を設立している。
そして今回の会合の場となったのは、ベネディクトの本営であった。
別に、フランツが呼びつけられたというわけではない。
両公爵はあくまで対等の立場で協力し合っているのであって、どちらかが一方的に相手を呼びつけることなどできはしない。
ではなぜ両軍の中間地点に会合の場を設けるのではなく皇帝軍の本営なのかと言えば、公正軍がズィンゲンガルテン公国へと向かったという報告を受け、フランツがベネディクトのところへ自ら駆け込んだからだった。
「ベネディクト殿、お聞きになられたか!?
あの小僧め、アルトクローネ公国で進路を変えおった!
しかもその進む先は、帝都ではない。
我がズィンゲンガルテン公国だというのだ!
ただちに出撃し、
ベネディクトが指揮所としている天幕に入るなり、フランツは慌ただしくまくしたてた。
彼は、公正軍がズィンゲンガルテン公国に向かったことを知って恐れていた。
なぜなら、そこには今、敵軍を迎え撃つことのできる戦力が皆無であるからだ。
自らが引き起こした内乱に勝利するために、動員できる兵力は根こそぎここに連れてきてしまっている。
抵抗を試みること自体は可能であった。
市民を臨時に徴兵し、武器を持たせることで、即席の兵力と見なすことができるからだ。
しかしそんなにわか作りの軍隊で、公正軍の攻撃を阻止できるはずがない。
現状では、ズィンゲンガルテン公国の占領を防ぐ手立てが存在しなかった。
もし自領を制圧されたら、フランツは破滅だった。
自軍の根拠地を失えばたとえ戦闘による損耗をまったく受けていなかったとしても補給を失い、軍は自然に瓦解してしまう。
傘下に加わっていた諸侯もいよいよフランツを見限って離れていくことだろう。
そしてそれは、皇帝位を巡る戦いにおいて、彼の敗北が決定的となることを意味している。
「落ち着かれよ、フランツ殿」
突然の来訪、そして天幕の中に入って来るなり血相を変えてまくしたててきたフランツの様子に面食らいながらベネディクトはそう言うと、使用人に手で合図をしてイスを持ってこさせる。
「まずは座られよ。
すぐに酒も持ってこさせよう。
ウイスキーとブランデー、どちらが良いかな? 」
「酒などたしなんでいる場合ではなかろう!? 」
その、のんきとも言える言葉に、フランツは激高して声を荒げる。
「貴殿としては、願ってもない状況なのであろう!?
あの小僧めが我が祖国を占領すれば、我が正当軍は瓦解する!
そうして
ベネディクトはサーベト帝国との戦争において、ズィンゲンガルテン公国の国力を可能な限り衰退させ、あわよくば再起不能とするために戦いを引き延ばす工作を行い、ヴェーゼンシュタットの包囲を長引かせたこともある。
一時的に手を組んではいるものの、フランツは彼のことを少しも信頼していなかった。
「……もう一度言う。落ち着かれよ、フランツ殿」
露骨に向けられる不信感に、ベネディクトも不愉快そうに双眸を細め、低い声であらためてイスに座るように促す。
「そう不安になることはないはずだ、フランツ殿。
エドゥアルド、あの小僧めは、血迷ったのだ。
たとえ貴殿の国を占領できたとしても、我らが後方を塞ぎ補給を寸断すれば、それで
奴は自ら死地におもむいたのだ」
その言葉に、フランツは少し落ち着きを取り戻し、どかっと勢いよく用意されたイスに腰かける。
怒りと焦燥は完全に消え去ったわけではなく、彼の顔は紅潮し、拳は強く握りしめられたままだった。
「それに、あるいは我らに慌てふためいて追撃させることこそ、
ベネディクトは使用人に用意させた2つのグラスに、かつてアルエット共和国から輸入した最高級のブランデーを自らの手で注ぎながら、ここで急いで公正軍を追撃してはならない理由を説明する。
「我らはこの地で野戦築城を行い、防御態勢を整えてきた。
そのことは、あの小僧もすでに知っているだろう。
万全の準備を整えて待ちかまえているところに正面からのこのことと攻撃を仕掛けるような愚者であれば、我らはあの小僧を恐れる必要などないはずだ。
ベネディクトはまるで自分のことのように、エドゥアルドの狙いを語ってみせる
。
そしてその口調には迷いがなく、確信を持っている様子だった。
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