第471話:「サボタージュ」
互いに協力してエドゥアルドの公正軍と対決することを合意するまで、ベネディクトもフランツもそのことを公にしないように気を配っていた。
敵にこの盟約のことを知られるのをできる限り遅らせたかったというのもあるし、シュテルケ伯爵を攻撃した際に手を組んだことについての世間の評判がすこぶる悪いということを、両公爵ともに認識はしていたからだ。
しかし、盟約が確定すると、もはやそのことを隠そうとはしなかった。
ベネディクトの皇帝軍とフランツの正当軍は合流を果たし、決戦場と定めた場所で、公正軍を撃滅するための防御陣地の構築を開始したのだ。
それは状況が思った通りに進まなかった時に備えた行動でもあった。
盟約を結んだことで一応は兵力の優位を確保したものの、その差はさほど大きくはなく、1回の決戦で確実に決着をつけられるかどうか、具体的に言えば求める勝利を獲得できるかどうか、確信を持つことができなかったからだ。
少なくとも、負けることだけはないように。
決戦を開始して旗色が悪くなっても、陣地に拠って防御し、戦況を膠着させて引き分けに持ち込むことができるように。
皇帝軍と正当軍の兵士たちは一時的にマスケット銃をシャベルに持ち替え、塹壕を掘り、堡塁を築いていった。
だが、その作業は思ったようにははかどらなかった。
両軍とも兵の士気の低下が目立ち、彼らは将校から命じられれば嫌々ながらも働きはするものの、自分から積極的に動こうとはしなかったからだ。
それは、一種のサボタージュと言ってよい状態だった。
明確に命令を拒否すれば罰せられるから従いはするものの、罰を与えられない範囲でできる限りの抵抗をする。
兵士たちの多くはすでに、この戦いに対して強い厭戦機運を抱きつつあった。
ベネディクトもフランツも、この状況にいら立った。
しかし彼らは兵士たちを罰することもできなかった。
彼らはあくまで命令以上のことをしようとはしないだけであって、両公爵がやれと命令したことはやっているのだ。
心の中にある反抗心を強く感じたとしても、罰を与える口実がない。
そして仮に無理やり罰を与えたとしたら、兵士たちは脱走するか、悪ければ武器を向ける先を変えて反乱を起こすだろう。
両公爵も、彼らに従う貴族出身の将校たちもみな、そんな不穏な気配を強く感じるようになっていた。
ベネディクトもフランツも、こういった奮わない士気をどうにか高めようと腐心した。
いざ公正軍と決戦する段階になった時に、兵士たちがその反抗心をあらわにし、戦闘を拒否したり、戦わずに逃げ出したりしては、どんな作戦を立てようと勝利など得られないからだ。
まず、両公爵は褒章で兵士たちを釣ろうとした。
野戦築城を他よりも早く、確実に進めた中隊には特別に賞金を与え、酒食を下賜すると約束した。
さらには決戦の場で大功をあげた者には、多額の賞金を与えるだけではなく、平民であろうと貴族、将校に取り立てると約束した。
特に、もしエドゥアルドを討ち取ったら、その手柄をあげた者を新しいノルトハーフェン公爵に任じるとさえ宣言した。
これらの工夫は、多少ながらも効果をあげはした。
多額の金銭的な報酬というのは誰であっても大なり小なりは魅力を感じるものであったし、兵士たちの中には食うのに困ってこの道に進んだ者も多くいる。
獲得した褒章を元手とし、兵士などという危険な仕事から足を洗って、再出発をしたいと考える者は少なくなかった。
だが効果は限定的なものに留まり、両公爵が期待したほどにはならなかった。
なぜなら、兵士たちの間には内乱を起こしておきながら今は対立していたはずの相手と手を結んでいるような節操のない主人に対する不信感が根強かったからだ。
つい先日まで不倶戴天の敵として戦っていたのに、状況が自分にとって有利ではないからと、その時々の都合で容易にその立場を変える。
大きな報酬を約束していたところで、後になって前言を翻したとしてもおかしくないと、そう不審がられるのも当然であった。
加えて、平民出身の兵士たちにとってエドゥアルドは慕うべき相手だった。
彼が平民の権利を認める改革を実行していることは周知のことであったし、貧民を見捨てない政策を行っていることは有名であったからだ。
特に、ズィンゲンガルテン公国軍の将兵の間では人気が高かった。
先年、サーベト帝国の侵略を受けてヴェーゼンシュタットに包囲され、孤軍となって絶望的な状況であったところから、彼らを救い出してくれたのは他の誰でもない。
これから敵として戦わなければならないエドゥアルドであったからだ。
兵士たちは褒美では動いてくれない。
そう理解したベネディクトとフランツは、日々のノルマを増すことで対処することとした。
反発しつつも、制裁を恐れる兵たちは命令には従う。
そのことを利用することとしたのだ。
当然、これは兵士たちの間に存在する反抗心を強化したが、陣地の構築作業は明らかに以前よりも進むようになった。
そうしてどうにか公正軍との接近が予想されていた日取りまでには、防御陣地は形になりつつあった。
そのことにほっと安堵の吐息を漏らしたベネディクトとフランツだったが、両公爵はすぐに、驚くべき内容の報告を受け取ることとなった。
それは、アルトクローネ公国領を通過しつつあった公正軍が、急に方向転換したため、こちらへは向かってこない、という知らせだった。
以前に恐れたとおり、帝都・トローンシュタットへ向かったのではないか。
2人はそう予感し、直ちに追撃戦の準備に入ろうとしたが、公正軍が向かった先が帝都ではないとわかって戸惑わざるを得なかった。
エドゥアルドに率いられている公正軍が向かった先。
それは、南。
ズィンゲンガルテン公国であったのだ。
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