第470話:「会合:2」

 エドゥアルドの下には12万の軍勢が集まった。

 それはもはや、ベネディクトの皇帝軍も、フランツの正当軍もそれぞれ単独では抗し得ないほど強大な勢力と言える。


 しかし、ここでこの両公爵が手を組めば。

 その総兵力は15万を超え、十分にエドゥアルドに対して勝利し得るだけの戦力を手にすることができる。


 もちろん、それで少年公爵を亡き者にしたところで、仲良く円満にこの内乱に終止符を打つつもりなどなかった。

 最大の邪魔者を排除した後に、あらためて雌雄を決するのだ。


 タウゼント帝国に皇帝はただ一人。

 その唯一の存在になるために、両公爵は徹底的に戦い、一歩も譲らない腹積もりだった。


「我が手の者の報告によれば、小僧は自らの軍を[公正軍]と称し、ノルトハーフェン公国から出撃したということだ。

 その総兵力は、12万。

 ほどなく、我らと決戦になろう」


 ベネディクトは、脚の長さが不ぞろいなためか、あるいは床に凹凸があるためかガタガタと揺れるテーブルの上に地図を広げると、ノルトハーフェン公国を指さし、それを街道沿いに南へと動かした。


「問題は、彼奴きゃつがどの進路を通るか、ということでしょうな。

 それによって、我らがいずこで決戦に及ぶかも決まって参りましょう」


 その仕草を身体の前で両腕を組みながら見おろしていたフランツは、険しい視線で地図上を睨みつけながらそう指摘する。


「陛下が残していたという手紙とやらを根拠に、帝都を掌中に納めようとするか。

 それとも……、まっすぐ、我らをめがけて突き進んで来るか」


「小僧が決戦を挑んで来るというのなら、望むところだ」


 示された可能性に、ベネディクトは自身の膝を打って、口元に不敵で獰猛な笑みを浮かべる。


「地の利は我らにある。

 小僧がこちらに進軍してくるのを、迎え撃つことができるのだからな。


 進路さえはっきりとつかむことができれば、いずこか、防衛に適した土地で待ち伏せることもできる。

 一挙に粉砕してくれようぞ」


「ああ。調子に乗っている小僧の鼻っ面を叩き折って、その骸をさらしてくれるわ!


 それで、肝心の公正軍の進路だが……、こちらが放った偵察と、我が方に協力的な諸侯からの通報によれば、我々の方へまっすぐに向かってきているらしい。

 なんとも、都合の良いことですな」


 うなずいたフランツは地図の上に手をのばし、その指先でノルトハーフェン公国から、皇帝軍と正当軍が対陣している場所まで一直線を作る。


「我が偵察と、ワシに協力的な諸侯からの通報でも、左様に知らされている」


 それに対し、ベネディクトは少し声を強めにして、示された情報を肯定する。


 2人は、一時的に手を結ぶとはいえ、本質的には敵同士だった。

 だから自身の情報収集能力が高いのだということ、そして味方してくれる諸侯が大勢いるのだということを暗に主張しあい、張り合っている。


「「フン」」


 両公爵は同時に鼻を鳴らし、いまいましそうな表情を見せた。

 それから2人は気を取り直し、こちらに真っ直ぐに向かってきているというエドゥアルドの軍勢をどう迎撃するかを相談し合った。


「さて、フランツ殿。ワシとしてはやや引いて、進軍してくる敵軍を有利な地形で叩くのが得策であろうと思うが、いかがか?

 ここから少し西に行ったところには、進んで来る公正軍を高所から迎え撃つことのできる地形があるのだ。

 高所に砲兵を置けばその火力を最大限に発揮させることができるであろうし、敵の動きも把握しやすくなる。

 そこに彼奴きゃつを誘い込めば、打ち破るのも容易であろう」


「いいや、それはマズい。

 公正軍がまっすぐにこちらに向かって来ているということは、アルトクローネ公国を通過するということ。

 そしてアルトクローネ公国を通過する際に急に進路を変えれば、帝都へ向かうこともできる。


 彼奴きゃつに帝都を抑えられるのは、マズいのではないか?

 皇帝を僭称したところで無視はできようが、伝統ある帝都を質に取られては、我らとしても攻めにくい」


「なにを、弱気なことを! 」


 フランツの危惧を、ベネディクトは嘲笑する。


「もし彼奴きゃつが帝都に向かったのなら、袋の鼠。

包囲して補給を断ってやればよいではないか!

 帝都を戦火に包まずとも、勝利することなど容易いわ」


「そしてそのまま貴殿は帝都に入城し、黒豹門パンタートーアをくぐる、というわけですかな? 」


 その言葉には、チクリ、と棘がある。


「安心せよ。ワシはそのようなことはせぬ」


「さて、どうでしょうな? 」


 ベネディクトは一瞬きょとんとした顔をした後、すぐに真面目な表情を作って確約したが、フランツは疑わしそうな態度を崩さなかった。


 共闘しなければならないのに相手のことをまったく信用できないというのは、両公爵が抱えている致命的な弱点だった。

 エドゥアルドに対し勝利を納めた後にあらためて雌雄を決する、ということになってはいるものの、ノルトハーフェン公爵との対決とその後の決戦は連続した事象であって、捕らぬ狸の皮算用とは言うものの、[その後]の戦いはすでに始まっているし、一時たりとも油断することは許されない。

 常に相手に罠にはめられるという危険を想定しなければならないのだ。


 結局、両公爵の間で完全に意見が一致することはなく、最終的に、現在いる場所で公正軍を迎撃することとなった。

 この辺りの地形は決して防御側に有利とは呼べない平滑な地形ではあったが、大軍を進退させるのには都合がよく、また、ヴェストヘルゼン公国とズィンゲンガルテン公国からの距離がほぼ等しく、補給の負担が等しくなると見られたことに加え、エドゥアルドが急に進路を帝都へと向けたとしても急いで追えば、少年公爵が帝都に達するより前に攻撃することができる位置だと思われたからだ。

 不安視される防御力については、陣地を構築することによって補うこととされた。


 こうしてにわかに盟約を結び連合した皇帝軍と正当軍は、公正軍を迎え撃つための野戦築城を開始した。

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