第467話:「諌言」
フランツに率いられる[正当軍]の陣営において騒動が起こったのは、内乱を戦う両公爵が孤立感を覚え、深刻な危惧を抱き始めていたある日のことだった。
フォルカー・フォン・モーント準伯爵の階級を剥奪し、ズィンゲンガルテン公国の首都、ヴェーゼンシュタットの屋敷に謹慎処分とする。
そんな厳しい措置がフランツによって下されたのだ。
理由は、モーントの諫言にあった。
「閣下。どうか、矛をお納めくださいませ。
これ以上戦い続けることにはもはや、なんの大義もございません」
陣営の結束を固めるためにと開かれた宴席でのこと。
空席が目立ち閑散とした印象のその会合の場において、突然立ち上がったモーントはフランツの前に進み出て跪くとそう言った。
「モーント準伯爵。
今はそのような言葉を聞くべき時ではない。
席に戻り、酒と料理を楽しむがよい」
最初、ズィンゲンガルテン公爵は寛大だった。
盛況とはとても呼べない宴席ではあったがそこには他の諸侯たちもいたし、なによりモーント準伯爵は公国の重臣であるだけではなく、ルーイヒ丘陵の戦いで危うく皇帝軍に敗北するところを救ったという功績もあったからだ。
「いいえ、閣下。ぜひお聞きくださいませ」
しかしモーントは、引き下がらなかった。
彼はこれまでにも何度も主に諫言してきたが、今回はいつになく強い口調だった。
「すでに閣下もお気づきであるはずです。
我が正当軍から人々の信望を失いつつあり、お味方して下さっている諸侯の方々のお心も離れつつあると。
ご覧ください、この有様を! 」
モーントは顔をあげると、手ぶりで宴席の会場を指し示す。
そこは、敵軍と対陣中の陣地の中に張られた天幕の中に用意されたものだった。
いくつもの天幕を連ねて作られた広く長い空間にテーブルとイスを並べ、貴族が食するのにふさわしい贅沢な酒食が山積みにされ、上から吊るされたランプの明かりによって照らされ輝いている。
左右には正装をした多くの使用人たちが控えており、外には厳重な警護もある。
だが、その戦争中とは思えない豪華な宴席についている者の数は、あまりにも少ない。
招待した諸侯の内で、出席しなかった者が多いのだ。
「酒食は山と積まれているのに、その食卓に着いているお方はあまりに少のうございます。
このために左右にひかえる使用人たちは暇を持て余して立ちすくみ、せっかくの料理も冷たくなっております。
これが、我が軍の、閣下の実情なのです」
フランツはなにも言わなかったが、不快感がありありとその表情に浮かんでいた。
モーントは当然そのことに気がついていたが、無視して諫言を続ける。
ここで言わなければさらなる無用な流血を招き、タウゼント帝国にとって取り返しのつかない深刻な損傷をもたらし、自らが仕える主にとって真に望まぬ結果をもたらすことになると、そう信じているからだった。
「今からでも遅くはございません、閣下。
何卒、兵を引き、矛をお納めになって、この内乱に終止符をお打ち下さいませ」
「今さら、なにを言う!? 」
フランツはモーントの言葉に、とうとう激高した。
顔を赤く染めあげ、険しい表情で睨みつけながら、テーブルに拳を振り下ろし激しく叩く。
その衝撃でグラスが倒れ、地面に落ちて砕け、赤ワインがぶちまけられた。
「
それを今さら、兵を引けだと!?
あのベネディクトに皇帝位をくれてやれというのか、貴様は!? 」
「いいえ、閣下。そうではございません」
主の怒りの直撃を受けたモーントだったが、彼は冷静なままだった。
説明すればきっと理解されると、そう信じているのだ。
「閣下が皇帝位をお譲りになるのは、別の方でございます。
それは、エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェン様。
カール11世陛下からこの国の行く末を託され、今、人々からの信望を一身に集めつつあるお方にでございます」
「あの、若僧にか……っ! 」
フランツは苦々しく、吐き捨てるように言う。
彼も、時勢がエドゥアルドに傾きつつあることを自覚していないわけではなかった。
手に入る情報のすべてが、日ごとに少年公爵に味方する者が増え、その勢力が強大になっていくことを示している。
兵力はすでに10万を確実に超えているはずで、フランツの正当軍を上回っており、最終的にはベネディクトの皇帝軍を仮に合わせたものにさえ匹敵するかもしれないと見込まれている。
モーントの言う通り、ここでフランツが引き下がって皇帝位を委ねるとしたらそれは、エドゥアルド以外には考えられない。
そういうところにまで来ているのだ。
「ふん。モーント準伯爵……。
貴殿は、ヴェーゼンシュタットで共闘して以来、エドゥアルド殿のことをずいぶんと高く買っている様子であったな」
しかし、ズィンゲンガルテン公爵はそう言うと、嘲笑を口元に浮かべていた。
それは彼が現実ではなく、敗北したことを認めたくないという感情を重視し、歪んだ判断を下した瞬間であった。
「モーント準伯爵。貴殿の意見はよくわかった。
そのような戯言を言い出す者など、我が旗下にはいらぬ!
即刻、その階級を剥奪し、兵の指揮権は召し上げる。
ヴェーゼンシュタットに戻り、ことが終わるまで謹慎するがいい!
すべてが済んでから、貴様の処分はあらためて考える! 」
その言葉に、モーントの表情が絶望と悲しみに染まる。
だが彼はすぐに深く頭を垂れると、「ははっ」と絞り出すような声で、命令を承知したことを示していた。
自分の言葉は、もはや主には届かない。
そのことを痛感せざるを得なかったからだった。
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