第466話:「両公爵の驚愕」

 エドゥアルドが挙兵の準備を進めている。

 それも、皇帝軍、正当軍、そのいずれかに味方するためではなく、新たな、第三の陣営を形成するために。


 少年公爵が周辺諸侯にあてた檄文の内容とその動きを知った時のベネディクトとフランツの驚愕は、大きなものだった。

 なぜなら2人とも、エドゥアルドには皇帝への野心がないと判断していたからだ。


 それは、つい数か月前に帝都において開かれていた査問会の場で得た確証だった。

 ノルトハーフェン公爵は自身が年少であることを自覚しており、自らの領邦を治めることに集中したいと考えている。

 査問を通じてそう確信したからこそ、両公爵はエドゥアルドのことを小生意気に思いつつも敵ではないと認め、彼を失脚させるために流していた[謀反]という不穏当な噂を、自ら打ち消したのだ。


 実際、あの時点においては少年公爵に皇帝になるという野心はなかった。

 自らが治める公国の数百万の民衆のことが第一であり、皇帝などまったく手の届かないものであると彼は考えていた。


 そんな考えを、いったいなにが変えさせたのか。


 皇帝、カール11世からエドゥアルドに向けられた手紙の存在を知った両公爵は、その驚きをさらに強くするのと同時に、新たに生まれる第三勢力が強力な敵になるということを予感してほぞを噛んだ。

 この国の未来を、タウゼント帝国の次の一千年の礎を作れ。

 そう託されたということが事実であれば、それは決して無視できない大義となる。


 そして大義があれば、人が動く。

 未だにベネディクトにもフランツにも味方せずに中立を保っていた諸侯の中からエドゥアルドに味方しようとする者も出てくるだろうし、兵も、民衆も、その軍事行動に正当性を見出すのに違いなかった。


 こういった点を考えれば、カール11世からの手紙の存在が、少年公爵に重大な決意をさせたのだろうということが理解できる。

 それは彼の行動の根拠になるのと同時に、勝算をもたらすものでもあるからだ。


 未だに皇帝は意識不明のまま、目覚めてはいない。

 しかし、その意志は今でもこの国家に絶大な影響をもたらしている。


 ベネディクトもフランツも、正直なところ、もはやカール11世のことなど眼中になかった。

 彼の意識が戻らないことはおそらく確実なことであり、すでに状況が実際の武力衝突にまで至ってしまった以上、呼吸しているだけの物言わぬ肉塊などなんの力も発揮しないだろうと、そう思っていた。


 だが、そうではなかった。

 意識なき皇帝が残していた意志がエドゥアルドを動かし、両公爵がそれぞれに有していた[予定]を大きく狂わせようとしている。


 すでに、ノルトハーフェン公国に集まった軍勢は、10万を越えようとしていた。

 ノルトハーフェン公国軍にオストヴィーゼ公国軍が加わり、それだけですでに8万。

 さらに周辺諸侯が加わり、その数は皇帝軍と正当軍に匹敵する規模にまで拡大している。


 ただし、ベネディクトとフランツとエドゥアルドの勢力が並立し、拮抗するということにはならなさそうだった。

 なぜなら、ノルトハーフェン公爵の下にはまだまだ諸侯が集まってきているからだ。


 しかも実を言うと、皇帝軍も正当軍も、その公称である10万に達していなかった。

 その本当の数は、これまでの損害も考慮して7~8万に過ぎない。

 よりインパクトのある数字として10万を称してはいるものの、その兵力は、ベネディクトとフランツの思った通りには集まってはいなかったのだ。


 だからこそ他の諸侯を集めるためにシュテルケ伯爵を襲ったのだが、そのことが逆効果を示しつつある。

 帝国諸侯はベネディクトやフランツではなく、エドゥアルドを選ぶ傾向を見せ始めているのだ。


 それは元々中立の立場をとっていた諸侯だけでなく、すでに皇帝軍、あるいは正当軍に参加していた者たちの間でも広がり始めている。

 ノルトハーフェン公爵が挙兵の準備をしているという事実が伝わってから、ベネディクトもフランツも、味方についてくれているはずの盟友たちから、よそよそしさというか、一線を引かれ始めた様子があることを感じ取っていた。


 たとえば、戦意高揚を図るためにそれぞれの陣営で行われる宴席などに、なんだかんだ理由をつけて姿を見せない者が増えてきている。

 それだけではなく、盟主であるはずの自分には内密で、諸侯だけが集まって会合しているという様子さえある。


 ベネディクトもフランツも、危惧を抱かざるを得なかった。

 自分は、人々から見限られつつあるのではないか、と。


 その一方で、エドゥアルドは信望を集めつつあった。

 彼は年少で未熟な部分も多くある存在だったが、これまでに参加した戦争、アルエット共和国への侵攻戦争や、サーベト帝国からの防衛戦争において活躍を示している。

 そういった実績から、[ノルトハーフェン公爵は戦争に強い]という評判が確立されつつあり、この内乱にも勝利するのではないかと期待され始めているのだ。


 少年公爵には、民衆からの支持も集まっていた。

 彼が統治しているノルトハーフェン公国では経済が発展し人々の生活が豊かになりつつあるだけではなく、貧困層さえ見捨てずにできる限り職を与え、その生活が立ちゆくように配慮しているという事実がある。


 しかも彼は、自国に議会を開き、帝国諸侯で初めて、平民に政治参加する道を開いた存在でもあった。


 厳格な身分制度が存在するタウゼント帝国ではあったが、平民たちの間では政治参加への欲求は高まりつつあった。

 アルエット共和国という[成功例]があるだけではなく、産業化の進展によって人口の集中した都市が現出した結果、不特定多数の人々に情報を販売するという新聞の業態が成立しやすくなり、共通した情報に接しやすくなった人々の間では世論と呼ぶべきものが構築され始めているのだ。

 また、喫茶店などでコーヒーを楽しみつつ、政治談議に花を咲かせるという文化も浸透してきており、平民たちは自分もまたこの国家を構成している一員であるという自覚を芽生えさせている。


 もしエドゥアルドが皇帝になれば、自分たちにも政治参加の機会が与えられるかもしれない。


 将来統治することになるはずの同胞から略奪を行ったベネディクトとフランツに対する幻滅が広がるのに比例して、民衆はノルトハーフェン公爵に期待し、彼の皇帝への即位を待望するようになり始めている。


 そしてその雰囲気を生々しいものとして感じている両公爵は、日ごとに、危機感を募らせていった。

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