第465話:「オストヴィーゼ公爵の思惑」
ノルトハーフェン公国において、ベネディクトの皇帝軍、フランツの正当軍に代わる第三勢力の構築が進む中で、前オストヴィーゼ公爵、クラウス・フォン・オストヴィーゼはその故国へと戻ろうとしていた。
新たに設立されるエドゥアルドを中心とした陣営に参加するオストヴィーゼ公国軍の後方支援体制を万全にし、出征する現公爵、ユリウスに代わって国内の統治を行うためだ。
今後についての打ち合わせも終わり、いよいよ明日には出発するという日の夜。
ノルトハーフェン公爵の居城であるヴァイスシュネーの一画を借りて、内々の、ささやかな送別会が開かれていた。
参加者は、たった2人だけ。
送られるクラウスと、残るユリウスだけだった。
「それにしても、ユリウス。
そなたも、なかなか思い切ったことを決めたのぉ? 」
その席で前オストヴィーゼ公爵のご隠居は、上機嫌そうにワインを楽しみながら、息子に嬉しそうな笑みを向けていた。
「わしの見るところ、ユリウスよ。そなたには十分に皇帝たる器量が備わっておる。
確かに、エドゥアルド殿と比較すると積極さには欠けるところがあるかもしれんが、それは堅実さとも言える。
にもかかわらず、あっさり身を引いてしまうとはな」
「父上、評価していただけるのは嬉しいですが……、
特に、今の状況では」
エドゥアルドを全面的に支援し、自分は脇役に回る。
そう宣言し、現在の状況を主体的に作り出したことを残念がっている風にも見えるクラウスの言葉に、ユリウスは謙虚に、そして冷静に首を左右に振っていた。
「あの場でも申し上げましたが、
既存のものを引き継ぐこと、応用することに関しては、いささか自信はございますが……、それでは、タウゼント帝国に次の一千年をもたらす礎を築くなどという大きな事業はできないでしょう。
やはり、エドゥアルド殿に立っていただくのが最善手でありましょう」
そしてそこまで言ったユリウスは、グイ、と豪快に白ワインを飲み干し、グラスを静かにテーブルの上に戻した。
「
次の、新しい世代のことを」
「フフフ……。わしは良き跡取りに恵まれたものじゃわい」
その言葉に、クラウスはなんとも頼もしく思っている様子で満足そうに笑うと、空になったグラスに手ずから新しいワインを注いでやった。
「次の一千年の礎づくりはエドゥアルド殿に任せ、お主は、次の世代に……、自分の子供を皇帝にしようと考えておるのだな? 」
「はい、父上。
今は、エドゥアルド殿にしか成せない大業を見事になしてもらい、
土台さえしっかりとしていれば、その上にいかような建物でも建てることができましょう」
「お主……、真面目で誠実なだけかと思うておったら、存外に策士だったんじゃのぅ。
わしの[梟雄]としての素養、立派に引き継いでおるわい」
クラウスは自身のワイングラスを顔に寄せ、静かに振って香りを引き立たせて楽しみながら、少しだけ悪だくみをしているような顔をする。
「今回の内乱、ベネディクト殿もフランツ殿も、すでに自らの大義を失った。
その一方で、エドゥアルド殿には大義がおありになる。
皇帝陛下から国の行く末を任されたという大義と、自国民を討つなどという暴挙を行った両公爵を成敗するという大義が、な。
おそらく、エドゥアルド殿は勝てるじゃろう。
わしらも全面的に協力することでもあるし、なにより、ノルトハーフェン公国軍は質的にも、量的にも優れておるからのぅ。
しかし、まだ勝ったという結果を手にしたわけでもない。
わしが両公爵の立場で、勝利するためにあらゆる手段を惜しまぬとしたら、まぁ、いくつか逆転する策を思いつくからのぅ。
たとえば……、互いに手を組んでエドゥアルド殿に当たる、とか。
危ない橋はエドゥアルド殿に渡ってもらって、わしらはその果実だけをありがたく頂戴する。
いやはや、恐れ入ったわぃ」
そしてクラウスは今がまさに我が身の春といった様子でワインを口に運ぶが、ユリウスはその様子を、困ったように見つめる。
「父上。別に、
「おぅおぅ、わかっとる、わかっとる。
お主はそんな腹黒ではないし、だからこそわしの跡を継がせたんじゃ」
それを手でなだめながら、ご隠居は愉快そうに笑っている。
どうやらさっきの言葉は半分冗談で、からかっていたらしい。
「しかし、俯瞰してみれば、ほれぼれするくらいに良い策じゃ。
エドゥアルド殿には恨まれるどころか感謝されるじゃろうし、わしらがひっついて勝利に貢献すれば、いろいろ美味しい目も見られそうじゃ。
これから隆盛となるノルトハーフェン公爵家が味方であれば、次の皇帝位が我がオストヴィーゼ公爵家に転がり込んで来る可能性もずいぶんと高くなるじゃろう。
ただ、ユリウス。
勝てなければ、意味はないぞい? 」
クラウスはそう言って、しっかりと釘を刺すことも忘れなかった。
その指摘に、眉を八の字にしていたユリウスは表情を引き締め、真剣になってうなずく。
「もちろんです、父上。
エドゥアルド殿と一蓮托生と決めた以上、必ず勝たせて見せましょう」
「おう、気張ってくれぃ。
オストヴィーゼ公国のことは、わしがなんとでもしておくでな。
お主は存分に戦うことだけに集中してくれればよい。
ただし、討ち死にだけはせんようにな? 」
何の憂いもなく、心の底から楽しそうに。
クラウス・フォン・オストヴィーゼは、最上級の白ワインを飲み干してグラスをテーブルの上に置くと、手を伸ばし、自身のよくできた跡取りの肩をぽん、と叩くのだった。
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