・第21章:「挙兵」
第464話:「挙兵」
エドゥアルド・フォン・ノルトハーフェンは、とうとう決意した。
他の誰かにこの国を、タウゼント帝国の運命を委ねることをせず、自分自身の手で治めるということを。
そう決めた後の彼の行動は、素早かった。
メイドにあらためて礼を言い、踵を返した彼はまっすぐに自身の盟友と臣下たちが待っている広間へと戻ると、さっそくその決心を告げ、必要な行動を開始するように命じたのだ。
彼のその言葉を待っていた人々の反応もまた、素早かった。
盟友であるオストヴィーゼ公国のユリウス公爵も、そのご隠居のクラウスも、エドゥアルドの臣下であるエーアリヒ準伯爵もアントン参謀総長も、ブレーンであるヴィルヘルムも。
みな、すでにその意志はまとまっており、後はエドゥアルドの言葉を聞くだけの状態だったからだ。
それは、周囲の人々が少年公爵の自己評価以上に彼の実力を高く買っていた、ということだけではない。
エドゥアルドがルーシェに言われて初めて理解したことを、彼らはすでに知っていたからだ。
ベネディクトとフランツ。
次のタウゼント帝国皇帝の最有力候補として名乗りをあげ、そのように見なされていた2人は自らの行為によって、その大義を失った。
そうなった以上、皇帝になることができるのは、そうなるべき存在は、エドゥアルドしか残されていない。
カール11世から名指しされたのは、他の誰でもない。
彼であるからだ。
皇帝位につき、人々を従えるのに足りる大義を有しているのは、すでに少年公爵だけになっていた。
人々は、引き絞られた弓から今か今かと放たれる時を待っていた矢のように。
あるいは、獲物に向かって行く時をじっと待ちわびていた猟犬のように。
一斉に動き出した。
まず、ノルトハーフェン公国の実際の軍事を預かっているアントン参謀総長は、待機状態にあった軍に出動準備を命じた。
内乱の勃発によってすでに動員が行われ、それぞれの根拠地となっている場所に所属する兵員を集結、武装させて命令を待っていた各部隊に、ポリティークシュタットへの集合と再編制が実施された。
この命令は即座に発令され、そして非常に迅速に遂行されることとなる。
エドゥアルドを皇帝にするために軍事行動を行うと、そう以前から決まっていたわけではなかったが、内乱に対応するために元々南に向かって軍を動かす準備はされていたのだ。
後はその計画にのっとって行動を起こせばよいだけだった。
必要な命令を出し終えたアントンは、軍隊が集結を終え、3つの師団と独立した支援部隊に再編されるまでの間に、実際にどのようにその兵力を動かすのかの検討に入った。
彼が手塩にかけて育てている参謀将校たちを集め、そこにエドゥアルドのブレーンであるヴィルヘルムを加えて、エドゥアルドに内乱を鎮圧させるという目標を達成するために取るべき作戦を練るのだ。
宰相であるエーアリヒ準伯爵もこれと同時進行で動いていた。
ノルトハーフェン公国の実際の行政を統括していた彼は、各機関の大臣と協議し、連携して、軍隊を行動させるための準備を整え始める。
総勢5万を数えるノルトハーフェン公国軍を満足に戦わせるためには、多くの手配が必要だった。
消費される軍需物資の見積もりを立て、それをどのように輸送して補給を維持するか。
そのための人員と機材の手配と組織化をしなければならないだけではなく、補給路の安全を確保するために、その経路になりそうな各諸侯に対して、こちらの部隊が通過することへの許可を得られるように折衝をしなければならない。
戦争のためにエドゥアルドが軍を率いて出征している間、国内のことを任されているエーアリヒは、一時たりとも暇になることなどなかった。
軍隊が十分に活動を続けられるように補給と補充のための人員、機材を手配しなければならないし、戦いが長引いてくるようならば、疲弊した将兵に交代の人員を用意し彼らを休息させ万全の状態にして前線に復帰させるという準備も必要になるし、傷病兵を受け入れ、治療を施し可能ならば再度戦力化するという仕事もこなさなければならない。
しかも今回は、ノルトハーフェン公国軍の総力を持って出撃しなければならないのだ。
これまでのように無理のない範囲での出征ではないため、エーアリヒが指揮して支えなければならない[後方]の仕事も以前よりもずっと膨大なものとなる。
ノルトハーフェン公国だけではなく、オストヴィーゼ公国も行動を開始した。
エドゥアルドを全面的に支援するという腹積もりをすでに固めていたユリウスはそのままヴァイスシュネーに留まりつつ、オストヴィーゼ公国軍の指揮を代行している将軍に対し、直ちに全軍を率いてノルトハーフェン公国に参陣するように命じた。
さらに、自国の軍隊の後方支援体制を確保するため、父である前オストヴィーゼ公爵・クラウスを帰国させ、自身が留守の間の国政を委ねた。
梟雄と呼ばれた知略を手放すことは惜しくはあったが、オストヴィーゼ公国にはエーアリヒ準伯爵のような宰相を採用しておらず、ユリウスか、クラウスが直接統治する構造になっていた。
このために、どうしてもこのような手段を取らざるを得なかったのだ。
臣下たちが、そして盟友が挙兵の準備を進めてくれている間、エドゥアルドはまた多くの手紙を書かねばならなかった。
隣国のオルリック王国に対し、交流のあるアリツィア王女を介して今回の挙兵の目的を知らせ、その協力と出兵している間の後方の安全を確保しなければならなかったし、周辺の諸侯に対し、自分が兵を挙げることの理由、その意義を説明し、できるだけ多く味方についてもらい、自軍を可能な限り補強しなければならないからだ。
ベネディクト公爵とフランツ公爵が結託して行った略奪と、シュテルケ伯爵に起こった悲劇。
もはや大義は両公爵のどちらにも存在することはなく、この国難を救うためには自分自身が立つ以外に方策がないと、エドゥアルドは味方につけるべき諸侯に対して訴えかけた。
もちろん彼は、自分がまだ年少で、諸侯から侮られているフシがあることは認識していた。
これまで上げて来た功績も、ただ「運が良かっただけだ」と考えている者も少なくはないのだ。
だからエドゥアルドは、皇帝が残した手紙の権威を最大限に活用した。
彼は諸侯に送る手紙の中でその存在と内容に言及し、自分が挙兵する根拠を補強した。
もちろん、これを疑う者は当然、多くいた。
そもそも今日の混乱は皇帝が意識不明という事態に陥ったせいであり、それなのに突然、エドゥアルドに皇帝になれという手紙が残されていたなどと言われたら、まずは疑うのが当たり前だった。
しかし、信じる者も決して少なくはなかった。
カール11世が以前からエドゥアルドのことを目にかけているらしい、というのは諸侯の間で密かに噂になっていたことだったし、手紙の実在について、オストヴィーゼ公国のユリウス公爵が保証するサインを添えてあったからだ。
こうしてノルトハーフェン公国には、少しずつだがベネディクトとフランツのやり方に反発する諸侯がその兵力を率いて集まっていった。
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