第383話:「予感:1」
タウゼント帝国の皇帝、カール11世。
その口から出た、皇帝の名において、平民の士官学校への入校を許すという、言葉。
反射的に顔をあげ、それからその好意が不敬に当たるかもしれないとすぐに気づいて頭を下げ直したエドゥアルドに、カール11世は穏やかな微笑みを浮かべたままうなずいてみせた。
「以前より、そなたからの手紙で、その制度の必要なことは朕も聞いておった。
しかし、諸侯の反発も強く、帝国の根幹を揺るがしかねないような変革は、本当に実行せねばならぬのかと、懐疑的に考えてもおった」
「それでしたら、なぜ、急にご許可を? 」
「そなたの言葉で、直接、その必要なことを聞いたからだ」
おそるおそるたずねるエドゥアルドに、カール11世は機嫌よく答えてくれる。
「エドゥアルド公爵。
そなたの言葉には、一切の揺らぎがなかった。
自らが考え、実行して来たこと。
そのすべてについてそなたは、そなたなりに熟考し、そうすることが正しいと、必要だと確信して行って来たのであろう。
だからこそ、査問などという、法に定められはしていないものの、我が命によって開かれし得体の知れぬ[
古き人間である朕には、そなたの考えは最初、よくわからなかった。
それが本当に必要なのだとしても、実際に成すことができるのかと、そう不安に思う気持ちもある。
しかし、そなたの姿を見ているうちに、朕は思うようになったのだ。
この若者の言葉こそ、真に、この旧き帝国に未来をもたらすものなのではないか、とな」
「あ、ありがたき幸せでございます! 」
エドゥアルドは深々と頭を下げると、震える声でそう言った。
その頬が、紅潮している。
興奮しているのだ。
(僕の考えが、認められた……! )
そのことはエドゥアルドにとってあまりにも意外なことだった。
タウゼント帝国の皇帝に、旧態依然とした帝国を象徴するような存在に、それを変えなければならないという主張が受け入れられたのだ。
それは、エドゥアルドにある予感を、希望と呼ぶべきものを抱かせる進歩だった。
タウゼント帝国は、変わろうとしない。
その諦観と共に、エドゥアルドは覚悟を固めなければならなかった。
場合によっては、ノルトハーフェン公国という一国だけで、この大国を支えなければならないと。
その滅亡を食い止め、これからもノルトハーフェンで暮らす人々が安寧に暮らせるようにするためには、帝国を構成する一国には大き過ぎる責務を背負わなければならないと。
そう決意したエドゥアルドは、焦燥感に駆られていた。
だが、そんな無謀なことをしなくてもよくなるかもしれないのだ。
なぜなら、エドゥアルドの主張する変革の必要性がタウゼント帝国の国家元首によって認められたからだ。
皇帝の名によってエドゥアルドの変革が肯定されれば、それは帝国に所属する諸侯に少なくない影響力を及ぼす。
改革の正しさについて「皇帝が認めたのだから」と話を通しやすくなるし、主君の考えならば、と、その変化を受け入れてくれる諸侯も増えるだろう。
「朕は、本日これより、布告を発しようと思う」
顔をあげずとも、声だけでもわかるエドゥアルドの喜び。
目を細めてその姿を見つめながら、カール11世は明言する。
「平民の士官学校への入校を許し、以後、我がタウゼント帝国では、その血統ではなく、実力をもって階級とする。
エドゥアルド公爵よ。
タウゼント帝国の未来は、そなたたち、若い世代に託そうと思う。
どうか、励めよ」
「……はっ! 必ず! ……必ず! 」
エドゥアルドはそれ以上、言葉が出なかった。
皇帝に別れの挨拶をする。
そのために、事前に何度もシミュレートをし、どのような言葉を述べるかを頭に叩き込んできたのに、そんなことはすべて消し飛んでしまっていた。
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今日、布告を発する。
その言葉を、カール11世は実行した。
出された布告は、2つ。
1つは、巷に流れていた、エドゥアルドが謀反を企んでいるという噂を皇帝の名において公式に否定し、彼の無実を証明するもの。
そしてもう1つは、平民にも士官への道を開くという布告だった。
これらの布告は、帝国の公文書として発行され、帝都・トローンシュタットの街頭に張り出されただけではなく、諸侯に対しても使者が出されて伝えられることとなった。
絶対に変わることの無い、変えることのできない存在だと思っていた、タウゼント帝国。
旧態依然としたまま、新しい時代の変化にも気づかずに安穏としていようとしたヘルデン大陸の旧い大国が、とうとう変わろうとし始めたのだ。
それはエドゥアルドにとって、歓迎するべきことだった。
自分がこれまで積み重ねてきたことの正しさが、必要性が、認められたのだ。
(帝国は、生まれ変わる)
たどたどしくなりはしたものの、なんとか別れの言葉を述べて皇帝の前を辞したエドゥアルドは、世界のすべてが明るくなったような感覚を抱き、ツフリーデン宮殿から見える帝都の街並みを、その先に広がる帝国という国家を見つめながら、希望を抱き、決意を新たにしていた。
これはまだ、スタートラインに立っただけに過ぎない。
帝国という国家はあまりにも大きく、旧く、直さねばならないことは数多くある。
だが、エドゥアルドはこの時、そんなタウゼント帝国を生まれ変わらせることができると、そう信じていた。
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