第382話:「別れの言葉:3」
皇帝というのは、誰もが敬わなければならない、偉大な存在である。
人々にその[事実]を受け入れさせるために、帝国は様々な工夫を行っている。
たとえばそれは皇帝の権威を象徴する壮大な宮殿であり、強力な軍隊だ。
一見しただけで誰もが理解できる[力]を見せつけることで、皇帝が実体を持った存在であると示す。
時には信仰も利用し、[神から地上を支配する権利を認められた]などと、宗教を使うこともある。
加えて、大勢の諸侯に対しその領地の所有やそれぞれの利権を保障するという実利を与えることで忠誠を誓わせ、自らに従わせている。
その努力は、民衆に対しても欠かされることはない。
相応の力量を持った警察力を保有することで治安を保ち人々の生命や財産を保証し、軍隊により外敵からの侵略や略奪から人々を保護し、適切に行政を運用することで民衆の生活を円滑にして守る。
そうしたことを行って始めて、皇帝がこの国家の統治者であると人々に認めさせ、誰もがその言葉にひれ伏して従うようにし、民衆に税を納めさせることができるようになる。
皇帝には容易に会うことができない。
それも、本来であれば皇帝という存在を成立させるために必要なことだった。
だからこそ、タウゼント帝国の皇帝はツフリーデン宮殿に住み、
皇帝というのはそういう、下々の者からは遠い偉大な存在であると、規則や儀礼によって人々に示しているのだ。
これだけのことをしなければ、1人の[人間]を、支配者として成立させることは難しい。
そして、臣下が皇帝に対し
それなのに、皇帝が自ら、やって来た。
皇帝陛下のお越しでございます。
侍従長のその宣告に、エドゥアルドは耳を疑って、とっさに身動きが取れなかった。
「公爵殿下」
しかし少年公爵は、ヴィルヘルムのその呼びかけですぐに思考を取り戻す。
侍従長の言葉は明瞭なもので、聞き間違えは考えられなかった。
そして本当に皇帝がこの場所にやって来たのだとしたら、エドゥアルドは臣下としてふさわしい態度を取らなければならない。
それがタウゼント帝国の貴族、ノルトハーフェン公爵の在り様なのだ。
立ち上がったエドゥアルドは身に着けた盛装のマントを
すると本当に、タウゼント帝国の皇帝、カール11世が、その場に姿をあらわした。
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「ノルトハーフェン公爵、エドゥアルドよ。
こたびのこと、まことに大儀であった。
そなたにかけられていた、謀反の嫌疑。
それは、我が名の下において、潔白であったと、そう認められた。
もはや、査問は行われぬ。
そなたの疑いは晴らされた」
侍従長によって上座に案内され、ソファに腰かけた皇帝は、エドゥアルドを自身の対面に座らせるとまずそう言って、査問会がもう開かれることがないことを告げた。
「恐縮でございます、皇帝陛下。
陛下のご温情、誠に、感謝に
エドゥアルドは緊張しながらもそう感謝の言葉を述べ、再び深々と頭を下げる。
「いや、こたびのことは、汝にとっては身に覚えのない濡れ衣であったのだ。
止むを得ぬこととはいえ、そなたを呼びつけ、長きに渡ってとどめ置くこととなった仕打ち。さぞ、恨めしかったであろう。
朕の行い、許せよ」
「そのようなこと……。もとより、陛下のことをお恨みする筋合いなどございません。
こたびの噂も、すべて
実際のところ、わずかではあるものの、エドゥアルドにも落ち度はあったのだ。
勝手にあれこれ邪推してエドゥアルドのことを皇帝選挙のライバルだと、先んじて潰しておかなければならないと考えたベネディクトとフランツに圧倒的に大きな責任があるのは間違いないが、関わりたくないからと、政治闘争に無関心でいようとしたエドゥアルドにも
「そうか。そなたは、そう思うてくれるか」
皇帝は少しほっとしたような声でそう言うと、何度かゆっくりとうなずいてみせる。
「それでな、エドゥアルド公爵。
今回このように、朕、自ら足を運んだのには、こうしてそなたに謝罪しておきたかったという他にも、伝えたいことがあってのことなのだ」
「
(いったい、どんなお話であろうか……? )
エドゥアルドは意外そうな顔で、伏せたままの顔から上目遣いにカール11世を見つめ返す。
その視線に気づいた老いた皇帝は、穏やかに微笑んで見せた。
「そなた、以前より朕に陳情しておったであろう?
平民に、士官学校への入校を許可することはできないであろうか、と。
査問などという、そなたにとっては迷惑千万なことにここまでつき合わせてしまったことの、その埋め合わせに。
朕の名において、平民にも士官学校への入校を許可せよと、世に示そうと思うのだ」
「ま、まことに、ございますか!? 」
その言葉に、エドゥアルドは反射的に顔をあげてしまっていた。
士官学校へ平民の入校を許して欲しい。
それは間違いなくエドゥアルドが皇帝に対して願い出ていたことだったが、この場で、しかも皇帝自身の口から認められるとは、まったく予想もしていなかったのだ。
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