第374話:「街並み」
数日ぶりに開かれる査問会。
そこに出席するために、エドゥアルドはその日、いつもよりも少しだけ早起きをした。
緊張しているのだ。
クラウスが味方をしてくれており、自分もできるだけのことをして来たとはいえ、すべてがうまくいって、自分についてのありもしない噂を消し、自身の身の潔白を証明して、タウゼント帝国内での立場を安定させることができるのか。
そんな不安が、わずかだがエドゥアルドの心の中でくすぶり続けている。
そのおかげで、昨晩の眠りは断続的なものだった。
あるいは、もしかするとコーヒーの飲み過ぎだったのかもしれない。
(アイツの言う通りにしておけばよかったかもな)
昨晩、何度もコーヒーをお代わりするエドゥアルドに、「もうおやめになった方が……」と心配そうな顔をしていたメイドのことを思い出し、少年公爵は苦笑する。
あの屈託のない少女のことを思い出すと、どういうわけか少しだけ気分が楽になるのだ。
ベッドから起き出したエドゥアルドは、先に着替えだけでも済ませておこうかと考える。
しかし、朝食を摂っている間に万が一、食べこぼしでもあったら大ごとだと考え直し、窓際に置いてあるイスまで向かってそこに腰かけ、カーテンを薄く開いて朝の街並みを観察しながら時間を過ごすことにした。
帝都、トローンシュタットの街並みは朝焼けの中にあり、燃える火のように赤く輝いている部分と、まだ薄暗い、眠っているような部分とで別れている。
そのコントラストの強い世界の中では、すでに目覚めた人々が動き始めていた。
午前中に開かれる市場に向かう人々や、商品を運ぶ馬車。
商店や飲食店などの
古くから帝都として、ヘルデン大陸中央部にある大国の首都として栄えてきた街並みのほとんどは、限られた土地にできるだけ多くの人々を住まわせるために上に向かって成長し、4、5階もある建物で多くが占められている。
その上階部分は住居スペース、1階は商店や飲食店、工房などの職場になっているのが一般的だ。
人口密度の高い市街地だったが、ごちゃごちゃとした煩雑な印象はなかった。
通りは、皇帝の住居と帝国の政治機構を兼ねるツフリーデン宮殿の前に作られた宮殿前広場を中心に放射状にのびる太い道と、その間を結ぶ区画を格子状に区切る街路で構成されている。
大国の首都としてふさわしい姿となるよう、長い年月をかけて区画整理をし、厳密な都市計画を実行してきたために実現した、整然とした街並みだった。
それに比べると、エドゥアルドの見慣れた街並み、ノルトハーフェン公国のそれは、煩雑なものだ。
工業化の進んだノルトハーフェン公国では、産業革命の発生と同時期に進んで農業技術の発展によって増加した人口が職を求めて流れ込んできており、市街地の無秩序な拡大が起こってしまっている。
そのために都市計画による対応が間に合わず、ルーシェが暮らしていたようなスラム街というものができあがってしまっていた。
(帝都は、秩序のある街並みだな……。
賑やかさは、僕のノルトハーフェンの方が上ではあるが)
だが、活気、という点では、ノルトハーフェン公国の街並みの方が上だった。
その乱雑な街並みは、発展を続けていることの証拠でもあるのだ。
それに対し、帝都、トローンシュタットの街並みは、すでに最盛期を迎え、その状態を保っている状態だった。
その整った街並みから感じられる帝都としての威厳や、その繁栄ぶりは目を見張るものがあるが、しかし、この街並みはこれからずっと変わらないのではないかと思えてくる。
(ノルトハーフェンの街にある熱気を、どんな形にしていくか……)
エドゥアルドは自身の故郷と目の前にある帝都の街並みとを比較しながら、自国の姿をどんなものとしていくのかは、すべて自分次第なのだということを思い出していた。
ノルトハーフェン公爵・エドゥアルド。
そうなりたいと望んでそのように生まれ落ちたわけではなかったが、エドゥアルドはその、多くの権利と共に義務を背負わなければならない自分という存在であり続けることに、やりがいを覚えている。
できるだけのことをして、[良き公爵]として人々に長く語り継がれる。
やがて自分が歴史の登場人物に過ぎなくなるのだとしても、できれば好意的に記録される存在でありたい。
そうすれば、たとえ本にインクで描かれた文字列という分際になったとしても、エドゥアルドはそのことを穏やかに受け入れられると思うのだ。
逆に言えば、[
(どんなことをされても、僕は、負けない)
部屋の扉が控えめにノックされたのは、エドゥアルドがそんな決意を固めた時のことだった。
「ああ、ルーシェか? 入ってきていいぞ。僕はもう目覚めている」
エドゥアルドは少し違和感を覚えながら、それでも相手はルーシェだろうと思ってそう応えていた。
ノックをするにしても人柄というのは出るもので、ルーシェはいつも明るくハキハキとした印象のノックをする。
それが朝とはいえいつもよりも
「おはようございます、エドゥアルドさま」
思った通り、扉を静かに開いて部屋の中に1歩入って、一礼したのはルーシェだった。
しかし、ノックにもあらわれていたように、彼女はどこか浮かない顔をしている。
少し困っている様子だ。
「どうしたんだ? ルーシェ。
なにか、あったのか? 」
「その、実はですね……、こんな時間なのですが、エドゥアルドさまにお客様が」
「客? 」
エドゥアルドが、首をかしげた時だった。
ルーシェの背後にいた客人が、部屋主の許可も得ずににゅっと姿をあらわし、勝手に中に入ってくる。
「朝っぱらからすまんのぅ、エドゥアルド殿。
わしじゃよ、わし」
早朝の客人の正体、前オストヴィーゼ公爵・クラウスはそう言うと、にっ、と不敵な笑みを浮かべて見せた。
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