第373話:「クラウスの暗躍:3」

 不思議なことに、エドゥアルドがクラウスからの指示に従って人と会っている間、査問会が開かれることはなかった。


 ベネディクトもフランツも、エドゥアルドの[本音]を知って、その対応策を考えるまでは査問会を開かずに、様子を見ようと考えたらしい。

 そしてその考えは、自身の筋書き通りに物事が運ぶようにとクラウスが巧みに両公爵の考えを誘導したからに違いなかった。


 エドゥアルドはクラウスからの指示に従い、すべて言われた通りに行動した。

 クラウスの完全な操り人形となることに関してはやはり、シャルロッテは危惧を抱いている様子だったが、エドゥアルドは自身の[義父]を自称する前オストヴィーゼ公爵のことを、今回に限っては全面的に信用することに決めている。


 今さら迷って独自路線を取ろうとすれば、うまくいきつつある可能性が高いクラウスの目論見が外れ、すべてが台無しになってしまう可能性がある。

 彼を頼ると決めた過去の自分の決断を信じ、エドゥアルドはその考えを貫いた。


 そうしてクラウスの細工がすべて終わると、また、エドゥアルドの下に査問会が開かれるという連絡がもたらされた。


「さて。……これで、ベネディクト殿とフランツ殿の態度が、どう変わっているか、だな」


 査問会を開催する日時を知らせに来た侍従の1人に応対し、了承したことを知らせて帰らせた後。

 ルーシェ、シャルロッテ、ヴィルヘルムと、実質的に身内と言っても良い者たちだけになった部屋の中で、エドゥアルドはそう言って肩をすくめてみせた。


 すでに、シャルロッテが発見したのぞき穴はすべてふさいであるから、この部屋は安全になっていた。

 ふさいだ後にまた穴を作られたりもしたが、それもシャルロッテが発見して対処済みとなっている。

 そのおかげでこうして、エドゥアルドは気兼ねなく本音を口にできるようになったのだ。


「公爵殿下。決して、油断はなさいませぬよう」


 そんなエドゥアルドに、シャルロッテがチクリと釘を刺す。


「すべてあのご老人の指図通りに動いて参りましたが、クラウス様が本心ではなにをお考えなのか、わたくしどもは存じ上げません。

 やはり、警戒はしておくべきです」


「警戒はするさ、シャーリー。

 けれども、僕たちがやることは今さら変えられない。そうだろう? 」


 堅い態度のシャルロッテの言葉に、エドゥアルドは肩をすくめてみせる。

 彼女がこうしてクラウスを疑っているのはエドゥアルドに対するゆるぎない忠誠心から、良かれと思ってそうしているのだが、筋書から離れようとしてもどうしたら良いのか、他の代替案がないというのも現実だった。


「クラウス殿の作戦以上の妙案もないんだ。

 だから、僕たちはこれまで通り、その指示に従うだけさ」


「私は、きっと大丈夫だって思います! 」


 その時、エドゥアルドのためにコーヒーを用意していたルーシェが、無邪気に言う。


「だって、今までクラウスさまのご指示に従っていて、エドゥアルドさまになにか悪いことがあったわけではないのですから。


 それにクラウスさまは、こちらのお出ししたお食事を遠慮なさらずに召し上がっておられました。

 エドゥアルドさまのことを少しも疑っていない、信頼して下さっているのだと思います」


「それも、そう見せるためにそうしただけ、かもしれないではないですか。

 あのお方なら、その程度の腹芸なら余裕でなされるでしょう」


 クラウスのことを無邪気に信じ切っているルーシェのことを、シャルロッテは軽くねめつける。

 あくまでクラウスのことを全面的に信用するなという意見を変えないつもりでいるらしい。


「シャルロッテ殿。

 以前、公爵殿下もおっしゃっておられたかと思いますが、クラウス様と我々とは、利益を共有しております。

 この関係が維持されている、これからも維持していくメリットがある限り、クラウス様のことは信用できるはずです」


 そんなシャルロッテに、ヴィルヘルムがとりなすように言う。

 するとシャルロッテは、「あなたまで」と言いたそうな、少し呆れたような視線をヴィルヘルムへと投げつけた。


「クラウス様の言う通りにするにしても、もし、裏切られた場合にどうするかだけは、考慮しておくべきです。

 後手に回って、あの老人の1人勝ちでは、きっと悔いが残ります」


 どうにもシャルロッテは、かつてノルトハーフェン公国の諜報関係を任されていたクライス男爵家の末裔まつえいとして、クラウスに対して対抗心もある様子だ。

 全面的にクラウスを信用することに抵抗しているのは、彼がかつてエドゥアルドに対して敵対的な行動を起こし、出し抜こうとしたことがあったからだけではなく、彼に情報を掌握され、その思うままに動かされているこの状況が、居心地が悪いからなのだろう。


「だから、用心だけはしておくさ。

 僕たちは[ノルトハーフェン公国]であって、クラウス殿の[オストヴィーゼ公国]とは、違う国を構成しているのだから」


 エドゥアルドがそう言ったのは、シャルロッテの気持ちを慰めるためだけではなかった。


 公爵として。

 小なりとは言え一国の国家元首として、数百万の民衆を抱えている統治者として。

 自分の、自国の運命を、能力のある相手とは言え他国の人物に委ねるのは避けるべきだと、エドゥアルド自身もそう思うからだ。


 いくら相手が力量のある存在だからといって、それに漠然ばくぜんと従うのであれば、そもそもノルトハーフェン公国が独立した国家として存在している意義を失うこととなる。


 自分たちで必死に考え、選択し、行動し、その結果について思い悩み、また考え、選択し、行動する。

 それが、国家として[自立]することだと、エドゥアルドはそう考えている。

 だとすれば、シャルロッテの言うように、クラウスがもし裏切って事故の利益の確保だけに狂奔きょうほんしていたのなら、ノルトハーフェン公国、そしてエドゥアルドに及ぶ損害を最小限にし、かつ、裏切った者には相応の報いがあることを知らしめるための方策を用意しておくべきだった。


 そしてエドワードには、その方がクラウスも喜ぶのに違いないという予感があった。


 用心を怠らず、できるだけ多くの可能性を考慮し、備える。

 それは、抜け目のないクラウスが常に心掛けて来たことであるのに違いなく、エドゥアルドを教え子として見ているフシのある彼はきっと、その心構えを学ぶことを喜んでくれるはずだからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る