第371話:「クラウスの暗躍:1」
エドゥアルドに対する嫌がらせとしか思えない査問会が、断続的に続けられていたある日のことだった。
「人に、会って欲しい? 」
これまで何度もそうされてきたようにクラウスからのメモを受け取ったエドゥアルドだったが、その内容に目を通すと眉をひそめていた。
今までクラウスから渡されたメモには、査問会でこんな質問がされるとか、そういう事前情報が乗っていた。
しかし、今回は様子が違う。
いつ、何時に、どこで、誰と会え。
そういう具体的な指示が、クラウスがエドゥアルドに会わせたがっている人物のリストと共に書かれている。
クラウスにはいったい、どんな意図があるのか。
エドゥアルドにはそれがわからない。
なぜなら、メモにはこのリストにある人物に会って何をせよ、とか、そういう指示は一切書かれていないからだ。
しかも、みなエドゥアルドとは特に深いかかわりがある人物ではなかった。
同じ主君に仕えているタウゼント帝国の爵位を持った貴族や、帝都・トローンシュタットで有名な名士が、合計で10人も。
その名前くらいは聞いたことのある相手もいたが、なぜ、突然彼らに会わなければならないのか。
「こういうことは、ヴィルヘルム殿がお詳しいでしょう。
あのお人なら、メモに書かれたこれらの人物がどういった人たちなのか、クラウス様がなにをお考えなのか、分かるかもしれません」
彼女はどうやら、ヴィルヘルムに苦手意識というか、対抗心というか、少し複雑な感情を抱いている様子がある。
「ああ、そうしてくれ」
思うところがあっても、その個人的な感情で判断を誤ることはない。
そういうシャルロッテの徹底した性格を知っているエドゥアルドは、すぐに彼女にヴィルヘルムを部屋に呼んできてくれと依頼した。
ヴィルヘルムはすぐにやってくる。
エドゥアルドのブレーンとして働いている彼は、いつ呼ばれても対応できるように常に用意を整えているのだ。
「お呼びでしょうか、公爵殿下」
「やぁ、ヴィルヘルム。
さっそくで悪いんだが、このメモに書かれている人物たちについて、教えてはもらえないだろうか?
できれば、なぜ、僕がこの方々に会わなければならないのかも」
エドゥアルドの前にやって来てうやうやしく頭を下げたヴィルヘルムに、メモを手渡す。
すると彼はそのメモを確認して少し考えた後、いつもの柔和な笑みを浮かべた顔をエドゥアルドへと向けた。
「この方々には、一切の共通点がございませんが……、おそらくはそれもクラウス殿の作戦であるかと思われます」
「クラウス殿の、作戦? 」
「はい。……この内のお2人は、ベネディクト公爵、あるいはフランツ公爵の、そのどちらかに明確に肩入れをしている……、以前から関係が深いことで知られていた方々です。
きっと、公爵殿下が[謀反を企んでいる]などという噂を広めるのに加担している方々でございましょう。
その一方で、特に関係を持っておられない方々もおります。
おそらくですが、こちらはクラウス殿の演出でございましょう。
つまりクラウス殿は、公爵殿下の口から出た言葉を、そのシンパを通じて間接的にベネディクト公爵とフランツ公爵の耳に入れたいと考えておられるのです。
ただ、元々両公爵と関係の深かった者たちとお会いになるだけですと、不自然でございますから、その印象を緩和するためになんの関係もない方々ともお会いになれと、そう指示をされているのでしょう」
つまり、これはクラウスの[策略を策略で返す]という作戦の一環なのだ。
エドゥアルドを陥れようとしている2人の公爵、ベネディクトとフランツ。
その陰謀の黒幕につながる人物に接触させ、その場でエドゥアルドに、皇帝位についての野心などないこと、そしてベネディクトとフランツのどちらにつくかで迷っているということを発言させて、そのことを相手の耳に伝えさせようというのだ。
往々にして人間というのは、自分が信頼している者からの言葉は特に疑いもせずに信用してしまう傾向がある。
その一方で、自分が嫌っている、信用していない相手の言葉は、半ば条件反射的に疑い、否定したくなる、そういう心情も持っていることがある。
エドゥアルドが直接、ベネディクトとフランツに「自分は皇帝になるつもりなどない」と言ったところで、信じない。
だから彼らが信用している[シンパ]の口から伝えさせることで、それがエドゥアルドの本心であるということを信じさせる。
クラウスはどうやら、いよいよその策略の仕上げにかかりつつある様子だった。
ベネディクトとフランツが、エドゥアルドに皇帝の野心はないということを知れば、次に始まるのは、皇帝選挙で自分に投票させるための取り込み工作だ。
エドゥアルドを味方に引き込み、そして彼に追従してくる諸侯の数をできるだけ大きくしようとすれば、皇帝位を争う2人の公爵は自分たちが流した謀反の噂を自身で打ち消すことになる。
メモに書かれている指示は、その筋書に沿ったものだということだった。
「そういうこと、か。
ならば、言われた通りにしよう。
このメモにある人たちに会うための準備を整えてくれ」
エドゥアルドはうなずいて、クラウスに指示された通りにするための準備をしてくれるようにシャルロッテとヴィルヘルムに依頼した。
それから、2人が部屋から出て行くのを見送ると、メモを顔の前に持ってきてクラウスの筆跡を見つめながら、苦笑する。
(今頃、あの人はどんな顔でいるのかな)
タウゼント帝国で一番かもしれない梟雄はきっと、やりがいにその目を
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