第370話:「長丁場」

 エドゥアルドに対する最初の査問会は意外なほどあっさりと終わったが、それはこれですべての問題が片づいた、ということを意味しなかった。

 その後も査問会は何度も開催されることとなったのだ。


 いつ査問が開かれるかは事前に知らされる。

 多くは明日の何時に開催する、と皇帝の侍従が知らせに来るが、午前中に、今日の午後に査問会を開く、と知らされることもあった。


 断続的な日程だったが、突然に侍従がやって来て、今から査問をするから来い、などという露骨な嫌がらせのようなことはなかった。

 主催者であるカール11世が、うまく調節してくれているようだ。


 どうやらこの査問を開かせている首謀者であるベネディクトとフランツが、エドゥアルドに対する[責めるべきこと]を見つけては皇帝に査問を要請し、カール11世はその都合が合う日時に開く、という仕組みになっているらしい。

 そのため、ベネディクトやフランツから急に査問を拓けと要請があっても、カール11世がなんだかんだと理由をつけて、エドゥアルドに過度に負担になったり、不利になったりしないように調整できているのだ。


 だがそれでも、帝都・トローンシュタットでの滞在が1週間を越え、長丁場になってくると、さすがにエドゥアルドも疲労感を覚え始めていた。


 詰問きつもんされる内容は、様々に変化していった。

 初日にも指摘された徴兵制度や議会制度だけではなく、エドゥアルドが行っている道路の整備が謀反の準備なのではないか、とか、鉄道という得体の知れないモノを作るのは浪費なのではないか、とか、兵器工場を半国営化したのは反逆のための兵器を密造する為なのではないか、などなど。

 ベネディクトもフランツも、思いつく限りの論点でエドゥアルドを責め立てて来る。


 だが、エドゥアルドはそのどの問いかけにも、堂々と答えることができた。

 自分が決断し、実行して来た物事についてエドゥアルドはよく理解していたし、ヴィルヘルムとのシミュレーションで対策済みになっている範疇はんちゅうを逸脱する内容は出てこなかったからだ。


 それに、エドゥアルドには心強い味方もいた。

 決してタダではないが、盟友としてエドゥアルドに力を貸してくれているクラウスが、その配下の諜報員を通じてエドゥアルドに情報を流してくれているからだ。


 直接会うことはない。

 人を変え、姿を変え、クラウスの諜報員がエドゥアルドのメイドであるシャルロッテに接触してメモを渡してくれる。

 そしてそのメモに、ベネディクトとフランツが次にどう責めて来るかが書かれている。


「いったい、どうやって情報を仕入れていることやら」


 シャルロッテから手渡されたクラウスからのメモに目を通し終わると、エドゥアルドは感心と畏怖いふの言葉を呟いていた。

 クラウスからもたらされた情報はこれまで外れたことがなく、しかも、エドゥアルドが査問に呼び出されるのよりも早く到着するのだ。


(味方でいてくれて、本当に心強い。

 

 心強いの、だけれどなぁ……)


 宿泊先のホテルの自室でイスに腰かけてくつろぎながら、エドゥアルドはクラウスという味方の存在のありがたみをしみじみと噛みしめ、それから、どんな見返りを求められるかと空恐ろしい気持ちになった。


「おそらくですが、クラウス様は二重スパイをされているのではないかと」


 エドゥアルドがらしたのは独り言だったが、その言葉にシャルロッテが反応する。


「二重スパイ? 」


 きょとんとしてまばたきをしたエドゥアルドに、シャルロッテはうなずいてみせる。


「はい。

 クラウス様は、公爵殿下に味方として接するのと同様に、ベネディクト様とフランツ様にも、まるで自分が味方であるように振る舞い、取り入っておられるのだと思います。


 そしておそらく、自ら積極的に、「次はこう責めてみてはいかがか」などと、教唆きょうさしておられるのでしょう」


 そして言葉を区切ったシャルロッテは、一瞬だけ、憮然ぶぜんとした表情を作った。


「本当に、食えないお方です。


 公爵殿下も、全面的には信用なさらない方がよろしいかと」


 つまりクラウスは、エドゥアルドだけではなく、ベネディクトにも、フランツにも、自分は「貴方の味方だ」という態度を示し、信用させ、うまく情報を引き出しているということになる。

 それどころか、次にどうエドゥアルドを責めるべきかを進言し、ベネディクトとフランツに自分が協力者であると信じ込ませてさえいる。


 エドゥアルドが次にどんな内容で詰問きつもんされることとなるのか。

 そもそもクラウスがその内容を決めているのだから、エドゥアルドに渡される情報が正確なのは当然だった。


 シャルロッテが不満そうなのは、エドゥアルドにもベネディクトにもフランツにも味方だという風に振る舞っているクラウスは、いつでも好きな時にエドゥアルドを裏切れるという、一方的に有利な立場にいるためだった。


 もし、クラウスの本心がエドゥアルドのためではなく他の2人の公爵のどちらかにあって、こちら側の味方のフリをしているだけなのだとしても、今のエドゥアルドたちには確かめるすべがない。

 助けると見せかける一方で、決定的な致命傷をエドゥアルドに負わせる策略を準備しているのだとしても、どうすることもできない。


 そんな状況が、不安なのだろう。


「シャーリー。心配はいらないさ」


 彼女が危惧していることは理解できるが、しかし、エドゥアルドは明るく笑ってみせる。


「確かにクラウス殿は、有利な立場にいる。

 シャーリーの考えの通りなら、クラウス殿だけがすべてを知っていて、どんな情報を僕たちに渡すかを決められる。

 状況はクラウス殿の思い描いたとおりに作れてしまう。


 だけど、僕を裏切るようなことはなさらないだろう。

 なぜなら、今そんなことをしても、クラウス殿の得になることはないからだ」


「……それは、殿下のおっしゃる通りですが」


 シャルロッテは完全に納得できたわけではなさそうだったが、うなずいてはいる。

 エドゥアルドのノルトハーフェン公国とクラウスのオストヴィーゼ公国は友好関係にあり、現在、多くの利益を共有している。

 そんな関係なのだから、ここでエドゥアルドを裏切ったとしても、損ばかりが多くつくはずなのだ。


 その論理は理解できても、シャルロッテが釈然しゃくぜんとしない様子なのは、クラウスが有しているような高度な情報網を自分たちが持っていないという状況に対する焦りなのかもしれなかった。


 やがて、エドゥアルドの部屋がノックされる。

 どうやら次の査問が開かれる日程を知らせる使者がやって来たようだった。


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