第369話:「査問:6」

「ノルトハーフェン公国軍の精強さは、すでに2度の戦争で証明された。

 だから、わし個人としては、エドゥアルド殿のお考えは頼もしく思われる。


 もちろんフランツ殿のご懸念も、もっともなことであるから、エドゥアルド殿は他の諸侯に対し、疑念を抱かれぬようにこれからもその考えを説明されるがよかろう」


 フランツに代わって口を開いたベネディクトは、まずそう言ってこれまでの話の流れを総括した。

 フランツにとって不利になってしまったので、[流した]形だ。


「はい。もちろん他の諸侯の皆様にも、わたくしの考えはなるべく説明させていただきたく存じます」


 内心ではフランツに舌を出しつつも、エドゥアルドは淡々と答える。


 そのエドゥアルドの様子に、ベネディクトは少し感心したように口の端をわずかに上向かせる。

 小癪こしゃくなばかりの小僧だと思っていたが、なかなかやるではないか、とでも思っていそうな顔だった。


「では、わしからも貴殿に問わせていただこう」


 だが、すぐにベネディクトは厳しい表情を作ると、エドゥアルドを睨みつけながら問うてくる。


「わしが聞きたいのは、貴殿が自国で行っている、様々な政治改革、いや、改悪についてのことだ。


 議会制度。あれは、実によろしくない。

 平民を議会に招き、国政に参加させるとは、まるでアルエット共和国のようではないか。


 平民とは、元来、いやしい者だ。

 常に自らが富を得ることを考え、何かを与えればもっと、もっとと、自己の利益を追い求める。


 そのような者たちに、果たして、国家の運営などという崇高な職務を遂行することができるであろうか。

 我ら貴族階級が支配し、深慮遠謀しんりょえんぼうを巡らせてこそ、平民は安穏と暮らすことができ、国家は盤石なものとなる。


 そうして続いて来たのが、我らがタウゼント帝国であるのだ。


 古くから続くこの国家の在り様をみだらにあらためようとするのは、不要のことであり、むしろ害悪しかないのではないだろうか?


 しかも、エドゥアルド殿。貴殿はその害悪を、我々、他の諸侯にも広げようとしておる。

 平民を士官に採用し、貴族に対しても命令できるようにしようなどとは!


 我が帝国を揺るがす、大罪と言うべきではないか? 」


 その指摘に、エドゥアルドは一瞬だけ回答を遅らせた。

 どう答えるべきか迷ったからではなく、ベネディクトの、平民を卑しい者と見下した認識が不愉快だったからだ。


(確かに、卑しく、貪欲な民衆はいる。

 しかしそれは、僕たち統治者が満足に職務を遂行できず、民衆を飢えさせ、困窮させるからではないか)


 エドゥアルドは、平民たちにも知恵があり、国家の運営に参画する能力があることを知っている。

 かつて喫茶店で激論を交わした者たちの中には議員となって、国会の場でエドゥアルドと論戦を交わした者が何人もおり、その意見には見るべきところが多くあった。


 大商人・オズヴァルトのように、足るを知らない強欲な者も確かにいたが、だからと言って平民が卑しく、貴族が崇高だとは言えない。

 なぜなら、目の前にいるベネディクトが、貴族を崇高だと言った張本人が、その内心で皇帝になるという野心を盛んに燃やしているからだ。


 それに、エドゥアルドの身近なところには、誠心誠意仕えてくれている、平民の中でも最下層の者たちが住まうスラム街から拾われて来た少女がいるのだ。

 ベネディクトのように、頭ごなしに「平民は卑しい」とさげすむことなど、エドゥアルドにはできなかった。


「臣民を統治できるのは、確かに、我が帝国では貴族の専権事項として、特別な権利であるとされてきました。

 わたくしがノルトハーフェン公爵としてこの場にいるのも、我が身に流れる貴族としての血のおかげでございます。


 しかしながら、先にも申し上げましたが、我らタウゼント帝国は、ベネディクト殿が卑しいとおっしゃった平民によって支配される国、アルエット共和国に、ラパン・トルチェの会戦において敗れました。

 それも、惨憺さんたんたる敗北でありました。


 その時の光景を、屈辱くつじょくを、わたくしは忘れたことはございません。

 それは、この場におられる皇帝陛下。

 そしてベネディクト殿とフランツ殿も同様であるはずです。


 平民によって支配された国家が、我ら貴族によって支配された国家に勝利を得うる。

 その事実は揺るがしようもございません」


 その言葉に、ベネディクトは苦々しそうな顔をする。

 共和国軍に帝国軍が敗北したラパン・トルチェの会戦を持ち出されると、エドゥアルドのノルトハーフェン公国軍が殿を務めたことでようやく虎口を脱出できたベネディクトは反論することができなくなるのだ。


「加えて、アルエット共和国は我らがサーベト帝国との戦争にかかりきりになっている間に、南のフルゴル王国を占領し、支配下に置きました。


 すなわち、これから先、アルエット共和国は後顧の憂いなく我らと対決することができるということです。


 きっと、これまでにない、大きな戦争となりましょう。

 そして戦場においては、弾丸は、貴族も平民も区別はいたしません。

 現に、これまでの戦争では、多くの平民の兵士が倒れたのと同時に、貴族に連なる将校たちにも、少なくない犠牲が生じております。


 皆様もご承知の通り、戦争は兵士だけではできませぬ。

 彼らを指揮し、統率する将校が必要です。


 アルエット共和国との戦いでは、必ず、多くの犠牲が生じることとなりましょう。

 その時、兵を補充できても、将校を補充できなければ、我らはまた、不覚を取ってしまうこととなります。

 そして、そうなる可能性は非常に大きいと言わざるを得ません。


 なぜならば、現状、我が国で将校となることができるのは、貴族とそれに連なる高い地位や身分を持った者に限られるからです。

 そのような方たちは、全体と比較すると、ほんの一握りにしか過ぎません。


 特権階級のみに将校への道を許す。

 この決まりごとを守っていては、不本意な結末が待っていることでしょう。


 今までのやり方では、ダメなのです」


 エドゥアルドは、なにも臆することなく堂々と言い切った。


 査問会。

 その場で、ベネディクトもフランツもエドゥアルドを詰問し、やりこめて、しまおうと考えていただろう。

 しかしエドゥアルドは少しも怯んだり、萎縮いしゅくしたりしなかった。


 なぜなら、今までにやって来たことは、積み重ねてきたことは絶対に正しいと、そう信じているし、自分のことを支えてくれる者たちが大勢いることも知っているからだ。


 そのエドゥアルドの堂々とした態度に気圧されたのか、あるいは、その理屈に反論する言葉が思い浮かばなかったのか。

 ベネディクトもフランツも、いまいましそうな表情で押し黙っている。


 そうして、数分が経過した時だった。


「今日の査問会は、この程度でよかろう。


 朕は、ちと疲れた。

 奥に戻って休みたい。


 そなたらも今日は下がり、休むが良い。

 新たな査問会の日程は、追って知らせるであろう」


 これ以上は沈黙が続くだけだと察したカール11世がそう言いだしたことで、この日の査問会は終わりを迎えることとなった。

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