第368話:「査問:5」

 査問会は、ベネディクトとフランツが質問し、エドゥアルドがそれに回答する、という形で進んで行った。

 主催者であるはずの皇帝、カール11世は沈黙して、成り行きを見守っているだけだ。


 このことからも、この査問会がベネディクトとフランツの暗躍によって開かれたものだということがわかる。


 先に質問をぶつけてきたのは、フランツ公爵だった。


「エドゥアルド殿。

 最近、宮中を始め、ちまたで盛んに噂されていることは、当然、ご存じでありましょうな?


 ノルトハーフェン公爵は、タウゼント帝国に対して謀反を企んでいる、と。


 なぜ、このような噂が広まっているのか、貴殿には思い当たるところがあるのではないか? 」


「さぁ、僕には何も」


(なにしろ、貴方たちが僕を陥れるために流した、根も葉もない噂なのだからな)


 エドゥアルドはそう罵倒ばとうしてやりたい気分だったが、そんなそぶりも見せずにただ首を振って見せる。

 相手が陰謀をしかけてきていることはすでに知っていたが、具体的な証拠がない限りこの場で糾弾したところで説得力が出ないからだ。


「フン、白々しいですな」


 まったく表情を動かさないエドゥアルドを鼻で笑い、フランツは威圧的な口調で詰問きつもんする。


「エドゥアルド殿。

 貴殿は、自らの領国で新たに徴兵制度を施行し、兵力を大きく増強しているというではないか。


 我がタウゼント帝国では、古くより各諸侯にはその領国の力に応じて、皇帝陛下の御名の下、軍役の義務が定められることとなっている。


 その決められた軍役を、遥かに超過するほどの大兵力。

 そんなものを養成しようとは、これこそ、貴殿が帝国に対して謀反を企んでいるという動かぬ証拠ではないのか? 」


 フランツが指摘する通り、タウゼント帝国に仕えている諸侯たちには、その国力に応じて軍役が定められている。

 男爵であれば数百、伯爵であれば数千、公爵であれば万を超える。

 たとえば、ノルトハーフェン公国の軍役は、1万5千と定められている。

 もし有事があり、皇帝の名において軍が招集された場合には、特別な理由がない限り諸侯は軍役で定められた兵力を率いて参陣しなければならない。


 これは、軍役の内容こそ改変が行われて来たものの、タウゼント帝国の建国時から続く制度だった。


「お言葉ですが、フランツ殿。

 我が帝国における軍役とは、あくまで陛下の御名において招集された際に率いて行かねばならない兵力を定めたものに過ぎませぬ。


 諸侯がそれぞれ、その領国で保有できる兵力の大きさを制限するものではなかったはず。

 その証拠に、我が国の総兵力は以前より3万ありました。

 これは、ベネディクト殿、フランツ殿、そして他の諸侯の方々も事情は同じでしょう」


「しかし、貴殿が新たに養成しようとしている軍の総数は、5万を超えると聞く。

 従来の倍、とまでは行かぬが、それでも1国が保有する兵力としては大きすぎるとは思わぬか?


 これは、皇帝陛下が率いておられる親衛軍に匹敵する規模となるのですぞ」


 自分がお前の計画についてなにも知らないでいると思うな。

 フランツはまるでそう言いたそうだったが、エドゥアルドは内心で失笑していた。


 確かに、エドゥアルドは徴兵制度の施行によって、ノルトハーフェン公国軍を常備で5万名を超える規模の軍隊にしようとしている。


 しかし、エドゥアルドが取り入れた徴兵制度の肝は、この額面上の兵力の大きさではなかった。

 兵役につき、軍事訓練を行い、軍隊生活を経験した者を大量に養成し、彼らが社会に戻った後も予備役として有事には招集できるようにすることで、いざ、実際に戦争が始まれば、短期間で常備軍の数倍もの規模の軍隊を動員できるという体制を作ることにあるのだ。


 計画では、その総兵力は15万。

 タウゼント帝国の全軍に匹敵する規模の軍隊が誕生することとなる。


 だが、フランツはその、徴兵制度の本当の狙いについては知らないか、気がついていない様子だった。


(常備軍は5万だが、最終的に、戦時には15万の兵力を動員できる体制を作ろうとしているのだなどと言ったら、フランツ殿はどのような反応をみせるかな? )


 おそらく、フランツは驚愕きょうがくし、唖然とし、それから貴族としての体面も忘れてエドゥアルドを口汚く糾弾きゅうだんするだろう。

 その姿を少し見てみたいような気もするが、我慢した。


「僕、いえ、わたくしの見るところ、我が国が養うこととなる5万の兵力はこれからの帝国にとって、必ず必要となるものです。


 もう、一昨年のこととなりますが、我らはアルエット共和国との戦争において大敗いたしました。

 誠に無念なことであり、わたくしはぜひ、雪辱せつじょくの機会を得られればと願っております。


 しかし、アルエット共和国軍は、強大です。

 かの国には名将であるムナール将軍がおり、彼に率いられた共和国軍は、20万。

 軍役によって編制されるタウゼント帝国軍の全力に匹敵いたします。


 もし、同数で共和国軍と戦えば、いかに我が帝国軍といえど、苦戦いたしましょう。


 正直なところを申しますと、わたくしは軍事の才能では、ムナール将軍に敵わぬと思っているのです。

 ですから、せめて数だけは優位に立ちたいと考えているのです。


 それに」


 そこでエドゥアルドは言葉を区切り、フランツの方をまっすぐに見返して、強い声で言う。


「徴兵が問題である、というのならば、フランツ殿ご自身も自国で徴兵をなさっているではないですか。


 聞けば、領民からなりふりかまわず兵を取っているとか。

 サーベト帝国との戦争で受けた被害からの復旧もまだ終わっていないというのに、いったいなぜ、それほど強引に兵力を集めておられるのか。


 わたくしのことが問題だというのならば、その点について、フランツ殿ご自身の見解をうかがいたいものです」


 エドゥアルドの反撃に、フランツは苦々しい口調で押し黙る。


 フランツが自国で急速に兵力を集めている理由。

 それは、来たる皇帝選挙に向けて、ライバルであるベネディクトに対抗できるだけの力を一刻も早く回復するためだ。


 そしてそんなことは、ベネディクトや、未だに健在であるカール11世の前で説明できるはずがなかった。


 しばらくの間、沈黙が続いた。


「フランツよ。お主の質問に対する回答は、十分に得られたようであるの」


 やがて今まで静観していた皇帝がそう告げると、エドゥアルドに対する質問者はベネディクトへと切り替わった。

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